◆富田林19◆ お前より断然千秋の方が好み

 柘植にあんなことを言われたらまぁ気になるもので。


 その日の放課後、あたしの足は自然とハマナス書房へと向かっていた。別に今日行くとは言ってないけど、まぁ良いでしょ。


 と。


「こ~ぐ~れ~君っ!」

「ぎゃっ! 何だ!」


 どうやら今日はいつもの『公開告白』はないらしく、小暮を訪ねてきているのは、数週間前に見かけたギャル系JKである。確か、自分のことを『姫』って呼んでる、似合わない厚化粧の子だ。

 

 背後バックを取られて奇声を上げる小暮は、柘植の話通り、制服のスカート姿だ。下にジャージも履いていない。すらりと細く長い足には紺色のハイソックスである。こうして見ると、ただのボーイッシュな女子だ。


 確かあの子も小暮のことが好きなのよね。ずっと付きまとってるって話だもの。


 そこでふと気付く。


 そういやここ最近(といっても二週間くらいだけど)、小暮が告白されているところを見ていない、ということに。


 もしかして、女子っぽくなったから、女子からモテなくなったってこと?! それとも単純に頭打ちになっただけ? ってそれもすごいけど。


 でも、だとしたら、それは良い傾向よね。だって小暮的には女子からモテたって意味ないんですもの。じゃあ、何でこの子はまだ小暮に絡んでいるのかしら。


「暑苦しいんだよ、離れろって」

「えへへ~、わかった~」


 意外と聞き分けは良いらしい。怒られているはずなのに、何とも嬉しそうににこにこして左右に身体を揺らしている。


「小暮君、最近すっごく可愛くなったね」

「そうか? 別に何も変わってねぇと思うけど」

「ううん、姫にはわかっちゃうの! だって姫は小暮君のこと大好きだし!」

「ああはいはい。騒ぐんなら出禁つったよな、オレ」

「騒いでないも~ん」


 口調は確かに変わっていない。いつもと変わらぬ男言葉だ。一人称も『オレ』だし。だけど、纏っている空気が何か違う。それっぽい言葉でいえば、『オーラ』っていうのかしら。制服姿だって何度も見てる。ただまぁ、下にジャージは履いてたけど。だけど、絶対にそれだけじゃない。微かではあるけれども、ちょっとずつ、『女子』に傾いている。


「小暮君、好きな人いるでしょ?」

「んあ? お前には関係ねぇだろ」

「関係あるよぉ! 何度も言ってるじゃん! 姫は小暮君が好きなの! ねぇ、やっぱり姫じゃ駄目なの?」

「しつこいな。何度も断ってんだろ」

「そうだけどぉ」


 ちょっとの隙間もない? 姫はそこに入れない? とまつ毛をバサバサさせて上目遣いに小暮を見つめる。ああもう、気になるわね!


「はいはい、ちょっと離れなさいな。小暮が嫌がってるでしょうが!」


 そう割り込むと、姫とかいうギャルは、うげぇ、と嫌悪感を隠しもしないで「出た! デカいオネエ!」とあたしを指差した。


「人を指差すんじゃないわよ、この厚化粧ギャル! あのね、もう我慢出来ないわ! アンタちょっとこっちいらっしゃい!」

「え? ええ? 何よぉ。助けて、小暮くぅん!」


 ケガさせないよう、(一応)優しく手首を掴んで軽く引っ張る。小暮はやれやれと言った顔で、じゃあな、と手を振っている。


 店の外まで引っ張って、鞄の中に手を突っ込み、愛用の手鏡を取り出す。


「よぉっく見なさい!」


 そう言ってそいつの眼前に突きつけてやれば、何が何やらといった表情のは「何よぅ」と言いつつもそれを覗き込んだ。


「アンタ! 化粧がド下手! 何よそのダマダマのマスカラ! ったな! ちゃんとコームでかしなさい! それからシャドウもチークもリップも何もかもアンタの肌の色に合ってないのよ! そもそもファンデの色も白すぎ!」

「は、はぁぁぁ? ちょ、失礼なんですけどぉ! 姫がどんなメイクしようと姫の勝手でしょぉ!」

「似合ってなさ過ぎてイライラすんのよ! せっかくの素材がもったいないでしょ!」

「せっかくの素材? それって、褒めてる? もしかして、姫、褒められてる?!」

「まぁ、そう捉えてもらって構わないわ。アンタ、作りは良いのよ。パーツも整ってるし、鼻筋も通ってるし。それだけに残念過ぎるの! もう我慢ならないわ!」

「なぁんだ、オネエ、ちょー良いやつじゃん! 姫のこと可愛いって思ってくれてるってことでしょ? うっふふ~」

「だまらっしゃい! この勘違い女が! 良いから、とっとと直すわよ! 全くもう、メイク道具一式持ってて良かったわよ!」

「えぇ、ここでぇ?」


 ここ外じゃん~、とぶーたれてるけど、仕方ないでしょ、どこに行くってのよ。あたしん家? 冗談じゃないわよ!


 すると――、


「おい、店の前でうるせぇ。オレの部屋使って良いから、ここで騒ぐんじゃねぇよ」


 呆れ顔の小暮が、ハンディモップを振り回しながらやって来た。


「小暮君! 優しい! やっぱり姫のこと好きでしょ?!」

「好きじゃねぇ」

「だって? 残念だったわね、お姫サマぁ?」

「何よぉ! ていうか、オネエももしかして小暮君狙い? あっ、もしかして小暮君の好きな人って、もしかしてこのオネエじゃないよね?!」


 ハッとした表情であたし達を交互に見つめ、とんでもないことを言い出す。


ちげぇわ」

「違うわよ」


 ビシッと揃った返答に、お姫サマは「なぁんだ、良かったぁ」と一応納得したらしい。


「やっぱり小暮君が好きになるのは、こぉんなでっかくてゴッツゴツの男より、華奢で可愛い美少年系だよねっ? ていうか、美少女でも全然良いんだけどっ! てなわけで、姫とかぁ」

「却下。ていうかな、お前、オレにどんな幻想を抱いてるか知んねぇけど、オレの好みはいまお前が言ったでっかくてゴッツゴツのやつだから」

「ウソッ!?」

「だから、お前より断然千秋の方が好みだわ。残念だったな」

「あら、そうなの?」


 そんなぁ、と足を踏み鳴らして悔しがるお姫サマの顔を覗き込みながら、「ざぁんねんだったわねぇ~」と勝ち誇ったように笑ってやる。


「オネエむかつく! 姫の方が可愛いのに!」

「はいはい、可愛い可愛い。もっと可愛くしてあげるから、ほら、行くわよ」


 そう言って、小暮の部屋である二階の窓を指差すと、ずび、と鼻を啜り、ほっぺたをパンパンに膨らませた状態で、お姫サマは大きく頷いた。

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