◆富田林14◆ 女子MAXバージョンの破壊力
さて、お茶でのどを潤して、である。
あたしが持ってきた荷物の中身に興味津々の小暮を落ち着かせてテーブルの前に座らせ、さっと首にタオルを巻く。前髪をピンで留めて、鞄の中からスキンケア道具一式を取り出して、テーブルに並べた。
「うっわ、すっげぇ。何これ。いまからこれ全部つけんのかよ」
「まぁ、とりあえずね。アンタ、ほんっとに何もしてないのね。ちょっともうやだ、鼻の頭、日焼けでちょっと皮剥けてるじゃない。日焼け止めくらい塗りなさいよね」
「えぇ~、面倒くせぇ。あれ、ベタベタするしくせぇから嫌なんだよ」
「まぁ独特な臭いはね、ある程度仕方ないけど。使ってるうちに慣れてくるわよ。それよりも、何もせずにこのまま年を取ったら偉い目に合うんだから」
「それ姉ちゃんも言うんだよな。でもオレ、まだ十七だぜ?」
いまからそんな心配してもさぁ、などと言いながら化粧水の瓶を手に取る。
「千秋って、毎日こんなのつけてんのか?」
「そうよ。ほら、ちょっとお貸し」
素直に渡してきたそれを受け取って、コットンに含ませる。優しく押さえるようにして、あたしよりも小さな顔にひたひたと馴染ませ、今度は乳液を手に取った。
「なぁ、こういうのって、やっぱ高ぇの?」
されるがままの小暮はちょっと可愛い。大人しく目を瞑って、ちょっとだけ顔を上げて。
いわゆる、キス待ち顔ってやつだわね。
そんなとんでもないことに気が付いてしまう。しかもあたしの両手は、ちょうどいま小暮の頬をすっぽりと包んでいる状態だ。見る人が見たら、このまま唇を奪うところだと勘違いするかもしれない。
「ん――……まぁ、そんな高いやつじゃないわよ。あたしだってまだ学生なんだから」
前髪を上げて、額を出した小暮は、何だかいつもより『女子』に見えてしまう。いや、見える分には全然良いんだろうけど。口から出るのは乱暴すぎる男言葉ばかりだし、いまだって胡坐をかいている。アンタ、スカートの下にジャージ履いてなかったら完全にアウトだからね、それ。
「そういうの、揃えた方が良いのか?」
「あるに越したことはないと思うわよ。アンタが普段どんなキャラでいても構わないけど、お肌だけは大事になさいな。肌がきれいで悪いことなんて一つもないんだから」
「一理あるな」
でも面倒くせぇ、と目を瞑ったまま、眉を下げて笑う。
「いまはね、オールインワンのジェルなんかもあるわよ」
「オールインワン?」
「いまの工程と、これからやることが一気に出来ちゃうやつ」
「何だよ、そんな便利なモンあんのか」
「あるのよ。興味があるなら、今度試供品持って来てあげる」
「悪いな。頼むわ」
何よ、興味はあるのね。
興味か、それとも、好きな男のために本腰を入れ始めたか。うん、やっぱり素直で良い子なのよ。
乳液を馴染ませた後は下地だ。幸い、元々の肌は強いみたいで、これといったトラブルはない。ニキビもないし、隈もなし。だからコンシーラーはいらないわね。ハイライトだって、ちょっと上級者コース過ぎるし。
それでも一応、肌の赤味をコントロールしてくれる下地を丁寧に塗る。塗るというか、指でトントンと優しく馴染ませる感じだ。その上にはファンデーション、と言いたいところだが、そこまで躍起になって隠さなくてはならないような肌ではない。これなら色付きのフェイスパウダーを軽く叩くだけ良さそうだ。
「はい、ちょっと目を開けて。はい、鏡」
「……おう」
手鏡を覗き込んだ小暮は様々な角度から自分の顔を見て、ほぉ、だの、ふぅん、だのと言っている。
「あんまり変わんねぇんだな」
「そりゃあね。これはただの土台だから」
「土台か。成る程。そんで? 次は?」
「とりあえずフルメイクするわよ。アンタのMAXを知っておきたいから」
「MAXかぁ。それって、普通に『女』になるってこと?」
「アンタはいまのままでも普通に『女』でしょうが。って揚げ足取っても仕方ないわね。つまりは、そういうことよ。アンタが本気で『女』になったバージョンを知っておこう、ってわけ」
「成る程なぁ。まぁ、よくわかんねぇけど頼むわ」
ん! と再び目を瞑ってあたしに向かって顔を突き出す。だーから、アンタね、そういうキス待ち顔を男の前でホイホイと晒してんじゃないわよ。って思うけど、この子は全然そんなこと意識してないのよね。えー、これ、普通にあざとい小悪魔女が「全然意図してませ~ん」みたいな顔してやるやつよ? こっわ! この子!
こんなにも信用しきって委ねられたらちょっとドキドキしちゃうじゃない。何なのよ。
しかし、さすがはほぼ毎日告白されてる王子様。眉毛だっていじらなくてもきれいな形してるし、何、このまつ毛自前なの?! エクステじゃないの?! 腹立つわぁ。
とりあえず、ブラウン系のアイシャドウで軽く陰影をつけ、中心に軽くラメを乗せて立体感。下まぶたにラメ入りのピンクの錬りシャドウでうるうるの涙袋を演出しつつ、まつ毛はビューラーを使わずにマスカラだけで横に流す。小暮の場合、ちょっと目力が強いからマスカラとアイライナーは黒じゃなくてダークブラウンくらいで良いわね。アイラインは上下の目尻にちょっとだけ。
チークはコーラル系のをふんわりぼかす感じで、同色のリップをリップブラシは使わずに直塗りして――、と。
「ちょっともう……すごいのが出来ちゃったわよ……」
留めてたピンを外して、櫛で整える。
「んお? 出来たのかぁ?」
アンタもしかして寝てた? ってくらいの気の抜けた声を上げて、テーブルに伏せて置いた手鏡を持った小暮は、出来上がった自分の顔を見て目を丸くした。
「ちょ、おい! 千秋何だこれ!」
「何だこれって、だから、アンタの女MAXバージョンだってば」
「嘘だろ、マジかよ。ちゃんと女になってるじゃねぇか」
「これが化粧の力よ」
「いやいや、化粧の力じゃねぇって。千秋の力だろ?! お前、やっぱすげぇわ!」
そんでこの子、さらっとこういうこと言えるのよねぇ。
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