◆富田林5◆ モテる男って大変なのよねぇ

 ハマナス書房である。

 相変わらずの落ち着いたBGMが心地よい。お客もまばらで、経営云々を考えれば心配になるけど、利用する側としてはこれくらいがちょうど良いのよね。


 ファッション雑誌のコーナーで目当ての雑誌を探していると、バックヤードの出入り口付近に女子学生が数人固まっているのが見えた。その中心にいるのは、例のバイト君――確か名前は小暮だったわよね――だ。


「あのっ、私、先輩のこと、その、素敵だな、って思ってて」


 あら、何? 告白? やだ、こんなところで?!

 まぁ、でもわかるわ、あの子、可愛い顔してるもんねぇ。さぞかしモテるんでしょうよ、うん。


 ちら、と小暮の顔を見る。

 突然の告白に、動じるでもなく、赤面するでもなく、にこりともしない。ただただ、困ったように眉を下げて、「はぁ」と気のない返事をするだけだ。


 成る程、やはりモテるのだろう。

 それで、恐らく、こういうのは慣れっこってわけね。それにしてもよ? 向こうは勇気出して来てるわけだし、もうちょっと愛想よくしたって罰は当たらないと思うわよ? まぁ、ここまでのオーディエンスが必要だったかは正直あたしとしても疑問に思うところではあるけど。えっと、何人いるのかしら? 三……四人か。この子を入れて五人。結構な大所帯で来たわね。


「それで? オレにどうしてほしいわけ?」

「えっ、えっと。その、あの」


 ちょっともー、それはないんじゃない?

 この子だってね、プランってものがあったと思うのよ。告白してみて、良い反応だったら「付き合ってください」まで駒を進めるとか、イマイチだったら「気持ちを伝えたかっただけです」で逃げるとか。まぁ、反応云々で逃げるのは卑怯な気もするけど。


「あの、えぇと、出来れば、その」

「頑張って、ユミ」

「言っちゃいなよ」

「大丈夫だって」

「ほら」


 あーもー、オーディエンス邪魔すぎ。そんな急かされたら言えるものも言えなくなっちゃうわよ。だいたいね、告白なんて一世一代の勝負どころに関係者以外の人間がいて良いわけないのよ。なかったのよ。木綿ちゃんの場合だって本来は。まぁあれはかなりのレアケースだったってだけ。


 それにたぶん、あれは本当に相手が柘植だったから許されたのであって、今回の場合は――。


「あのさ」


 あたしまでビリっとくるほどに、冷めた声だった。その主はもちろん、中心にいる小暮だ。


「オレに用があんのは誰なんだよ。そいつ? お前ら?」


 もうちょっと言葉を選んだら? とは思うものの、指摘自体は間違いじゃない。あたしだってあの時、余計な口は挟まなかった。


「わ、私、です」

「だろ? だったらギャラリー黙れよ。せっかくこいつ頑張ってんだろ。ほら、言ってみ。応えられるかはわかんねぇけど、聞くだけ聞いてやるから」


 ほう?


 何よ小暮。アンタ意外と良いところあるじゃない。


「じゃ、じゃあ、あの、私とお付き合いしてくださいっ!」

「それは無理。ごめんな」


 アラ――!!


 そこはしっかり断るのねぇ――!

 いや、キープだなんだって曖昧な態度取られるよりはむしろ誠実!? だったり!?


「あとさ、出来れば告白するなら一人で来いよな。何? 数で押せばイケるとか思ってるわけ? それとも一人じゃ何も出来ねぇの? オレ、女子のそういうの、すげぇムカつく」

「え、えと、皆は、私のために……」

「私のために? 応援団ってこと? そんじゃさ、オレの方は誰が応援してくれんの?」

「え」

「傍から見たらオレ、後輩の女の子をこっぴどく振ったやなやつなんだけど、誰がオレのこと味方して、フォローしてくれるわけ?」

「フォローとか、そんな」

「だいたいさ、場所考えろよ。ここ、オレんだけど、普通に店だし。他のお客さんの迷惑にもなるだろ。それに、めっちゃ晒しモンなんだわ。お前らは別にもうここに来なきゃ良いだけかもしんねぇけど、オレ、この後もここで仕事だし、明日も仕事なんだよな。働きづらくなるかもとか、考えらんねぇわけ? オレのこと、お付き合いしたいくらい好きな癖に、こっちの都合って、ちょっとでも考えてくんねぇの? 自分勝手すぎねぇ? 良い性格してんね、お前ら全員」


 そう吐き捨てるように言って、小暮はくるりと踵を返した。


 彼がそのまま実用書コーナーの方へ消えたのをきっかけに、その場に残された女子達は口々に小暮を罵り始めた。告白したユミとかいう女の子を囲んで。


 あのユミちゃんって子、どう出るかしら。ここで周りと同じになって罵るような子なら、それまでよね。確かに言葉はきつかったけれど、あいつの言い分は真っ当だったと思う。相手が逃げられないようなところで、さらには数を味方につけての告白なんて卑怯すぎる。そこに気付かないと、次の恋もきっと同じ結果よ。ていうかね、普通に脅しでしょ、こんな大所帯で乗り込んできたら。小暮アイツじゃなかったら押されてたかもしれないわね。


 雑誌をぺらぺらとめくりながらそれとなく注目していると、真っ赤な顔で俯いていたユミちゃんが、はぁっ、と大きく息を吐いた。

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