◆富田林17◆ 家族以外から貰う『可愛い』

 しかし……化けたわね。

 もちろんある程度は予想してたわよ? 何せ元が良いし。でも、まさかここまでとは思ってなかったのよね。


 ばっちりフルメイク且つワンピ姿の小暮を見た藤子さんの興奮ぶりと言ったらなかった。


「スマホ! しゃ、写真撮らないと! あおちゃん、待ってて! 絶対そのままで待っててね! お姉ちゃんいまスマホ持って来るから! 本当は写真館に行きたいくらいだけど、さすがに我慢するから!」


 ふんふんと荒い呼吸をしつつ、そう叫んで勢いよく自室へと駆け込む。ものの数秒で戻ってきた藤子さんの手にはスマホと、デジカメがあった。そこからはもう撮影会よ。ありとあらゆる角度で藤子さんは写真を撮りまくった。その中にはなぜかあたしとのツーショットもある。


 それでさんざん撮りまくって満足したらしい藤子さんは騒いだら喉が渇いちゃったと言って、キッチンへと引っ込んでいったのである。


「嵐のようだったわね」

「悪いな、うるせぇ姉ちゃんで」


 普段はもうちょい大人しいんだけどな、と言って、スカートの裾を軽くつまみ、ひらひらと振る。ああもう、だからアンタは。まぁ、下着が見えるほどではないけど。


「なぁ、これって似合ってんのか?」


 思いっきり眉間にしわを寄せて、怪訝そうにあたしを見上げる。


「めちゃくちゃ似合ってるわよ? さっきの藤子さんの興奮ぶりから察しなさいよ」

「いや、姉ちゃんはさ、オレが初めて中学の制服でスカート履いた時もあんな感じだったんだよな。とにかくオレが女っぽい服を着るとあんな感じになるんだ。ましてや、ほら」


 そう言って、今度は襟をついついと引っ張る。


「制服とかじゃねぇし。思いっきり女物だろ? それで興奮しただけだろ」

「制服だって女物でしょうに。でもまぁ、言わんとしてることはわかるわ」


 少し乱れたヘアスタイルをちょいちょいと直してやってから、軽く身を落として目線を合わせ、頭のてっぺんからつま先までじっくりと見つめる。


 口さえ開かなければ、もうとんでもない美少女だ。王子様の面影は若干残っているけれども、本当にスパイス程度である。何よ、アンタ元々はめっちゃ女子なんじゃないの。


「似合ってるわよ。さっきも言ったけど、めっ……ちゃくちゃ可愛い」


 しっかりと真正面から目を合わせ、おもいっきり強調してそう言うと――、


「――お゛っ、ゔん」


 意外や意外、小暮は顔を真っ赤にして、ふい、と視線を逸らした。


「何よ、照れてるの?」

「悪いかよ。あんな、こんなカッコなんてマジでしたことなんてねぇんだよこっちは」

「なくても、可愛いくらいご家族から言われるでしょうに」

「母ちゃんとか姉ちゃんからの『可愛い』とはちげぇだろ」

「柘植は? 変な意味じゃなく付き合いも長いんだし、言われたことないの?」

「貴文? あるわけねぇじゃん。そんなキャラに見えるか?」

「見え……ないわね」


 そうね、どう考えてもアイツが言うわけないわね。ごめんごめん。


「てことは何? あたしが小暮に『初・可愛い』言っちゃった感じ?」

「『初』かまではわかんねぇけど。でも、確実にかなり久しぶりだな。くそ。恥っず」


 チークのせいだけじゃない頬の赤みを隠すように手を当てて、口をむぐむぐさせている小暮は、やっぱりただの美少女である。えーっと、その、和山わやまだっけ? そいつもこの小暮を見たら一発で落ちるんじゃないのかしら。


「恥ずかしがってる小暮を見てるのもまぁレアで可愛いけど、このままじゃ話が進まないからちょっと落ち着いてもらえるかしら」

「お、おう」

「とりあえず、アンタが本気になったらその辺の女子共が束になっても叶わないくらいの美少女に仕上がることがわかって、正直あたしとしてはホクホクよ。でも」


 でも、なのである。


 この恰好は『普段使い』出来るものではない。もちろん出来ないわけではないんだけど、小暮自身がそう望んでいないといけないのだ。つまりは、オレっ娘をやめて、普通の――って表現もどうかとは思うけど――女子に戻る、っていう。


 これはあくまでも彼女に己の可能性を知ってもらうのが目的。彼女がいつか『オレっ娘』を卒業する日が来るとして、その時に、「自分はその気になればここまで持って行ける」というのを知ってもらいたかったのである。これを見て、その姿に目覚めて『オレっ娘』を辞めるのならそれでも良し、辞めずとも、自分の武器を正しく知っておけば、いざという時に役に立つ。


 だから。


「でも、アンタはこの姿で勝負をするわけじゃないでしょう? アンタのままで、和山を落としたいのよね?」

「そりゃ、まぁ。出来るんならな」

「出来るわよ。出来ると思うの。いまからそんな弱気でどうするの。アンタにはいま、最強の軍師がついてんのよ?」


 ぱん、と軽く背中を叩いてやると、ぅおっ、と小暮は小さく叫んだ。ってぇな、と泣き笑いみたいな顔で、お返しだ、とローキックをお見舞いしてくる。よしよし、アンタはまずそれで良いのよ。


 とはいえ、百パーセントのオレっ娘では和山には届かない。何せ現在のところ、仲の良い男友達(男ではないけど)ポジションどまりなのである。というわけで、目標を『女子:オレっ娘=2:8』くらいにすることに定め、あたし達の計画は動き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る