◆富田林4◆ それぞれの放課後の過ごし方
「トンちゃーん、聞いて聞いてー!」
このまま絵文字にしてしまいたいくらいの百点満点の笑顔で、木綿ちゃんは戻って来た。
おかしいわね、アナタ宿題の提出忘れで追加のプリント貰いに行ったんじゃなかったかしら? そんな量のプリントを持った状態で、普通そこまでの笑顔出来る?
「どうしたの木綿ちゃん。大体は想像つくけど、少し落ち着きなさいな」
昼休みは残りあと十分だけど、柘植はまだ戻って来ていない。木綿ちゃんのこの様子からするとうまく誘えたんだろうし、てっきり一緒におててでも繋いでルンルンで戻ってくると思ったのに。
ばさ、とプリントの束を机に起き、あのね、と上気した頬を向けてくる木綿ちゃんは控えめに言っても可愛い。警戒心0の小動物(しかもリス)のようだ。これはもう物理的に食べちゃいたい可愛さ。
「はいはい、どうしたの?」
本当はその可愛らしい小さなお口の中に飴をねじ込みたいところだけど、そうなるとこの子は「もすもす」としか言えなくなるのでぐっと我慢。
「あのね、柘植君がね」
「うん」
「このプリント少し手伝ってくれるって!」
「それは良かっ……うん? プリント?」
「うん。さっき職員室を出たところで偶然会ってね、それで、プリントが私の苦手な世界史なんだーって言ったら、手伝ってくれるって」
「あら……そうなの」
あのヘタレ、誘えてないんかいっ!
「それがね、今日の放課後なの。だから、トンちゃん」
「え? ああ、ハイハイ、部活に出られないのね」
「うん」
「わかったわよ。あたしも本屋行きたいし、今日は部活ナシナシ」
「ええっ?! そうなの?」
「だって、どうせいつもあたし達だけじゃない。だから、帰りはちゃんと柘植に送ってもらうのよ?」
「え、えぇ?!」
「何でそんな微妙な顔するのよ」
「び、微妙な顔? 私いまどんな顔してるの?!」
「何か、ちょっと嫌そうっていうか? なぁに、柘植とラブラブ下校デートしたくないの?」
「し、したくないとかじゃなくて。その、は、恥ずかしいっていうか」
「恥ずかしがることないわよ。仲良くおてて繋いで歩くだけじゃない」
と、目の前で両手を組んでみせる。おっとこれじゃ恋人繋ぎだわ。木綿ちゃんにはいささか刺激が強いかしら。
「お、おてて……って」
「繋いだら良いじゃないのよ。別にキスするわけじゃなし」
「きっ、キキキキキキ……」
「あらやだ、怪鳥? ここはいつからジャングルになったのかしら」
「トンちゃぁん!」
真っ赤な顔で小さなおててをぶんぶんと振る木綿ちゃんはひたすらに可愛いの一言。ああ、こんな可愛いあたしの親友がまさかあの狐野郎に取られてしまうなんて、と思わなくもないけれども、まぁあの狐野郎も決して悪いやつではないのよね。
ただ、木綿ちゃんは木綿ちゃんでこの通りの天然鈍感娘だし、柘植の方もアレで案外鈍感だし、奥手でヘタレの傾向にある。そんな二人がカップルになってしまったものだから、面白いくらいに進展がないのよね。
高校生よ? アンタ達!
キスはまぁ早いにしても、手を繋いで仲良く下校くらいしなさいよ!
とはいえ、今日は一緒に帰るだろうし、あたしがいなければさすがの柘植でも動くだろう。本当は物陰からそっと見守りたいけれど、いつまでも
まぁ、進展したかは後で聞けば良いわね。さすがに映画の話くらいはするだろうし、そしたら木綿ちゃんの方から「柘植君にお家に誘われちゃった! トンちゃんも一緒に行こ?」なんて電話がかかって来るだろうし。
とにもかくにもその放課後、あたしは木綿ちゃんを柘植に託した。げんなりするほどのプリントに早くも泣きそうになっている木綿ちゃんに、「蓼沼さん、ちゃっちゃと終わらせて、たい焼き食べに行こう」と柘植が優しく声をかける。こいつ、木綿ちゃんには随分甘い声を出すのね。あたしにはつんけんと突っかかって来るくせに。ま、せいぜい頑張ってお家デートに誘いなさいな。
「それじゃお二人さん、頑張って」
それぞれに違う意味を含ませた「頑張って」を贈って、あたしは教室を出た。魯山人の本はまだ入荷していないけど、今日もあの書店に行くつもりだ。なんか気に入っちゃったのよねぇ。
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