第2話 山風姉妹配信(注意! 中身はどちらも男)

 チャットに流れる「かわいい」の文字。

 その文字を見る度に俺の心に湧き上がる複雑な気持ち。

 一体、この気持ちは何なんだろうか。


「ちょっと……、俺……」


 もう帰りたいんですけど。

 こんな醜態を晒すくらいならなんて思った瞬間に、林さんは札束を見せてくる。

 お、おのれ。

 この俺がそんな安い男に見えるのか。


「皆ともっと話したいなー」


 ははっ。

 わかってんだろ。そうだよ、金が払われれば言うこと聞くさ。

 そんなこと言えばチャットに、「お姉ちゃんは?」何て表示される。

 多分だけど、これ林さんの山風阿南のアカウントで配信されてると思う。


「呼ぶからちょっと待ってて……」


 もうここまできたらダメージとか関係なくない?

 なら、いっその事こと振り切ればいいんだよ。

 俺の胃は貫通してしまったと感じるくらいにはストレス半端ないけど。


 いや、待て。

 俺があの人のことをお姉ちゃんと呼ぶのか。そもそもの話、そうなったら画面の向こう側の彼らには美少女二人が並んでいるように見えるが、俺としてはただのメガネイケメンが隣に居る感じなんだよ。


「こんにちはー! 山風阿南です。今日もよろしくねー!」


 え、素直に凄いけど、気持ち悪いんだけど。

 その感情が両立してる。

 イケメンが美少女の声出してるビジュアルって結構、ショッキングだぞ。

 今の俺も人の事言えないけど。


「声そっくり? 姉妹だからかなー?」

「ちょ、まだ呼んでないんだけど……」

「呼ばれたような気配がしたから!」


 そりゃあ、目の前にいますもんね。


「今日はね、北乃の紹介してくね」


 設定は聞かされてる。

 北乃の見た目は画面に映ってるとおりに、金髪。パーカーを着てて、髪型はサイドテールに結んである。目は吊り目。

 この時点で待ったをかけたかった。

 完全に、阿南とは別方向のキャラだと思うんだけど。阿南は黒髪のショートカットだろ。

 なんで、金髪。

 ただ、目の色は同じ茶色。身長も同じくらいだ。


「まず、みんな知ってる通り、北乃ちゃんは私の妹だよー。ずっと妹が居るって言ってたけどやっと出てこれんだー」

「俺、引きこもりじゃないんだけど……」

「身長はわたしと同じくらい、だから、大体百六十センチかな」

「よろしくね……」

「で、北乃ちゃん。特技とか紹介しなくていいの?」


 特技。

 特技聞いてきたの、その為か。


「へ、あ、うん。そうだね」


 おい、札束を見せるんじゃない。

 俺の柔な盾じゃ防げないから。


「歌じゃないからな?」


 チャット静まれ。

 歌なんて歌わん。

 金が払われれば、その恥ずかしさも投げ出して歌うかもしれないけど。


「激辛料理が食べられる……とか?」

「ふんふん。そんな可愛い妹の為に、何とあの激辛カップ麺を用意しておきました!」


 何であるんだよ!


