◆富田林1◆ ハマナス書房に単身でゴー!

 いらっしゃいませ、なんて聞こえない、静かな本屋である。

 入店と同時に、声量だけは馬鹿みたいにあるけどやる気があるんだかないんだかわからないような「いらっしゃっせー」が店内のあちこちから聞こえてくるようなお店も、まぁ活気があって良いと思うけど、書店はやはりこれくらい静かな方が良い。

 店内BGMも流行の騒がしいポップスじゃなくて、ゆったりとしたクラシックだ。ふん、なかなか良い店じゃない。


 ふうん、店員は一人、二人、ね。レジ担当と売り場担当のアルバイトってところかしら。レジ担当はきれい系のお姉さま、売り場担当は……あらっ、可愛い男の子ねぇ。高校の指定ジャージで働くのはどうかと思うけど、もしかしたら部活が遅くなって慌てて駆けつけたパターンかもしれないし。ま、学生のうちは良いんじゃないかしら。ここ、制服はエプロンだけっぽいし。


 さて、そんなことより。


 そう柘植つげの親友ちゃんなのよ。

 もしここで働いているのがこの二人だけなんだとしたら、もう間違いなくあのレジ担当のお姉さまよねぇ。えぇ、何、柘植の親友って年上だったの? ううん、それともお姉さまに見えるけど、実はあたし達と同じ高校生、とか? まぁいずれにしても確実に木綿ちゃんとは違うタイプだわ。


「おい」


 棚の陰に隠れてレジカウンターにいるお姉さまを観察していると、肩をちょいちょいと叩かれた。振り返ってみると、売り場担当のバイト君である。


「お前、さっきから何コソコソ見てんだよ」

「へ」


 眉間にしわをぎゅっと寄せ、こちらをぎろりと睨みつける彼は、あたしよりもまぁ十五〜六センチは低いかしら。さすがに木綿ちゃんよりは大きいけれど、柘植よりは小さいだろう。あたしがデカすぎるっていうのもあるかもしれないけど、ずっと見上げたままの姿勢は辛いわよね。身体的にも精神的にも。


 そう思って気持ち身を低くしてみる。


「別にコソコソなんてしてないわよ。あのレジの上にある時計を見てただけ。時計、忘れて来ちゃって」


 そう言って、何もつけていない手首を見せる。時計外してて良かった。だって腕時計したまま日に焼けると厄介なんだもの。

 

「ほんとかよ」


 しかしこのバイト君、諦めない。まだ声変わりもしていないらしい半端に高い声を、威嚇のつもりでか、ちょっと低くし、


「皆そうやって言うんだよな」


 と、目を細め、なおも睨みつけて来るのだ。何なのよこの子。あっ、もしかしてあのお姉さまの彼氏君?! いやーん、だとしたら超可愛いじゃない! いや、彼氏じゃなくて片思いの可能性もあるわよね! 騎士ナイト的な?! いずれにしても可愛すぎるじゃない、もう!! 


「あ、安心して……くくく……あた、あたし、全然、そんなつもりじゃ……ふふっ……」

「おい、何だよ。いきなり笑うとか気ッ持ち悪いな」


 明らかにドン引きしたような顔で数歩後ずさる。うふふ、ちょっともう可愛いんだけど、この子。木綿ちゃんとはまた違った可愛さがあるわねぇ。危うく本来の目的を忘れそうになるじゃない、もう。


 と。


「こーぐーれーくんっ」

「おわっ」


 突然そのバイト君があたしの方につんのめって来た。えっ、何これ、あたしが受け止める感じで良いのかしら? 


 などと思って両手を広げてみたが、バイト君は驚くべき身のこなしでそれをさらりとかわしてくるりと身体を反転させた。バイト君と向かい合うようにして立っているのは、かなり明るい髪をぎゅるんぎゅるんに巻いて緩く二つに結わい、制服もだらしなく着崩した女子高生JKである。んまぁ、ばっちりお化粧までしちゃって。下っ手くそだけど。


「何だ、またお前かよ! あのなぁ、オレはお前とは付き合えないって」

「えぇ~? 知~ら~な~いっ! ねぇねぇ、たい焼き食べに行こうよぉ」

「行かねぇ。絶対に行かねぇ」

「え~? もしかしてあんこ嫌いとか? 大丈夫! そこマヨチーズ味もあるしっ!」

「何が大丈夫だ! そういう問題じゃねぇんだわ!」


 あらあら、何だか随分と積極的なJK女子高生ねぇ。ウチの木綿ちゃんもこれくらい積極的だったら……。


 いや、こんなキャラの木綿ちゃんなんてあたしが嫌だわ。解釈違いも甚だしいわ。確実に柘植もノーサンキューだわね。


 見たところ、振ったはずのJKに付きまとわれてる、って感じみたいね。モテる男は辛いわよねぇ。柘植にはない悩みってやつね。あいつ、顔は良いのにどうしてモテないのかしら。


「もう、お前帰れよぉ。オレいま働いてんだからさぁ」

「えぇ~、良いじゃん。藤子とうこさんいるんだからぁ、別に小暮君いなくてもぉ」

「そういうわけにはいかねぇんだよ。今日母ちゃんいねぇし」

「じゃあさじゃあさ、姫も手伝ってあげよっか!」

「いらねぇ、邪魔だ」


 ていうか、あたし、何を見せられているのかしら。ぶっちゃけ部外者だからここにいる意味はないんだけど。でもこれはこれでちょっと面白いのよね。ちょっと割り込んでみようかしら。で、どっちに肩入れするか、だけど――、


「ちょっとお嬢さん、申し訳ないけど」


 そりゃあもちろんこっちの彼よねぇ。


 あたしはこの子に興味なんてないけど、こんな下手くそな厚化粧してる女子より断然こっちだわ。マスカラもダマになってるし、チークもリップも色が合ってない。メイクはね、流行ってるってだけで色を選ぶのは危険なのよ。アナタ、どう見てもイエベ(イエローベース)なのに、そのチークとリップ、ブルべ(ブルーベース)用じゃない。


「何よぉ、姫の邪魔しないで」

「邪魔するも何も、この子、いまあたしの接客中なのよね。ね、そうでしょ?」

「お、おう……」

「さっさと案内してよね、店員さん。ほら、どこなのよ、北大路きたおおじ魯山人ろさんじん先生の関連書物コーナーは」


 キタオージ? 王子? と恐らくどこか外国の王子様を連想したのだろう、そのJKはぽかんと口を開け、クエスチョンマークを宙に浮かべて首を傾げている。が、『小暮君』と呼ばれたバイト君は、さすが書店員だけあって「ああハイハイ、魯山人な」と、(こともあろうにこのあたしを)「こっちだ」と顎でしゃくった。

 

 ちょっともう、客に対してこの態度は何よ、と思いつつもその後に続くと、彼はくるりと振り返り、あたしの背後に突っ立っていたJKに向かって言った。


「お前、次騒いだら出禁にすっから」


 騒いだら、ってことは、普通のお客さんとしてならOKなのね。

 

 どうやらそれは彼女にも伝わったらしい。けばけばしい化粧をしたJKは、「りょーかいっ!」と大げさに敬礼をして声を張り上げた。


 ほらもう出禁にしなさいよ。

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