◇小暮葵1◇ ごっこ遊びにゃ付き合わねぇぞ

「好きです」

 

 くだらねぇ。


「ずっと先輩のことカッコいいなって思ってて」


 くだらねぇ。


「もし良かったら私とお付き合いしてください」


 くだらねぇ。


 お前、それ本気で言ってんの、って何度言いかけたかわからない。

 いや、確か一人くらいは言ったっけな。そうだ、たぶんこうやって告白されるようになって五人目くらいの時だったと思う。なぁ、本気で言ってんのか、って。


 だってオレ、だぞ?

 つまり、お前って、そういうこと?

 恋愛対象が女なのかよ、って。


 別にそれ自体はどうだって良い。誰が誰を好きになったって別にどうでも良い。本当に女が好きで、それでオレのことも好きだっていうなら、それ自体はどうでも良いのだ。ただ、オレにはそういう趣味がないってだけで。結局答えはNOってだけで。


 だけど、そいつはそうじゃなかった。

 ただ単に、オレが『少女漫画に出て来るような王子様みたいな容姿』だから、恋愛ごっこがしたいだけだったのだ。キスくらいならしたいのかもしれないが、当然その先にあるような生々しい身体の接触はなし。オレに告白してくる女子というのは、大抵の場合、男性に対して少なからず苦手意識を持っている。単純に、自分達よりも身体が大きくて、力が強くて、それで、同い年は同い年でまだ子どもっぽさが残っているが故の粗野な感じが嫌だと。かといって年上は自分達の知らないこと――それはいわゆる『性』に絡んだものだ――を強いて来そうで怖い。


 だけど、オレなら。


 運動部に入っていたから、多少は力も強いかもしれない。けれども、所詮は女だ。身長は女子の平均よりはあるが、威圧感を覚えるほどに大きいわけでもなく、陸上をやっていたからか、どちらかといえば細身で女らしい凹凸もない。つまりは彼女らの『女』を危うくするような体型ではないから、隣に立っても一応恋人のように見えるし、あと、これは案外重要なポイントらしいんだが、毛が薄い――というのは、つまりすね毛とか腕毛とかそういうやつなんだけど。だって漫画に出て来るような王子様ってのは、すね毛なんて生えてないだろ。


 だから、理想の王子様を探すなら、男の中から漁るより、多少ボーイッシュすぎる女を狙った方が良い。らしい。


 そんなので目をつけられやすいのがオレというわけだ。


 そこに気付いてからは、その『一世一代の告白』とやらもまともに聞く気も失せた。何でお前らの恋愛ごっこに付き合ってやらんといけねぇんだ。


 それでも、ガチで告白してきたやつはいる。

 本当に『女』が好きで、オレのことが好きで、ドかつくほどのタイプだと言って。いや、それはそれで普通に困るわ。だってオレ、こんなんだけど恋愛対象は男だしな?


 のお誘いがない日は、高確率で、そいつが来る。


「小暮くーんっ!」

「……また来たのかよ。次騒いだら出禁って」

「騒いでないもぉ~ん」

「あっそ。そんじゃ、買うもの買ったら帰れば。オレ働いてんだから」

「んもー、冷たくない? 姫に冷たくない?」

「誰に対してもおんなじだわ」

「嘘! 姫知ってるもん! 最近あのでっかいオネエ男子と仲良しだもん!」

「でっけぇオネエ……あぁ、千秋な」

「ほらぁ! 名前で呼んでるぅ! 姫のことも呼んでよぉ」

「やだよ。お前の名前、なんかキラキラしてっから。名字なら良いよ。梶川かじかわだろ」

「やぁ〜だぁ〜、カジカワなんて可愛くないっ! 姫って呼んで!」

「やだ。なら今後もお前って呼ぶわ。てか帰れ」


 そう突き放すと、そいつ――梶川姫璃ひめりは、ぷぅ、と頬を膨らませて足をバタバタさせた。こいつがその、『ガチで告白してきたやつ』だ。こいつは、オレがどれだけその気はないときっぱり振ったところでめげないのである。かなり迷惑に思いつつも、だけれども、こいつのこの行動の方がよほど「オレのことが好き」という点においては一貫性もあるし説得力もあると思う。


 オレが好きになるのは決まって、身体のデカい、ゴツいやつだ。だってそれなら、隣に並んだってオレがちゃんと女に見える。女に見られたいなら、女とわかる恰好をしろって話なんだけど、そういうことじゃねぇんだよな。オレはオレのままでいたいし、そういうオレを引っ括めて好きになってくれるやつが良い。


 なんて言ったら、梶川は「じゃあ姫で良いじゃん! 姫、そのまんまの小暮君が好き!」って抱きついてきそうだけど。やだよ。だからオレは男が好きなんだって。


 だけど、そううまくはいかない。

 

 オレが好きになるやつは、大抵、見た目がちゃんと『女』の、可愛らしい子が好きなのだ。柔らかくて、ふわふわで、おしゃれで、弱くて。オレじゃない。オレが何一つ持ってないもので固められた『女の子』なのだ。


 だから今回も駄目だろうな。

 どんなにモテたって仕方ない。

 オレは、オレの好きな人からは、絶対に選ばれない。


 それでももしかしたら、なんて思ったり、女っぽくしようかなとか考えたりもするけど、ここまで染み付いてしまっていると、何をどうして良いかもわからない。それでだんだん疲れてきて、無理してる自分のことも嫌になって、告白にすら至れず、気持ちがスッと冷めるのだ。


 やっぱ無理じゃんって。

 これも失恋って言うんだろうか。

 

 それで、恋愛なんて一生無理かもと諦めかけていた時に、親友である柘植貴文から聞いたのは、この、オレに負けず劣らず恋愛下手な男(しかもこいつは何でかモテないから、そういう意味ではオレよりも下手かも)の恋愛成就に一役も二役も買ったらしい、恋愛軍師の話である。


 何でも、貴文の相手である女子も、こいつに引けを取らない恋愛下手というかスーパー鈍感な天然ちゃんらしく(いや、この界隈、恋愛下手多すぎねぇ?)、恐らくそいつの介入無しにはカップル成立にはあと五年はかかっていたのではないだろうかとのことだ。


 そんな二人をどうにかしてうまいことくっつけたという、とんでもない策士であるらしい。策士、いや、軍師か。


 そいつの力を借りれば、オレももしかしたら。


 そんな考えに至るのは、ごく自然なことだと思う。友達の友達は友達って言うじゃねぇか。


 そいつ、名前なんつったっけな。聞いたはずなんだけど、そん時は話半分だったからなぁ。貴文に紹介してもらうかなぁ。

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