◆富田林16◆ ちょいちょい男が出ちゃう!

 なんだかもうどっと疲れたわ。だけどまぁ、とりあえずはあたしがちゃんと男だってことも、どんなに紳士ぶってるやつ(あたしはもちろん『ぶってる』わけじゃないけど!)でも豹変することもある、ってことは理解してくれたみたい。


「だからね、そういうわけだから、いくらアンタがどこからどう見ても王子様系の美少年で、毎日のように女子から告白されるオレっ娘だとしても、女なの。わかってくれた?」

「わかった」

「一応念のために確認するけど、心の中も女で良いのよね?」

「そうだな。オレ、男が好きだし」

「良かった。この手の食い違いは悲劇を生むものね。まぁ、好きな子が男子なわけだし、その心配はないと思ったけど。それでね、あたしが言いたいのは、よ」


 いくら見た目が少年で、言動も少年であっても、だ。だからといって下着を大盤振る舞いして良いということにはならないし、さっきのように軽はずみなボディタッチ(タッチどころじゃなかったけど)は絶対に駄目。性に奔放なイメージがついてしまったら、その『オレっ娘』が仇となって、下半身でものを考える野郎共が男友達のノリで距離を詰めてくる。その時にアンタは逃げられる?


 そうゆっくりと説明すると、小暮はさっきのが効いたのか、やけに神妙な顔で頷いていた。ああもう柘植、これくらいはアンタが教えておきなさいよね! 何年親友やってんのよ! 早々に諦めてんじゃないわよ、あの狐野郎!


「それにね、さっきも言ったけど、ギャップってものすごく武器になるのよ」

「ギャップ? だからつまり、たまにはこういう顔を作れってことだろ?」

「違うわよ。そういう見た目のだけじゃなくて。普段はがさつで粗野なオレっ娘が、例えば食べ方がきれいとか、礼儀作法が完璧とかね、まぁアンタは案外その辺はわかってるっぽいけど。とにかくそういう面がチラッと見えると好感度がぐぐーっと上がるってわけ」

「成る程」


 だって現にこのあたしだって、アンタのこと要所要所で結構見直したりしてるんだから。ま、要所要所でがっかりもしてるけど。


「だから、ふとした瞬間の仕草に『女』っぽさがあったりすると、それまでのオレっ娘からの意外性で急に気になる存在になったりするの」

「へぇ~。すげぇな千秋。お前、色んなこと知ってんだな」

「まぁね」


 何せこちとら、あのスーパー天然鈍感女子とこれまた国宝級に間の悪い狐野郎をくっつけた最強の恋愛軍師であるからして! それに、あたしのバイブルである『LOVE ME BETTER(通称:ラブベタ)』もいよいよ大学生編がスタートし、ちょっぴり大人の描写も増えたのよね。さすがにその辺はあの二人に応用は出来ないけど。……かといって小暮にも無理よねぇ。


「というわけで、あたし一旦ここ出るから、それ着てみて。それで、女子らしい仕草の練習するわよ!」

「おう! わかった!」


 小暮はとても良い返事だ。


 うんうん、やる気があってよろしい。少々手がかかるけど、やる気のある子は先生大好きよ、……って!


「だーから! 俺が出てってから脱げっつってんだろ!」


 こいつ! あたしが立ち上がった瞬間に制服のボタン外そうとしやがった! 何?! もう! 馬鹿なの?! ここにいたら『男』が出ちゃうじゃない。勘弁して。

 



「何やら賑やかね」

 

 部屋の外で待っていると、藤子さんが通りがかった。


「ごめんなさい、騒がしくしてしまって」

「良いのよ、あおちゃんが楽しそうで嬉しいわ。そうそう、飲み物足りるかなって思って、様子見に来たの。大丈夫そう?」

「大丈夫です」

「それなら良かった。……それで、いまは何をしてるところ?」


 固く閉ざされたドアをじぃっと見つめて、首を傾げる。


「藤子さんにもぜひ見ていただきたいわ。実はいま、葵さん変身中でして」

「変身中?」

「そうです、女子に」


 やだ、元々女子でしたわね、ごめんなさい、と慌てて否定するけど、藤子さんはそんなあたしの失言なんてまるっと無視して、「女子! あおちゃんが?!」と目を丸くしている。


「一体どういうことなの? これ、私が突っ込んで聞いても良いやつかしら」

「どうでしょう。でも、今後、ちょいちょいこういう機会が増える予定ですし、その際にはきっと藤子さんの協力も必須になるでしょうし」

「そうよね。うん、私、あおちゃんのためなら協力は惜しまないわ! ていうか、いままでだって何度も声はかけたのよ? でも全然聞いてくれなかったの。だけど千秋君が言えば聞くのね。すごいわ。交渉術に長けているのね!」


 交渉術に長けてる……のかしら。元はと言えば小暮の方から動いてきた話ではあるんだけど。でもまぁ、軍師ですものね。この段階に持ち込んだのはあたしの功績よね。


「そうなんですの。ホーッホッホッホ!」

「頼りになるわ、千秋君! これからもあおちゃんのこと、お願いね!」


 お任せあれ、お姉さま! と高笑いしていると、「おいなんか騒がしいな」という言葉と共にドアが開いた。


「ぅおっ、姉ちゃん! 店番は?」

「今日は鍋島さんパートさんが来る日だから」

「あぁそっか」

「ちょっともう、それより何? 何? お姉ちゃんにじっくり見せて!」


 ほらほら、出て来て! と手を引かれ、小暮は渋々出て来た。何で姉ちゃんがいるんだよ、と、じとーっと恨みがましい視線を向けられたけど藤子さんがここに来たのはあたしのせいじゃないわよ。


 いや、それにしても――、


「可愛い〜っ! ちょっと! あおちゃん! あおちゃんったらもうっ!」

「うるせぇな。耳元でキーキー騒ぐんじゃねぇよ」

「いや、藤子さんの興奮もわかるわ。ちょっともう何よ。アンタ、とんでもなさすぎよ。めちゃくちゃ可愛いじゃないのよ」


 フレンチスリーブのシャツワンピースである。飾りの丸襟は白、それ以外はパキッとしたレモン色で、ウエストマークの細ベルト付だ。ハリのあるブロード生地を使っていて、スカート部はきれいなAライン、長さは膝が出るくらい。いやアンタ、脚なっが! 確かこれ、膝が隠れる長さのはずよ?


「偉いわ、ちゃんとジャージは脱いだのね」

「一応な」

「間違ってもその姿で胡座なんかかくんじゃないわよ」

「わかってるっつーの」


 そう思うなら、まずはもう少し脚を閉じなさいな。

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