◆富田林8◆ 親友の彼氏からのお願いとは

「お前の――その、恋愛軍師? とやらの力を見込んで、なんだけど」


 思いがけない言葉に「はあぁ?」と気の抜けた声が出る。

 お邪魔虫は帰れって話じゃないの? これからちょっと良い感じの恋愛映画を観て、そういう雰囲気に持ち込むから帰れ、みたいなお願いかと思ったのに?!


「実は、その、俺の親友なんだけど」

「あぁ、例の、アンタのことなんか一切眼中にないっていう女友達ね」

「何だかちょっと引っかかる言い方だけど、まぁそうだ。そいつがな、その、悪いやつではないし、見た目も……まぁ悪くはないんだけど、なんていうか、中身に少々難があるというか」

「随分な言い方じゃない」


 えぇ、でも、あのお姉さまよね? 見た目が悪くないも何も清楚系の美人じゃないのよ。まぁ、アンタの好みは木綿ちゃんなんだろうから、そう考えたら『悪くない』って評価になるのかもだけど。それに何? 悪いやつじゃないとか、中身に少々難があるとか。いや、アンタに言われたくないでしょうよ。この狐野郎。


「お前も会ってみればわかる。お前ほどじゃ――いや、同レベルかもしれないけど、まぁ、相当癖があるんだ。ほんとに。それで、まぁ、そういうわけだから、好きなやつが出来ても上手くいかなくてさ」

「ふぅん。――それで?」

「俺がその、彼女、が出来たからさ」

「何よ。その親友ちゃんも羨ましくなった、ってわけ?」

「まぁ、そういうことみたいで。それで、まぁ、ちょいちょいお前の話をしてた、っていうかさ」

「あたしの?」


 何? 悪口?


 そう思って睨みつけると、どうやらそれは柘植にも正しく伝わったらしい。「悪いことは言ってない」と口を尖らせた。


「その、何か、恋愛のプロみたいなやつだ、って言ったんだ。おれも蓼沼さんも正直そういうの得意じゃないからさ。お前がいなかったら、こうはなってなかっただろうな、って。そしたら」

「じゃあ、こっちもお願い、って言われたって、わけ?」

「まぁ、つまりは、そういうことで。ただまぁ、何が何でも受けてくれってわけじゃなくて、とりあえず紹介して欲しいって言われたっていうか」


 と、ため息と共に締める。


 そして――、


「お前に頭下げんのは嫌なんだけどさ。……頼む」


 いつものちょっと澄ました公家顔の、あたしの可愛い可愛い親友の彼氏が、ぶっちゃけちょっと――いや、かなり嫌そうな表情であたしに頭を下げる。


「……ふん」


 何がむかつくってこいつがあたしの扱い方を心得ているという点だ。何せこいつの背後にはその何よりも大切な親友の蓼沼たでぬま木綿ゆうがいるのである。


「トンちゃん、お願い」


 その愛らしい丸い目を潤ませてそんなことを言われてしまったら、あたしとしては引き受けざるを得ない。だってさっき二つ返事でOKしちゃったし。


「他ならぬ木綿ちゃんの頼みとあらば、仕方ないわねぇ。良いわよ別に。相談くらい乗ってあげるわよ」

「いや、頼んでるのは俺なんだけど」

「おだまり、この狐野郎」


 とまぁ、そんな経緯で、あたしは再びこの手腕をふるうことになったのである。今回は可愛い可愛いのほほん天然系ではない。どうやら中身に少々難があるらしい(そうは見えなかったけど)、清楚系お姉さまだ。


 とにもかくにも本人がいないことには始まらない。人となりも知っておきたいし、それに、その彼女の好きな相手の情報なんかも当然必要になってくる。


「でも、その親友ちゃん」

「あー、えっと、小暮っていうんだけど」

「オッケー、小暮ちゃんね」


 ま、名字は知ってたけど。名字は、っていうか、その弟君の方と結構親しくさせてもらってるし、お姉さまの方とだって一言二言会話くらいはしてるけど、柘植の中ではまだ面識0ってことになっているはず。いや、チラッと見て来たわよ、くらいは言ったんだっけ。まぁ良いわ。


「その小暮ちゃんだけど、恋愛相談するのにあんた達がいても大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「だって、アンタは親友だから良いとして、あたしも、まぁ相談役だから良いとしてよ? 木綿ちゃんなんて全くの部外者なわけでしょう? 言っちゃ悪いけど、この子、戦力にはならないわよ?」

「そ、そんなぁ!」


 私だって、ちゃんと『ラブベタ』読んだよ? なんて拳を振って力説するの、めっちゃ可愛いんですけど!


「それに、柘植もよ。普段からそこまでがっつり恋愛相談受けてたわけ?」

「いや、相談っていうか、好きなやつが出来たって報告と、振られたって報告を受ける程度かな」

「でしょう? せっかく予習してくれた木綿ちゃんには悪いけど、アンタ達、はっきり言って戦力外なのよね」

「うぐっ……。トンちゃんったらそんなはっきりと……」

「富田林、俺にも『悪いけど』みたいなのはないのかよ」

「あるわけないでしょ。アンタ達くっつけるのにあたしがどれだけ苦労したか」


 勝手に勘違いして拗れまくるんだから! まぁ、それはそれで楽しかったけど!


「だからね、出来ればあたしとその小暮ちゃん、二人きりでじっくり作戦会議したいのよね」

「成る程」

「確かに、私がいたら足手まといになっちゃうかも」


 ここで『私が』って言えるのが木綿ちゃんよね。あたしははっきり言って柘植もセットで足手まといって思ってるんだけど。あくまでも足を引っ張るのは自分だけって思ってるのね? もう、謙虚で可愛いったらないわぁ!


「ってなわけだから、出来たら小暮ちゃんをここじゃなくて適当なファミレスに呼んで欲しいのよ。あたし達、そこで親睦を深めながら作戦練るから」


 ふっふー、これでここの二人もラブラブお家デートよ! さっすがあたし! 今日も冴えてるわ! 柘植の野郎は確かにむっつり野郎ではあるけど、一応常識も礼儀も弁えてるし、ヘタレのビビリだから、まぁ良いとこキス止まりでしょ。何ならハグで終わるかもだし。


「それじゃ、受けてくれるんだな」

「だって、あたしくらいしかいないでしょ? その難アリな親友ちゃんの恋愛を成就させられそうなのは」

「たぶん、そうだと思う」

「しかも木綿ちゃんの頼みだし?」

「トンちゃぁん!」

「ってなわけで、あの郵便局の角を曲がったところにある、Donney’sドニーズに向かわせてちょうだい」


 ってなわけで、そこで待ってるわね。


 そう伝えて、お邪魔虫あたしはさっさと柘植家を出た。

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