◆富田林13◆ 出会ってくれて本当に嬉しい

「だからね、またあおちゃんと遊んでくれるお友達が出来て嬉しい」


 胸の当たりで手を合わせ、こて、と小首を傾げる。その仕草のまぁチャーミングなこと!


「残念ながら学校は別ですけどね」


 ついそんな言葉が漏れてしまう。だけど。


「でもきっと、同じ学校でも、間に柘植を挟まなくても、あたし達、仲良くなってたと思います」


 ころりと自然と口から溢れる言葉に我ながら驚く。もちろん本心だから出て来た言葉なんだろうけど。あたしったらそこまで小暮のこと気に入ってたのね。


「ありがとう、千秋君! あおちゃんのこと、どうか末永くよろしくね!」


 目を爛々と輝かせて、前のめりにあたしの手を取る。


 ちょ、末永くって藤子さん。あたし達、そんな関係じゃないからね?


 そう反論しようかとも思ったけど、まぁ友達付き合いったってこの先十年二十年続いても良いわけだし、と思い直す。


「だけど藤子さん、大事な妹さんの友達があたしみたいなので本当によろしいんですか?」


 あんまりキラキラとした目で見つめてくるものだから、何だかつい、自分の中の卑屈な部分が出て来てしまう。オレっ娘を頑なに貫き通す小暮に負けず劣らず、あたしだってこれオネエだし。幸い、小暮は何とも思ってないみたいだけど、家族としてはどうなのかしら。


 一番嫌なのは、小暮がああオレっ娘だから、つるむ人間もこうオネエなのか、と思われること。


 世の中の人間がそういうのに偏見のない奴らばかりじゃないことくらい、知ってる。あたしのこと、『キモいオカマ野郎』と陰口を叩いてる奴らなんてゴロゴロいるのだ。


 だからいまは『久しぶりの友達』ってことで歓迎してくれているかもしれないけど、そのうち――


「千秋君みたいなのって?」


 胸の中にあるモヤモヤとしたどす黒い感情がぐるぐるしているところに、そんな声が差し込まれる。からりとした、まるで湿度のない声だ。


「あおちゃんより背が大きいとか、髪が綺麗とか、物腰が柔らかいとか、指先まできちんとお手入れしているとか、そういうこと?」

「えっ……と、まぁ、そういうのも含まれる、かしら」


 いや、小暮より背の高い男なんてザラにいると思いますけど!?


「あおちゃんが引け目を感じちゃうかもって心配してくれてるのね! 千秋君、優しいのねぇ」

「そ、ういうわけでは」


 いや、まぁそういうことではあるんだけど。


「ありがとう、千秋君。私、千秋君があおちゃんに出会ってくれて本当に嬉しい!」


 握ったままのあたしの手をぶんぶんと振り、キャッキャと笑う。


 出会ってくれて、か。


 友達になってくれて、ではないのだ。藤子さんは、あたしと小暮が自ずとこうなると思っているらしい。そうよね、友達は『なってもらう』ものじゃないものね。


 そんなことに妙にすとんと納得していると――


「てやっ!」


 手刀が振り落とされた。


「姉ちゃんから離れろ、変態!」

「んまァ! 聞き捨てならないわね、あたしのどこが変態よ!」

「あら、あおちゃん、お帰りなさい。千秋君来てるわよ」

「ただいま。んなの見りゃわかるっつの。てかな、変態だろ、何手ェ握ってんだ! 勝手に触んな!」


 律儀にも藤子さんとあたしを交互に見つめて返答する。微妙に態度と口調が変わるのが面白い。


「アーラなぁによ、藤子さんと握手するのにアンタの許可が必要だってわけ?」

「当たり前だろ! オレの姉ちゃんだ!」

「あら、あおちゃんったら、お姉ちゃんのこと大好きなんだからぁ、うふふ」


 それで藤子さんも藤子さんで、あたしの親友に負けず劣らずののほほんマイペース系のようである。


「妬くんじゃないわよ。大事なお姉さまアンタから盗ったりしないってば」

「なら良いけど。お前、そんなキャラでも油断出来ねぇからな。あんな、姉ちゃんもだぞ」

「え? 私? 私が何?」


 急に話を振られ、仕事に戻りかけていた藤子さんがきょとん、と首を傾げる。


「千秋はな、こんなんだけど、一応男だからな! ちゃんと気をつけろよ」

「なぁんだ、そんなこと? 大丈夫、お姉ちゃんちゃーんとわかってるから」

「わかってなさそうだから心配なんだよ。全く、いっつもふわふわしやがって。――ほら、もう行くぞ千秋」

「はいはい。それじゃ藤子さん、また今度」

「はーい、千秋君またね。今度お茶でも行きましょうね」


 と、にこやかに手を振られ、それを振り返していると、あたしの前を歩く小暮が、勢いよくこちらを向き、ギッと睨んできた。


 何よ、随分狭量なのね。

 

「ていうか、いま気づいたんだけど――」


 小暮の部屋に通されて、荷物をどさっと置く。ある意味想像通りの部屋だった。女っぽいものが何一つない、全体的に黒と白で統一されたこざっぱりとした部屋である。ここまで来ると天晴よ、お見事よ、降参だわよ。昨日今日のキャラじゃないのね。筋金入りだわ。逆にこの手のキャラは付け焼刃の方が痛いから良いんだけど。


「んあ? 何?」


 ペットボトルのお茶とスナック菓子を持ってきた小暮は、さっきまでプンプンしていた人間と本当に同一人物か、ってくらいに穏やかな声を返してきた。たぶんこの子、切り替えがうまいのね。小さな怒りを引きずらないって、素晴らしいことだわ。


「アンタ、制服ね」

「そりゃ学校帰りだからな。スカートこれが見苦しいなら着替えるけど?」


 不思議なことに、その言葉の中に、「どうせオレには似合わないって言うんだろ」みたいな卑屈さは欠片もない。言葉自体はそうなんだろうけど、発してるトーンのせいかも。


「見苦しくなんかないわよ。思いの外似合ってるわ」

「そうかぁ?」

「スカートの下にジャージ履いてるのがアンタらしいけど」


 ウチの学校にもいるのだ。制服のスカートをうんと短くして、その下に指定ジャージを履く手合は。足を出したいのか出したくないのか、どっちなのかしら。


「これなら全力疾走したり、飛んだり跳ねてもパンツ見えねぇからな」


 そんなことを言って、ぱちん、と腿を叩く。


「アンタねぇ。女子なんだから、『パンツ』とか言うのおよしなさいな」

「えぇ? じゃあなんて言やぁ良いんだよ。『パンティ』? そっちの方がなんかやらしくね?」

「下着、って濁すの! そういう時は! あたし仮にも男よ? 男の前でそんなはしたないこと言わないの!」

「えぇー。何で相手によって言葉変えなきゃなんねぇんだよ」

「それくらいの恥じらいは持ちなさい! アンタ仮にも恋する乙女なんでしょうが!」


 声を荒らげると、やっと思い出したのか「そっか、そうだった」と素っ頓狂な声を出して、ぽん、と膝を打つ。ほんとその辺は素直なのよねぇ。


「別にアンタのその性格を否定しないけど、その辺の線引きって重要なのよ」


 ため息混じりでそう言う。全く、この子も木綿ちゃんと同じくらい手がかかりそうだわ。

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