◇小暮葵2◇ 恋愛軍師、動くの早くねぇ?

「まぁ、厳しい戦いになるかもだけど、望み0とは思わないわ。ちょっと色々考えてみるから、諦めないで頑張りましょ」


 そんな言葉で千秋と別れ、オレは再び家へと戻った。バイトはちょっと抜けさせてもらっただけなのだ。姉ちゃんも母ちゃんも、オレが『遊びたい盛りの高校生』であることを一応は考慮してくれているので、こういう突発的な中抜けもある程度は応じてくれる。


 まぁ、働くのは嫌いじゃないしな。実家だから気も楽だし、オレ、意外って言われるけど、こう見えて案外読書家だからさ。本に囲まれて働けるってのも悪くない。本の匂いって良いよな。


 ポケットに入れたスマホには、千秋の連絡先が登録されている。まさかあいつが貴文の言う『恋愛軍師』だとは思わなかった。ただのでけぇオネエかと思ってたわ。


 男の癖に――なんていまの時代、大っぴらに言っちゃあ不味いけど――髪なんか伸ばしてる妙なやつではあるけど(ああでも、前に貴文がヘアドネーションのために、って言ってたっけか。やるじゃん)、悪いやつではない。どこからどう見ても男にしか見えないあいつの口からオネエ言葉が出て来るのは、脳がバグりそうになるけど。


「あおちゃん、お帰り。なんか楽しそうね」

「そうか? 普通じゃね?」

「え~? そんなことないわよ。お姉ちゃんにはわかるの」

「ああそうかい。とりあえず、売場のメンテ行ってくるわ」

「お願いね」


 姉ちゃんからハンディモップを受け取り、ほいほい、と軽い返事をして、乱れた売り場を直しつつ、モップで埃を取って回る。ウチみたいな小さい個人商店だと、万引きなんてシャレにならんくらいの損害だ。だからこうしてこまめに見回ることで抑止力になる。それでもガキだからって甘く見たのか、それでも犯行に及ぶ不届き者はいるが、この自慢の足でとっ捕まえたこともある。元陸上部舐めんな。ただ、家族と警察の人には怒られた。危ないって。


 ぐるっと一回りしてレジカウンターに戻る。姉ちゃんは発注作業の途中のようだった。


「なぁ姉ちゃん」

「んー?」

「オレに彼氏が出来たらどう思う?」

「――!? ど、どう思うって?! えっ、ちょっと何?! そうなの、あおちゃん?! 出来たの?! とうとう?!」

「おい、ちょっと落ち着けって。まだ、まだだって」


 一応店の中だから、かなり声のトーンを落としてはいたけれど、姉ちゃんは目をまんまるにして、ふんふんと鼻息荒い。きれいにチークを入れている頬をふくふくに膨らませて、長いまつ毛をバチバチさせている。我が姉ながら、美人だな、と思う。多少は化粧の力もあるかもしれないけど、それをきれいに落としたって、可愛いのをオレは知ってる。一応は、『美人』なんて言われているのだ。


 だからオレももしかしたら、姉ちゃんみたいに化粧したら、化けるのかもしれない。髪はすぐに伸びないけど。でも、姉ちゃんがいつも着てるみたいな服を着て、スカート……は出来るだけ履きたくないけど、裾の広がったハーフパンツとかあるじゃん。ああいうの履いてさ。オレ、陸上やってたから、足はきれいって褒められるんだよな。無駄な肉がなくて、筋肉がきれいについてるって。


 姉ちゃんは、「なぁんだまだなの」と肩を落としつつも、でも「あおちゃんからそういう話が出て来るなんて、これは大きな一歩なんじゃないかしら」なんて嬉しそうな顔をしている。ごめん姉ちゃん。いままで話してなかっただけで、こういう話は実は結構あったんだよな。ただ、実らなかっただけで。


