◆富田林7◆ お邪魔虫はいつでも帰るわよ

 日曜日である。

 例の、『ドキドキ☆彼ぴのお家で映画デート』なのである。


「何の映画観るんだろうね、トンちゃん!」

「そうねぇ。木綿ちゃんに合わせたやつなんじゃないかしら」


 ほっぺをふくふくに膨らませてるんるんと歩く木綿ちゃんはとにかく可愛い。途中のコンビニでお菓子とジュースを買って(柘植は「手土産とかいらないからね」と念を押してたみたいだけど)、それをカッシャカッシャと振りながら――もちろん重いペットボトルはあたしが持ってるけど――それはもうるんるんと歩くのだ。


 そりゃね?

 柘植も望んでいたわよ? 出来れば保護者あたしも一緒に、って。でも、あたしがいたんじゃあ、なーんにも起こらないじゃないのよ。というのも、その『柘植の親友ちゃん』が、バイトの関係で、遅れて来るらしいという話だからである。


 これがね?

 その『親友ちゃん』もいるって話ならよ。まぁある意味Wデート(いや、あたし達はそんな関係じゃないけど構図的にって話)だけど、そうじゃないわけでしょ? やだもう、その子が来るまであたし完全にお邪魔虫じゃない? でもまぁたぶん遅れるのは映画一本分くらいって話だけど。


 だからね、双方に何度も確認したのよ?

あたし本当にいて良いの? って。二人一緒の時に聞いたら本音が出て来ないと思ったから、もちろん個別に。だけど、どっちも、


「いや、むしろいてくれた方が」

「えーっ! トンちゃんも一緒が良いよぉ!」


 なんですもの。


 ほんっと人気者って困っちゃうわねぇ。じゃなくて! いや、柘植。柘植よ。アンタね、そこは普通がっつくところよ? そんでね、あたしから「このムッツリ野郎!」って怒られて、それで渋々あたし同伴になる流れなんじゃないの!? アンタそれでもほんとに男なの!? 


 俺だったらこんな可愛い彼女、三日で食ってるっつーの!


 おっといけない、ついつい男言葉が出ちゃったわ。


 というわけで、あたし的には少々不本意な気持ちで柘植家へ向かっているというわけだ。


「あのね、トンちゃん」

「なぁによ」


 柘植家まであと数メートル、というところで、木綿ちゃんがぴたりと立ち止まった。あら、どうしたの? ここへ来て何らかの危機感を覚えたのかしら? 大丈夫よ木綿ちゃん。あの狐野郎、あれでかなりのヘタレみたいだし、隙をついてキスを狙うとかそんな芸当絶対に無理だし。


「あの、今日ね、映画観るのもそうなんだけど、実はトンちゃんにお願いがあって。私のお願い、ってわけじゃないんだけど」

「お願い? あたしに?」


 しかも木綿ちゃんからじゃない? てことは、もしかして柘植から? やっぱりあたしが邪魔になったとか!? そうよねそうよね! やぁーっぱりそうよね?! そりゃラブラブお家デートしたいわよね? 然るべきタイミングで退室せよってことね?


「良いわよ、木綿ちゃん!」

「えぇっ!? 良いの? 私まだ何にも言ってないけど?」

「木綿ちゃんが絡んでるお願いなんて、何でも聞いちゃうに決まってるじゃない! どんと任せて!」

「ありがとうトンちゃん!」


 わぁぁ、と丸い目を涙でにじませて、あたしの手をぎゅっと握る。そんな仕草も最高に可愛いあたしの親友。でもね木綿ちゃん、はるか数メートル先から、こちらをじぃぃぃーっと見つめているあなたの彼氏の視線にも気づいてあげましょ? 安心しなさい柘植。別に手を出したりしないわよ。あたし達は昔からこの距離感でやらせてもらってんの。 


 良いじゃない。アンタ今日はこの後木綿ちゃん独占するんだし? よーし、ちょっと焚きつけてやろうかしらとそっちを見ながら肩を抱いてやる。おーおー、焦って走って来たわあの狐野郎。あいつ意外と足速いのよねぇ。


「おっ、お前!」

「あー、柘植君」

「あらぁ? そんなに焦ってどぉしたのかしらぁ?」

「蓼沼さんから離れろ! 近すぎる!」

「オーホホホ! 男の嫉妬は醜いわねぇ〜」

 

 お返しするわよ、と解放し、とん、と軽く背中を押してやる。すると小さな小さな木綿ちゃんは、おとと、なんて可愛い声を上げながら少しだけよろけた。


「蓼沼さん!」


 それを受け止めるのはもちろん彼氏の役目よね。アラッ、随分なソフトタッチ。へぇーえ、紳士ですこと。


「ありがと柘植君」

「どういたしまして。えっと、その、行こうか。……富田林も」

「オーッホッホッホ! 仲のおよろしいことでぇ。さ、行きましょ行きましょ。何を観るのかしら。楽しみだわぁ」


 そんな感じで柘植の家に行き、当初の予定通りに彼プレゼンツのアクション映画を観て(何で恋愛映画じゃないのよ! とも思ったけど、あたしがいるのに困るものね?)、それで、お茶とお菓子でちょっと休憩しつつ、例の『柘植の親友ちゃん』が来るのを待っていた時のことだ。映画は二本観る予定だったから、その親友ちゃんの到着を待とうということになったのである。


 忙しなく冷えたお茶を飲んでいた柘植が、何やら意を決した表情で、「実は富田林に頼みがあって」と切り出した。


「何よ」


 いよいよ来たわね。この思い詰めたような表情。やっぱり「悪いけど帰ってくれないか」に決まってるわよね。なぁによさんざん保護者同伴で、なんて言ってた癖に、やっぱりあたしお邪魔虫なんじゃない!


 柘植からのお願いだと思うと腹立たしさしかないけど、そこに木綿ちゃんも噛んでると思ったら応援するしかないじゃない? そうよ、だって高校生でも、そりゃあキスくらいはしたいわよ。木綿ちゃんにだってそういう感情があって然るべきなのよ。ああ、やっと木綿ちゃんもいっぱしの乙女になったってわけね。あたしの愛読書である『LOVE ME BETTERラブベタ』を無理やり全巻貸しといて良かったわ! やっぱり御影石みかげいし流石さすが先生は神! あののほほんふわわんな木綿ちゃんが乙女になるなんて! 


 何だか一人娘が初めて恋を覚えたような心地になって、じわ、と涙がにじむ。良いわよ、お邪魔虫は退散するわ。それじゃ駅前のカフェにでも行って新作のケーキでも食べようかしら。


 そんなことを考えていたら――、


「お前に頭下げんのは嫌なんだけどさ」


 そんなことを言って、柘植はあたしに向かって頭を下げた。


 そう、ここでやっと冒頭に戻る、ってわけよ。全く、長い長い回想シーンよねぇ。

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