◆富田林3◆ またあたしが一肌脱ぐわけ?
それで、だ。
週明けの昼休み、とりあえず柘植には「アンタの親友とやら見て来たわよ」なんて軽く話したわけだけど、これといって面白い反応もなかった。ふうん、とか、あっそ、くらい。それよりも何やら分厚いノートとにらめっこするのに忙しいらしくて。
「何よそれ。――何だ、
上からひょいと覗き込むと、やんなるくらいに整った字できちきちきっちりと書きこまれた、付箋まみれのノートである。それをさっと奪い取ってパラパラとめくってみる。
「ちょ、おい、返せって!」
座ったままの姿勢でめいっぱい手を伸ばすけれど、もちろん届くわけもない。
「良いじゃない、減るもんじゃなし。あれ、でもこれ……」
「おいっ!」
今度は立ち上がって軽く飛び上がる。身長差があるとはいえ、さすがにそこまでされたら返さざるを得ない。
「アンタ、ホラーが好きなんじゃなかったっけ?」
「うるさい」
うんと含みを持たせてそう言う。
そのノートに書かれていたのは、ストーリーが単純明快でとにかく派手なアクションがウリのものばかりだった。
知ってる。
こういうの、
あの子、いかにも女の子が好きそうなベタなラブコメってあんまり観ないのよね。
いつだったか『HAPPY☆LIFE』というシェアハウスが舞台の恋愛映画をお勧めしたんだけど、何かいまいちな反応だったし。何でよ!
それなのに、木綿ちゃんったら、アメコミ原作のバッタマンだか何だか、とにかく昆虫がモチーフのヒーローものを見て大興奮してるんですもの。その前はジェットエンジンを搭載した速度超過タクシーの話が面白かったとか言っちゃって。時速200キロって、それ完全に道交法違反よ? 取り締まりの対象ど真ん中よ? 何が面白いのか全然わかんないわよ!
まぁ、好みなんて人それぞれだから別に良いんだけど。
「成る程、ねぇ。へぇ、ふぅん」
「何だよ」
ノートを鞄の中に突っ込んで、こちらをぎろりと睨みつける公家顔は真っ赤だ。
「べぇっつに~。でもそれ、どこで観るつもりなわけ? まさかアンタの部屋に連れ込んで……?」
「そりゃ、そこしかないだろ。まさか部室を借りるわけにもいかないし」
「んまァっ!? いやらしい! 部屋に連れ込んで何するつもりよ!」
「映画を観るつもりだよ!」
ちょっとからかっただけなのにこの茹でダコぶり。こいつもいっちょ前に男なのねぇ。あたしの可愛い木綿ちゃんを泣かせたらただじゃおかないわよ。
「……ていうかな、そんなに心配ならお前も来たら良いだろ」
苦し紛れに口を滑らせたというよりは、最初からそのつもりだったかのように落ち着いた声で、柘植はそう言った。
「何よ、良いの?」
「蓼沼さんもそっちの方が安心するだろうし」
「なっさけないわね。まさかと思うけど、あたしをダシにして誘うつもりじゃないわよね?」
「さすがにそんなことはない。でも、もしもの時はお前の名前は出す予定ではあったけど」
馬鹿正直にそこまで言わなきゃ良いのに。
「そこが情けないっつってんのよ。ま、良いけど。いつ?」
「今週の日曜」
「空けといてあげるから、さっさと木綿ちゃん誘ってきなさいな」
「言われなくても」
そう言って腰を上げたその背中に向かって「そうだ」と声をかける。
振り向いたその顔は、いつも通りの涼しい公家顔である。
「もっと色気のあるやつにしないとキスも出来ないわよ」
唇を突き出し、ちゅ、とわざと音まで鳴らしてやれば、彼は再び顔を赤らめて体勢を崩した。ぶつかった椅子ががたり、と鳴る。
「……っそ、そういうのはまだ早い!」
そんなことを言ったかと思うと、逃げるようにその場を去る。あんなに慌ててどこに行くのかしら。木綿ちゃん、いま先生に呼ばれて職員室なのに。
ていうか。
健全な高校生男子がキスをまだ早いって……。
可愛い彼女が出来たんなら、そこはどんな手を使ってでもしたいことなんじゃないのかしら。
「これは……軍師様がまた一肌脱ぐ感じなのかしら」
そう呟いて、柘植の鞄からノートを取り出し、ピンク色の付箋が貼られたページをめくった。
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