 それで、店を閉めて、飯を食って、軽く近所を走ってから風呂に入り、湯上りのアイスに舌鼓を打っている時だ。


 千秋からメッセージが届いた。


「おー、マメなことで」


 そんなことを呟きながら内容を確認する。


『アンタの休みの日を教えてちょうだい。早速動くわよ。まずは作戦会議その2。』


 すっげぇ、もう動くのかよ。

 でも確かに和山はモテるからな。のんびり作戦を練っている時間はないのかもしれない。秋は体育祭やら文化祭など、カップルが成立しやすいイベントがある。和山はそういうイベントの度に彼女を作っていたから、これを逃したら正直厳しい。すっぱり諦めるか、あるいは別れるのを待つか、だ。


『休みはまぁ、どうとでもなる。千秋の予定はどうなんだ?』

『あたしはいつでも大丈夫。部活も融通が利くし、バイトもしてないから。』


 あいつ、部活やってんのか。

 背もでっけぇしな。和山に比べたら身体は薄いけど、ガリヒョロってわけでもなさそうだし、運動系の部活なんじゃなかろうか。そうだな、長身を活かしてバレー部とかな。それこそバスケかもしれないけど。それにしては細すぎる気がするし。


 でも、運動部だとしたら、そんな融通なんて利くだろうか。貴文と同じ学校トコだろ? 割と運動部強くなかったか?


 でもまぁ、本人が大丈夫というのだ。大丈夫なんだろう。


『そんじゃ明後日はどうだ。』


 急ぎすぎかも、とは思ったけど、まぁ善は急げって言うしな。


『オッケー。色々持ってくから、出来ればそういうの広げられるところが良いわね。カラオケとかにする?』


 何でわざわざカラオケよ。

 何をどんだけ広げるつもりなのか知らねぇけど。


『いや、オレんちで良くね? オレの部屋、まぁまぁ広いし。』


 そう送ると、ちまちまとしたやりとりが面倒になったのか、電話がかかってきた。


「おう、何だ」

『悪いわね、夜遅くに』

「そう遅くもねぇよ。まだ九時だぞ?」

『お肌のゴールデンタイムを考えたらこれからの時間が忙しいのよ』

「何だよ、お肌のゴールデンタイムって」

『あるのよ、そういうのが。あたし、美肌のために十時には寝るようにしてるの』

「何だそりゃ。すげぇなお前。それで、どうしたんだよ」

『ああそうそう、それよ。アンタね、何よさっきの』

「さっきの?」

『オレんち、ってやつよ』

「あー、はいはい。何もおかしなことではなくね? 貴文だってしょっちゅう来るぜ?」

『そりゃあ柘植はアンタの親友なんだからそうでしょうよ。あのねぇ、アンタ。自分が女子だって少しは自覚しなさいな。あたし、こんなナリでも男なのよ?』


 ため息混じりで吐き出された言葉に、ついついプッと吹き出す。


「なぁーに言ってんだよ。んなのわかってるっつの。それとも何? お前、オレになんかするつもりなの? ウケんだけど」

『笑ってんじゃないわよ。するわけないでしょ。そんな節操なしじゃないわよ。しないけど、そうじゃなくて。柘植やあたしは良いとしても、クラスの男子とかほいほい連れ込んじゃ駄目よ、ってこと』

「わぁーかってるっての。千秋だったらまぁいっかな、って思ってさ」

『まぁ、柘植の友人ってことですぐ信用してくれたんだろうけど、良い? 本来はね?』


 と、くどくどとお説教が始まりそうな雰囲気だったが、いや、ちょっと待て待て。そういうことじゃねぇって。


「いや、貴文は関係ねぇよ。オレ、千秋のことは貴文アイツ抜きにして信用してっから」

『はぁ? そうなの? まぁ、悪い気はしないけど』


 電話の向こうの声が、ちょっと照れているような気がする。おもしれぇ。


「そんでさ、そもそも何をどれだけ広げる気でいるんだよ」

『とりあえずね、形から入ってみようかな、って思って』

「形から?」

『そ。メイク道具とか、あと、アンタが言ってた、何とかってトコの甘めワンピがどのブランドかわからないけど、とりあえず知り合いからそれっぽいの借りたから、それをね』

「マジかよ。でもオレはそんな」


 やっぱりそういうことをしないと駄目なのかよ。

 オレは、オレのまんまじゃ土俵にすら立てねぇのか。


 そう思って、ショックを受けていると――、


『わかってるわよ』


 と、ちょっと小憎たらしい声が返ってきた。

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