◆富田林2◆ あら、可愛い子いるじゃない

「ほら、ここだ魯山人ろさんじん。魯山人が書いたやつと、あと、魯山人関連は全部ここにまとめてあるから」


 指で示されたのは、『北大路魯山人』というプラスチックのプレートが差し込まれた棚だった。小さな本屋でも押さえるところは押さえているようである。といっても、数が多いわけではなかったけれど。


「ありがと。にしてもアンタ、何か大変だったわね」


 その中の一冊を引き抜きながら言う。


「あ? あぁ、さっきのか。正直助かったわ」


 あのJKを警戒しているのか、さっきの売り場に戻ろうとしない彼は、何だかバツの悪そうな顔をして「ありがとな」なんて言って軽く頭を下げた。別に恩に着せるつもりはないんだけど、と思いつつ、老婆心ながら――ってもちろんあたしは老婆ではないけど――忠告させてもらうことにする。


「本当に迷惑ならもうちょいキツく言った方が良いと思うわよ?」


 そう言うと、てっきり「お前には関係ねぇだろ」と返ってくるとばかり思っていたのに、彼の口から零れたのは「だよなぁ」という弱い台詞だった。


「オレもわかってんだけどさぁ」


 何よ、もしかして満更でもないのかしら?

 

「色々あんだよ」

「ま、あるでしょうけどね。ねぇ、これの続きってないの?」

「んあ? 続き? そこになかったらねぇな。取り寄せても良いけど、時間かかるし、駅裏の『だるま本店』行けば。あそこならあんだろ」

「アンタね、何で他んトコ勧めんのよ」


 『だるま本店』は全国展開している大手書店で、『本店』という名ではあるけれども、そこが本店――つまり、営業の本拠である店、というわけではなく、純粋にという意味である。


「えー? 別にどこで買っても同じだろ」

「そうだけど。――ま、バイトなら店の売上云々とか関係ないものね」


 それでも雇ってもらってる恩義に報いるとかねぇ、なんてついつい口が滑りそうになっていると、彼は「いや?」と首を振った。


「店の売上、大アリ」

「は? 何でよ」

「だってここオレんだし」

「は? そうなの?」


 だったらなおさらここで売ろうとしなさいよ、と目を吊り上げる。何であたしの周りってこうとぼけたやつばっかりなのよ!


「何でお前がそんな怒るんだよ。っつうかさ、本って読みたい時にすぐ読みてぇじゃんか。発売前ならまだしも、もう売ってるわけだし。オレも……本好きだから、そういうのわかるし」


 何が恥ずかしいのかほんのり頬を染めているのが可愛らしい。何よ、本好きってキャラじゃないとでも思ってるのかしら。まぁ確かにこの子の場合活字が友達ってよりは野山を駆け回ってそうではあるけど。


「別にそこまで急ぎじゃないわよ。取り寄せてちょうだい。ココにお金落としてあげるわ」

「へいへい、ありがとうございますー。カウンターで手続きすっから、ほら、あっち」


 指差すのは先程のお姉さまのいるレジカウンターである。狭いカウンターはL字になっていて、その端には折り畳みの椅子が立てかけられていた。それを出してあたしに勧め、カウンターに身を乗り出して手を伸ばすが、どうやらその注文用紙が入っている引き出しにはあと一歩届かないらしい。


、注文用紙取って」

「はい、どうぞ」


 さらりと飛び出した単語に思わず「え」と声が出てしまうと、それに怪訝そうな顔をしながら用紙をカウンターの上に置いた。ペン立てからボールペンを一本抜き、それをこちらに手渡してくる。


 ちょっともう、何!? この子、弟君だったのね?!

 てことはさっきのって、「オレの姉ちゃんに近付くな!」的なアレってことでしょ!? いやーん、シスコンの弟君とか可愛すぎるんだけど!


「何」

「別に何も」

「ほい、ここに名前と電話番号。配送希望なら住所もな」

「連絡くれたら取りに来るわ。どうせ帰り道だもの」

「あっそ。了解」


 およそ客相手とは思えないような対応だったけど、申込用紙の空欄を埋めるその字がキャラに似合わず――というのは失礼なんだけど――達筆で、それでもやはり面倒くさいのか、ちょっと口を尖らせながらちょいちょいと各項目をチェックしているのを見ると、何だか可愛らしく思えてしまう。


 やっぱり可愛いのって得だわ。


 そんなことを思う。

 まぁ、彼からすれば『可愛い』なんて評価は嬉しくないんだろうけど。


「ほいよ、控え。入荷したら連絡すっから」

「はい、ありがと。待ってるわね」


 複写式になっているその申込用紙の控えを受け取ると、そのやりとりを見ていたカウンターのお姉さまが、くすり、と笑った。


「随分親しげだけど、何、あおちゃんのお友達?」

「いや、ちげぇし」

「そうです。あたし達、全くの初対面で」

「ええ、そうなの?! やだ、ごめんなさい。この子、いつもはもう少しまともな接客するから。てっきり」

「何よアンタ、まともな接客出来たの?!」

「出来るに決まってんだろ」

「だったらもう少し言葉遣いとかちゃんとしなさいよね」

「オカマ言葉のお前にゃあ言われたくねぇわ」

「んまァっ、可愛くない! いまはオカマじゃなくてオネエっていうのよ!」

「同じだろ」

「違うわよ! ちゃんと調べときなさい!」


 後になって冷静に考えてみたら、あたしもあたしで何で初対面の男にこんなムキになってるのかしらってとこではあるんだけど。でもまぁ、タイプこそ違うけど、身近にからかい甲斐のある子がいるもんだから、ついついそのノリで接してしまうのかもしれない。


 とにもかくにも、そんな感じで控えを財布に入れたあたしは、その店、ハマナス書房を後にした。


 柘植の親友とやらがまさか年上のお姉さまキャラだとは思わなかったけど、その弟君も可愛いし、品揃えもまぁまぁ悪くない。いままでは大手だからという理由だけでだるま本店を利用していたけど、これからはこっちを行きつけにしても良いわね。だって本はどこで買っても同じだもの。


 などと考えながら。

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