後半戦

◆富田林18◆ お前、あいつに何したんだよ

「富田林、その、ちょっと良いか」


 あたしが小暮の専属恋愛軍師――いや、いまのところは軍師って言うよりはプロデューサー的要素の方が強い気がするけど――になって、早二週間。何やら複雑な表情の柘植が、コンビニの袋を片手にあたしの席へとやって来た。


「何よ。何の御用? あたしいまアンタんトコの親友ちゃんの作戦練るのに忙しいんだけど?」


 まぁ嘘である。

 単にあたしのバイブルである『LOVE ME BETTERラブベタ』の小説版を読んでいただけだ。だって、映画化するのよ、これ! まぁ当然といえば当然よね! それでその原作本が出たから、早速小暮んトコで買ってきたってわけ。


「いや、その親友の、小暮の件で」

「あら、どうかしたの?」

「お前、あいつに何したんだよ」

「何したって……、軽く押し倒しちゃった件についてはちゃんと謝ったじゃない」

 

 そう、あの翌日、一応こいつにも事情を話しておこうと思って、洗いざらい全部話して謝罪したのだ。注意喚起のためとはいえ、嫁入り前の女子にとんでもないことをしてしまったのは事実だし。すると驚いたことに既に小暮の方から同じ報告があったらしく、多少は被害者ぶることも出来たはずなのに、全面的に己の非を認めてあたしは悪くないと庇ってくれたらしい。


「いや、それはもう良いんだ、ほんとに。なんかよくわからないけど、良い薬になったみたいだし。じゃなくてさ」

「じゃあ何なのよ」

「何か、小暮が最近ちょっと女子なんだよ!」

「あの子は元々女子でしょうよ」


 にまー、と笑ってそう返す。

 いや、わかるのよ? 柘植が言わんとしてることは。でも、ちょっとからかいたくなるじゃない。


「っそ、そうだけど! そうなんだけど!」


 普段はつんと澄ましている狐野郎が慌てているのを見るのは愉快で仕方がない。くつくつと喉を鳴らしていると、あたしの態度にカチンときたらしい狐野郎が、かさ、とコンビニ袋をあたしの机の上に置いた。もっと乱暴に置いたって良いでしょうに、全く育ちが良いったら。


「何よこれ」

「やる」

「だから何よ。……あら、お菓子じゃない」

「何ていうか、まぁ、礼っていうか。こんなもんで悪いけど」

「こんなもんも何もないわよ。別にあたし見返りを期待して受けたわけじゃないし」

「いや、良いんだ。それじゃ俺の気が収まらない。蓼沼さんと食べてくれ。しかし……あの小暮がなぁ」


 解せぬ、と言った表情で、隣の席に座る。そこの席の主はトイレにでも行ったのか、ちょうど不在だ。


「アンタがそこまで言うほど変わったの? だってまだ『オレ』でしょ? そんなに変わってないと思うけど?」


 それともあたしの前でだけそうなのかしら。柘植の前では変わったってこと?


「いや、まぁ、『オレ』は『オレ』だし、言葉遣いだってそこまで変わってないんだけどさ。胡坐をかかなくなったし、ドアを足で閉めることもなくなったんだよ」

「……それは大きな変化だわね」


 おかしいわね、あたしの前ではあの子いまだに胡坐なんだけど? もちろんズボンの時だけど。


「それにこないだ、制服のスカート履いてたんだ!」

「いや、制服のスカートは履くでしょうよ。制服なんだから。アンタ馬鹿なの?」

「そうじゃなくて! 下にジャージ履いてなかったんだよ!」

「ああ、そういうことね」

「そりゃたまにはそういう日もあったけど、ちゃんと足も閉じててさ。なんていうか、その、普通の女子みたいになってて」

「だーから、あの子だって普通の――とはちょっと違ったかもだけど、女子なのよ」

「そうなんだけど!」


 ああもう、クソッ、と頭をわしゃわしゃと掻く。ちょ、こんな柘植見るの初めてなんだけど。そんなにすごいことなのね?! そりゃそうよね、いままでいっしょにいて、どんなに働きかけてもてこでも動かなかった『オレっ娘』が(まぁまだ『っ娘』のままだけど)変わって来たんですもの。そりゃあ混乱もするわよね。


「マジで何したんだよお前。あいつに何かヤバい薬でも飲ませた?」

「ちょっと! アンタあたしのこと何だと思ってんのよ! そんなヤバいものどうやって手に入れんのよ!」

「いやもう、それくらいの衝撃なんだってこっちは。俺が言っても、藤子さんが言っても駄目だったんだぞ? あいつはもうずっとあのままで行くんだろうなって、正直匙を投げてたんだ。それなのに」


 薬じゃないなら、魔法? お前なら何か出来そう、なんて、まさか柘植の口から『魔法』なんて言葉が飛び出すとは思わなかったわよ。


「ま、薬を疑われるよりは魔法の方が気分良いわ。そうね、シンデレラに出て来る魔女の気分かしら。あのね、女の子を舐めちゃ駄目よ。小暮は確かにずーっとオレっ娘だったかもしれないけど、あの子だってちゃんと女の子なんだから」

「それは……わかってるつもりだったけど」

「それが、案外わかってなかったのよ。こんなこと言うのは酷かもしれないけど、アンタもね、心のどこかでやっぱり小暮のことを『男の友達』の括りでいたってこと」

「そんなこと……! いや、あるかもな、富田林の言う通りかもしれない」


 何よ、アンタ案外素直ね。


「だから、ちょっとアドバイスして、それから女子として扱っただけよ。ま、あたしみたいなのにレディ扱いされても嬉しくないかもしれないけど、それでも親友のアンタが取り乱すくらい変わったわけでしょ?」

「……おう」

「良いじゃない。きっとこれからもっと可愛くなるわよ、あの子」

 

 今度の恋は上手くいくと良いわね、と締めると、柘植は苦笑いの顔で肩の力をふっと抜き、「だな」と言った。

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