◆富田林9◆ ファミレスにやって来たのは
一足先に
「あれ、千秋じゃん」
聞き覚えのある声に顔を上げてみれば、学校帰りなのか、指定ジャージ姿の小暮である。
「あら、小暮。アンタ一人なの?」
「いや、オレは人と待ち合わせ。千秋こそ一人なのか?」
「ううん、あたしも待ち合わせよ」
ていうか、待ってるのはアンタのお姉さんなんだけど、と言いかけたところで、小暮がテーブルの端についている席番号をちらりと見た。それで――、
「はぁ、何? お前なの?」
目を丸くしてそう言った後で、「あっ、思い出した、『トンダバヤシ』だ」と訳の分からないことを呟いた。
は? 確かにあたしは
「うっわ、いま思い出した。そうだよ、
そんなことを言いながらあたしの向かいの席にどかりと座って、通りがかった店員さんに「すんません、クリームソーダ一つお願いします」と注文した。あら、何よアンタ、意外とその辺の礼儀はあんのね。ちゃんとお願いしますとか言えるんじゃない。
いや、そうじゃなくてね。そこの席はこれからアンタのお姉さまが座るんですけど?
でもまぁ、弟君なら同席しても良いのかしら?
そんなことを考えていると――、
「えっと、まぁ、貴文から聞いてると思うけど、その、よろしく頼む」
と、目の前の可愛い少年は、あたしに向かってぺこりと頭を下げた。
「……は?」
「は、って何だよ。お前、聞いてねぇの? 貴文は話通したって言ってたぞ?」
「え? 貴文って柘植のことよね? 受けたって……アレでしょ? 柘植の親友ちゃんの恋愛相談を、って」
「そ。だからその、親友ちゃんってのがオレ」
「いやいやいや、だってあたし、柘植の親友ちゃんは女の子って」
「だーから、オレは女だっての」
「はぁ?!」
「どっからどう見たって女だろ!」
ビッと親指で自分を指差して高らかに宣言したけど、どっからどう見てもそう見えないわよ!
すんでのところでその言葉を飲み込んだあたしを見て、小暮は、ぷいっと顔を逸らした。
「……まぁ、多少紛らわしい見た目なのは否定しねぇけど」
見た目だけじゃないわよ! 言葉遣い! あと物腰とか! 服装と髪型……は、まぁ仕方ないにしても!
まぁ、いまのは服装以外あたしにブーメラン刺さりまくりではあるんだけど、あたしの場合は見た目がしっかり男なのよねぇ。そんなむさくるしい系の容姿ではないけど、背恰好とか、体つきが残念なくらいに『THE男』。どんなに髪を伸ばしても、お肌に気を遣っても、あたしを女と見間違う人はまずいない。
でも、小暮の場合は――、
すっきり爽やかなサラサラの茶髪ショート、
男にしてはまぁちょっと低めかもしれないけど、女子にしてはまぁまぁの身長、
ひん剥いたわけじゃないから本当のところはわからないけど、凹凸に乏しそうに見える身体のライン。
あとはやっぱり口調と雰囲気かしらね。
こんな少年、いるわよね、って。
声だってまぁ低めなのよ。声変わりしても声が高めの男っているじゃない? それかな? って。
「そりゃあ、女子に告白されても嬉しかないわねぇ……」
ぽつりとそう言うと、ため息混じりの声で「だろ」という返事が来た。
「まぁでも、難しいなら別に断ってくれても良いけど。どうせ負け戦だしな」
「何でそんなこと言うのよ。わからないじゃない」
「わかってんだよ。もうオレ、両手じゃ数えきれないくらいに負けっぱなしなんだよな」
「やだ、そんなに?! 告白されるのもそれくらいありそうだけど」
「告白されんのだったら、両手両足の指全部使っても足りねぇくらいあるわ」
「やぁーだ、少女漫画に出て来るイケメン君みたいじゃないの」
「ただ、揃いも揃って女子からだけどな」
「あぁ――……、まぁ、そうね。でも、モテるってことは人間として魅力があるからなんじゃない?」
少なくともあたしはそう思うわね。
女子って自分より可愛い子を妬んだりするじゃない? だけど、そういうのを超越して『好き』の感情になるわけだし。男子だってそうよ。つまりは、『男が惚れる男』っていうの? まぁ、それでガチの恋愛に発展するのは……そういう性的嗜好なら良いんじゃないかしら?
「ねぇよ、そんなの。あいつらな、オレの見た目が好きなだけだから。前に言っただろ? オレと恋愛ごっこがしたいだけって」
「そういやそんなことも言ってたわね」
詳細についてははぐらかされた気がするけど。
「それで? ごっこ遊びってどういうことなの?」
これはちょっと長くなりそうかも、と店員さんを呼んで『大盛りフライドポテト』を注文する。普段はあたし、こういうの食べないけど、でも、女同士で駄弁る時にはこういうのって必要でしょ? あっ、お前は男だろって野暮な突っ込みはナシナシ。そんなのあたしだってわかってるし、あたしだって男捨てたつもりもないし。あたしはあくまでもこのスタイルが自分らしくて好きってだけで、何度も言うけど恋愛対象は女だから。
小暮はというと、「千秋、気ィ利くじゃん」なんて言って、顔をくしゃっとさせて笑った。あら、こんな顔するとちょっと女子っぽいわね。女子っていうか、チワワかしら。うん、チワワね、チワワ。可愛いじゃない。
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