◆富田林9◆ ファミレスにやって来たのは

 一足先にDonney’sドニーズに着き、柘植に席の番号を伝えてから、アイスティーを注文する。それを待ちながらスマホで電子書籍を読んでいると――、


「あれ、千秋じゃん」


 聞き覚えのある声に顔を上げてみれば、学校帰りなのか、指定ジャージ姿の小暮である。


「あら、小暮。アンタ一人なの?」

「いや、オレは人と待ち合わせ。千秋こそ一人なのか?」

「ううん、あたしも待ち合わせよ」


 ていうか、待ってるのはアンタのお姉さんなんだけど、と言いかけたところで、小暮がテーブルの端についている席番号をちらりと見た。それで――、


「はぁ、何? お前なの?」


 目を丸くしてそう言った後で、「あっ、思い出した、『トンダバヤシ』だ」と訳の分からないことを呟いた。


 は? 確かにあたしは富田林とんだばやしだけど!?


「うっわ、いま思い出した。そうだよ、貴文たかふみ言ってたわ、富田林って。そうだそうだ、そう何人もオネエみたいな番犬なんているわけが――おっと、これは内緒だったな」


 そんなことを言いながらあたしの向かいの席にどかりと座って、通りがかった店員さんに「すんません、クリームソーダ一つお願いします」と注文した。あら、何よアンタ、意外とその辺の礼儀はあんのね。ちゃんとお願いしますとか言えるんじゃない。


 いや、そうじゃなくてね。そこの席はこれからアンタのお姉さまが座るんですけど?


 でもまぁ、弟君なら同席しても良いのかしら?

 

 そんなことを考えていると――、


「えっと、まぁ、貴文から聞いてると思うけど、その、よろしく頼む」


 と、目の前の可愛い少年は、あたしに向かってぺこりと頭を下げた。


「……は?」

「は、って何だよ。お前、聞いてねぇの? 貴文は話通したって言ってたぞ?」

「え? 貴文って柘植のことよね? 受けたって……アレでしょ? 柘植の親友ちゃんの恋愛相談を、って」

「そ。だからその、親友ちゃんってのがオレ」

「いやいやいや、だってあたし、柘植の親友ちゃんは女の子って」

「だーから、オレは女だっての」

「はぁ?!」

「どっからどう見たって女だろ!」


 ビッと親指で自分を指差して高らかに宣言したけど、どっからどう見てもそう見えないわよ!


 すんでのところでその言葉を飲み込んだあたしを見て、小暮は、ぷいっと顔を逸らした。


「……まぁ、多少紛らわしい見た目なのは否定しねぇけど」


 見た目だけじゃないわよ! 言葉遣い! あと物腰とか! 服装と髪型……は、まぁ仕方ないにしても!


 まぁ、いまのは服装以外あたしにブーメラン刺さりまくりではあるんだけど、あたしの場合は見た目がしっかり男なのよねぇ。そんなむさくるしい系の容姿ではないけど、背恰好とか、体つきが残念なくらいに『THE男』。どんなに髪を伸ばしても、お肌に気を遣っても、あたしを女と見間違う人はまずいない。


 でも、小暮の場合は――、


 すっきり爽やかなサラサラの茶髪ショート、

 男にしてはまぁちょっと低めかもしれないけど、女子にしてはまぁまぁの身長、

 ひん剥いたわけじゃないから本当のところはわからないけど、凹凸に乏しそうに見える身体のライン。

 あとはやっぱり口調と雰囲気かしらね。


 こんな少年、いるわよね、って。

 声だってまぁ低めなのよ。声変わりしても声が高めの男っているじゃない? それかな? って。


「そりゃあ、女子に告白されても嬉しかないわねぇ……」


 ぽつりとそう言うと、ため息混じりの声で「だろ」という返事が来た。


「まぁでも、難しいなら別に断ってくれても良いけど。どうせ負け戦だしな」

「何でそんなこと言うのよ。わからないじゃない」

「わかってんだよ。もうオレ、両手じゃ数えきれないくらいに負けっぱなしなんだよな」

「やだ、そんなに?! 告白されるのもそれくらいありそうだけど」

「告白されんのだったら、両手両足の指全部使っても足りねぇくらいあるわ」

「やぁーだ、少女漫画に出て来るイケメン君みたいじゃないの」

「ただ、揃いも揃って女子からだけどな」

「あぁ――……、まぁ、そうね。でも、モテるってことは人間として魅力があるからなんじゃない?」


 少なくともあたしはそう思うわね。

 女子って自分より可愛い子を妬んだりするじゃない? だけど、そういうのを超越して『好き』の感情になるわけだし。男子だってそうよ。つまりは、『男が惚れる男』っていうの? まぁ、それでガチの恋愛に発展するのは……そういう性的嗜好なら良いんじゃないかしら?


「ねぇよ、そんなの。あいつらな、オレの見た目が好きなだけだから。前に言っただろ? オレと恋愛ごっこがしたいだけって」

「そういやそんなことも言ってたわね」


 詳細についてははぐらかされた気がするけど。


「それで? ごっこ遊びってどういうことなの?」


 これはちょっと長くなりそうかも、と店員さんを呼んで『大盛りフライドポテト』を注文する。普段はあたし、こういうの食べないけど、でも、同士で駄弁る時にはこういうのって必要でしょ? あっ、お前は男だろって野暮な突っ込みはナシナシ。そんなのあたしだってわかってるし、あたしだって男捨てたつもりもないし。あたしはあくまでもこのスタイルが自分らしくて好きってだけで、何度も言うけど恋愛対象は女だから。


 小暮はというと、「千秋、気ィ利くじゃん」なんて言って、顔をくしゃっとさせて笑った。あら、こんな顔するとちょっと女子っぽいわね。女子っていうか、チワワかしら。うん、チワワね、チワワ。可愛いじゃない。

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