「お湯を注いで三分。大凡、五分後に北乃ちゃんの激辛チャレンジが始まるよ!」


 しかも、準備の時に絶対、お湯沸かしてる。いや、大丈夫なんだけど。みんな見てる前で、ご飯食べるとかどんな地獄だよ。

 視線集まるステージ中央で堂々と飯食べる度胸は無いんだけど。

 いや、でも。

 まずい、金が脳をチラつく。


「が、頑張ります」


 まあ、何だ。

 人は皆、金の前には無力だと思うのよ。


「あれ、阿南、お姉ちゃん……」


 自然に、自然にだ。

 役に徹した方がダメージが抑えられる。


「うん?」

「それって一番辛い奴じゃないよな?」

「え、ああ、そうだね……」

「もう一個上あったよな?」

「いやー、この家には無いかな。ごめんね」


 別にいいんだけどな。

 どうせ、麺を啜る醜態晒すわけだし。


「あはは、『無謀だぞ、山風妹……』だって。大丈夫だよね」


 カップ麺の蓋を完全に剥がして、液体スープを投入。

 箸をカップの中に突っ込んで掻き混ぜる。ここからが、俺の戦場。


「ズズッ」


 麺は啜るよな。


「くっはぁ……。美味い。もうちょっと辛くて良かったけどな」


 そう言いながらも箸は止まらない。

 俺にはチャットが見えてないけど、林さんはニコニコしてることだろう。


「ゴクッ、ン。ごちそーさん」


 手を合わせて、そう言う。

 チャットに目を移せば、信じられないだとかそんな文字ばっかり。

 信じてたぞとか、見えるけど本当かどうかはわからないな。


「今度は一番辛い奴にしとくね」

「え、いいの?」


 つーか、思い出した。

 この激辛、阿南リタイアしてた奴だ。これ、多分企画用に何個か買って置いて、食いきれなかった奴だ。


「なあ、姉ちゃん」

「どしたの?」

「リベンジ、してみないか?」


 俺の問い。

 それは林さんも予想外だったのだろう。俺には分かる。後何個か、たぶん、さっきの激辛カップ麺があるはずだ。


「い、いや、私は良いかなーって……」

「大丈夫、残したら俺が食うから……」


 チャット欄も盛り上がってる。

 つまり、この場の権利は今は俺にある。どうする、山風阿南。視聴者はアンタが激辛カップ麺食うのを望んでるんだよ。


「なら、今、私がリベンジしたらまた出てくれる?」


 げ。

 視聴者の意見が林さんに流れる。どうすればいい。いや、でも金くれるし。何なら今、目の前で諭吉様が重ねられてるし。

 うん、コレは仕方ないよな。

 てか、迷う必要がないよね。


「勿論!」


 軽率な返答、だと言うのにあまりにも元気な自分の声。どこまで金に弱いんだ、俺。

 準備を整え、林さんの前にはカップ麺が置かれる。


「ふぅー、阿南。行きます!」


 その後、結果として阿南はリタイアした。残りはしっかりと俺が食べた。

 配信が終了すると、カメラの電源を切ってから、唇を腫らした林さんが俺に声をかけてきた。


「どうだった、日向陽太くん」

「滅茶苦茶怖かったですよ!」

「でも、最後楽しんでただろ? 俺に仕返しするくらい」

「まあ、それは……」


 確かにその通りだった。


「はい、今日の分はコレね」


 渡されたのは諭吉三枚。

 え、こんなに貰っていいの。とか、思わないこともない。いや、実際思ってる。目が飛び出るくらい驚いてる。


「視聴者が待ってた阿南の妹の登場もあってか、今日は沢山きたんだよ。次からもよろしくね」

「あの、林さん」

「うん?」

「動画の稼ぎって結構あるんですか?」

「まあ、色々経費は必要になるけどね。日向陽太くん、君の部屋で配信は出来るかい?」

「え? いや、出来ませんよ。壁も薄いですし。パソコンなんて無いですから」


 ちょっとこの人、高校生の財力のこと考えたことあるのだろうか。親にはパソコンなんて、普通は買ってもらえないんだからな。


「なら、この部屋で配信するといい。サポートはするし、君のアカウントも作るよ」

「いやいや、何でそこまで……」

「まあ、君の得た収益の幾らかは貰うけどね」

「あ、そうですか」

「自分でも想像以上に頑張って、妹のデザインまで作っちゃったもんだからさ」


 動かさないのは勿体ない。

 まあ、どの道だ。俺にとっては金を得られると言う得がある。精神がガリガリと削れていきそうだけど。


「まあ、日向くんは山風北乃として上手くやってほしいというのが、俺からのお願いだ」


 何だか、よく分からないが金を貰えるってのは気分がいい。今までのダメージがぶっ飛ぶくらいには嬉しい。


「誰にもバレないように気をつけるんだ。俺のこともバラさないでくれよ?」


 俺も、阿南の中身が男だったと知った時の絶望も大きかったし、生活にも色々な害が出る可能性もある。


「それと、配信中は俺のことはお姉ちゃんと呼ぶように」


 なんだ、その注意。

 そう思いながらも、俺は林さんの部屋を後にした。

 よくよく考えてみたら、全然知らない男の人をお姉ちゃんと呼ぶと言うのはかなり特殊な気がする。いや、家族でも可笑しいけどさ。そして、俺が妹であると言うのも。

 俺、男なんだけどな。

 どんな特殊性癖だと問答したくなる。

 性癖でも何でも無いんだけどなぁ。

 

 自分の部屋に帰ったら、いつの間にか声が治ってた。

 試しに阿南の声真似してみたけど、それはちゃんと声戻るのも確認できたし、一安心。

 うん、何が?

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