◆富田林6◆ アンタも良い性格してるわね
「ほんとだよね! ちょっと顔が良いからってあんな言い方なくない? チョーシ乗りすぎ!」
うっわ。そういうタイプだったの、アンタ。
ていうかね。
ていうかね。
そう思うのは勝手だけどね。それ、ここで言う?!
せめてここ出てから言いなさいよね。小暮、まだ近くにいるわよ、きっと。声だって聞こえてるでしょ。アンタ達声でかいし、それにここ、お世辞にも広い店じゃないもの。
かといってその女子達の中に割って入ってお説教してあげるほどあたしは親切じゃない。こんな自分本位なやり方で告白した上、振られたら相手を即罵るような思考回路の人間なんて、今後も振られまくって痛い目見れば良いのよ。それより心配なのは小暮の方よね。告白ってする方も勇気いるけど、振る方だって大変なのよ? いまごろ罪悪感でげっそりしてるかも。
全然気にすることないわよって教えてあげた方が良いかしら。
もしも、店内でばったり出くわすことがあって、その時に多少なりとも元気がなかったら教えてあげようかしら、なんて思って、雑誌を持って実用書コーナーの方へ向かう。どうせレジはその先にあるんだし。
「っと」
意外にも、実用書棚を曲がり切ったところに小暮はいた。不貞腐れたような、疲れたような顔で棚の本を並べ直している。
「何よ。アンタずっとそこにいたわけ?」
「悪いかよ」
「悪かないけど……。でも、こんなところにいたらさっきのあの子達の会話、全部聞こえてたんじゃない?」
「聞こえてるも何も、聞いてたんだよ」
しれっとそう言って、ちらりと棚の向こうを見る。どうやら女子集団は去ったらしい。それを確認して、ほっと安堵の息を吐く。
「聞いてた、ってアンタも良い性格してんのね」
さっきの小暮の言葉を思い出しつつ、皮肉を込めてそう言う。すると彼は、はっ、と鼻で笑った。
「そっちの方が楽なんだよな」
「楽?」
「ボロクソ言ってたろ、オレのこと」
「まぁ……そうね」
「そんなやつだってわかった方が、心が痛まねぇってこと」
「成る程ねぇ。……って、もしかして、毎回こうなわけ、アンタ?!」
だとしたらかなり同情しちゃうかも。
「毎回こうだな。どうせ、オレに告白してくるやつなんて本気じゃねぇんだよな。恋愛ごっこにちょうど良いんだよ、オレみてぇなのはさ」
「恋愛ごっこ?」
んなことより、今日は何だ? と手に持った雑誌を顎でしゃくられる。
「定期購読でも申し込むのかよ。手続きならしてやるぞ」
「違うわよ。今日は普通にお会計」
「あっそ。毎度あり」
そんな会話をして、会計をしてもらい店を出る。
何か変わった子ね。
それが正直な印象だ。
ただ、嫌いじゃないわね。顔が可愛いっていうのももちろんあるけど、あの性格、さっぱりしてて良いと思う。
その日の夜、やっぱり興奮気味の木綿ちゃんから電話が来て、柘植の野郎からお家デートに誘われたことを告げられた。もちろん、あたしも一緒に、だ。それからもしかしたら、例の『柘植の親友ちゃん』とやらも来るかもしれないらしい。約束をしている訳ではないがちょくちょくアポ無しで遊びに来るのだとか。一応声はかけてみるとのこと。
あたしも木綿ちゃんも『友達の友達はみんな友達』のタイプだし、来るって言っても、あのハマナス書房のお姉さまでしょう? むしろお近づきになりたいくらいだわ。オッケーオッケーと承諾して通話を終えた。
ちなみに本日は、おてて繋いで仲良く下校――はなかったらしいけど、帰り際に握手はしたとのこと。何それ、別れの挨拶?
それからも、駅前の大きな書店よりも、この小さな本屋に行くことの方が多くなった。本を探すよりも、小暮と一言二言会話をするのが目的のようになっていたと思う。どうせ帰り道だし。ちゃんと本も買ってる。まぁ、立ち読みで終わることもあるけど。
そして驚くべきことに、小暮は毎回――最も、さすがにあたしだって毎日通ってるわけじゃないから、たまたまその時に遭遇しただけかもだけど――告白されていたのである。どんだけモテんのよ、アンタ。
「ねぇ、アンタ、校内の女子全員敵に回す気?」
やはりどんな可愛い子がやって来ても態度を崩すことなくあっさりと振り続ける小暮に、ついつい口が出る。
「あ? 何のことだよ」
「告白。されまくってるじゃない。毎度毎度」
「言うほど毎度でもねぇよ。昨日は平和だった」
「昨日は、って。てことは一昨日は平和じゃなかったんでしょ」
「別に。断るだけだし」
「随分と淡白なのねぇ。好みの子とかいなかったわけ?」
「いねぇ」
「可愛いなとか思ったり」
「思わねぇ」
まぁ、あたしが見た限りでは、確かにどんな女子よりもこいつの方が可愛い顔してたしね。成る程、自分の顔が良すぎてその辺の女子じゃ満足出来ないわけね。それはある意味可哀相かも。
「……それにオレ、好きなやついるし」
「アラっ何?! 何よ、そういうこと!? そういうことなら早く言いなさいよね! 何よ、ただの一途君じゃない! そういうことならあたし、断固応援するわよ!」
「はぁ?! 別にお前に応援されなくて良いし!」
「お前なんて水臭いわよ、小暮! あたしの名前は――」
「知ってる。ナントカバヤシだろ? こないだの注文用紙見たから知ってる」
「『ナントカバヤシ』って! 全然わかってないじゃない!」
「キーキーうるせぇんだよナントカバヤシ。あれだろ、
「んまぁっ、下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしい! ……かといってバヤシもないわね。ま、良いわ、アンタなら。千秋でも」
光栄に思いなさい、と悪い顔をして見下ろすと、小暮は「へいへい」と面倒臭そうに返してきた。
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