第7話

「すごかったね、アイザック先生の授業。すごくムキムキだったけど」


 昼休み――先程まで行われていたアイザックの特別授業に対して感銘を受けた他の生徒たちと同じく、遼太郎は仲の良い異性と同性の友人たちと昼食を食べながらアイザックの授業を絶賛していた。


「ああ、そうだな。俺、何だか転科したくなってきちまった」

「同感だけど、転科試験は厳しいって聞くし、転科の試験官はあの田井中先生だからなぁ」

「かなり厳しいんだろ? 放課後に転科希望生を集めて試験対策勉強をしてるって聞くけど、転科希望生の顔を見たことあるか? 全員勉強疲れなのか、顔が青っ白くなってるぞ」

「それほど転科は厳しいんでしょ。あの先生が普通科に来て二年、転科率は低下したらしいわ」

「その分、転科した奴は活躍したって聞くしなぁ……やっぱり、転科は才能なのかな」

「ふーん、何だか本気で転科したそうだけど、アンタ、どこかに転科したいの?」

「まあな。でも、そんなに厳しいんじゃ、俺にはまだ無理かもなぁ」


 ……単純。


 アイザックの言葉に感銘を受けて、単純にもさっそく転科する気になっている遼太郎の友人たちの会話と、彼らの会話を昼食のカレーパンを食べながら興味津々といった様子で聞いている遼太郎を廊下から遠目から眺めている霧子は、心の中で嘆息していた。


「転科するならどこがいい? 俺はやっぱ……芸術、音楽科の第九校だな。この俺の溢れ出るエクセレントビューティフルシックスセンスが、芸術が呼んでるって感じだ。まさに、芸術は爆発だって感じだな」

「何言ってんのよ。どうせ、アンタ、音楽コースに通ってるアイドル歌手目当てでしょ。欲望が透けて見えるのよ」

「う、うるせー! お前だって、玉の輿目当てで金持ち揃いの第一校を目指してただろうが」

「最近は第八校の経済学科のマスコミコースで、情報を得るのもいいって思いはじめたわ。情報こそ、まさに力よ」

「その情報で何をやらかすつもりだっての……真仲、お前は転科するならどこがいい?」


「僕? やりたいことはいっぱいあるんだけどなぁ。夢はでっかく、志は高くってね」


「へぇー、普段から何も考えてなさそうに見えてるんだけどな。例えば?」

「私も気になる気になる。言い方悪いけど、真仲て良くも悪くも普通だで、普段からあんまりパッとしないから」


「二人とも酷いよ。僕だって色々と考えて悩み多き日々を送ってるんだよ……あながち間違いじゃないと思うから言い返せないけど」


「悪い悪い、ほら、その考えを聞かせてくれって」

「はいはい、じゃあ、その日々の悩みを聞かせなさいって」


 ……同感。


 容赦のない二人の友人の言葉に、むくれる遼太郎。彼らの会話を聞いていた霧子は心の中で友人たちの同意していた。


「ある日突然優秀になって本校に転科したり、運良くお金持ちになってお金持ち揃いの第一校に転科したり、アーティファクトが使えるようになって第二校に転科したり、アルターになって第三校に転科したり、手先が器用になって技術科の第四校に転科したり、何らかの運動能力が開花して体育科の第五校に転科したり、医術に目覚めて医学科の第六校に転科したり、オラクルの研究をするための第七校に転科したり、情報収集能力に長けて第八校に転科したり、芸術に目覚めて第九校に転科したりすることを想像したりしてるよ。そのために一応勉強はしてるよ。毎日勉強で躓いてるし、転科先に目移りして、集中できないことが多々あるし。それでもいつか、きっと覚醒の時が来るはず――おそらく、きっと、多分」


「まあ、想像するだけなら無料だからな」

「それでも、目的がないよりかはマシでしょ」

「たまに羨ましくなるよ、真仲の能天気さに」


 いつ来るかもわからない自身の覚醒の時を想像している遼太郎に呆れながらも、大きな夢を持つ彼を友人たちは羨んでいた。


「でも、星命学園は魅力的な学科が多いから……客観的に二人は僕がどの学科が合ってると思う?」


「どこがって――うーん……お前、普通だからなぁ」

「そうね、普通ね。この間の体力テストも、入学はじめでやった学力テストの成績も見事に真ん中の順位だし」


「ある意味、才能? 特殊能力? 覚醒の時近し?」


「すべてが中途半端ってどんな能力だよ。普通ならもうちょっと突出したステ振りにするだろ。器用貧乏なタイプって、最初は便利だけど後々息切れするからなぁ」


 ――それにしても……


 遼太郎とクラスメイトのくだらない談笑を聞きながら、霧子は午前中の遼太郎の姿を思い返す。


 午前中ずっと監視を続けていたが、特に目立った様子も、何かを企んでいる様子もない。

 もちろん、自分以外が昨日の件について覚えていないことに関して疑問を抱いているみたいだが――あの呑気そうに昼食を食べているのを見る限り、今は特に気にしている様子でもない。

 ……時間の無駄な気がしてきた。


 午前中はアイザックの授業でずっと霧子は遼太郎を観察し続けていたが、特に何も変わった様子はなく、周囲にも何か怪しい人物が暗躍していたり、オラクルを使って昨日のような事件が起きたりすることもなく、平穏無事に授業が終わっていた。


 霧子が気づいたことがあるならば、真仲遼太郎にかける時間が無駄だということだった。


 今すぐにでもこの場から離れたい衝動に駆られるが、任務は任務なので我慢して、中間報告をするために立羽に連絡しようとすると――タイミングよく立羽から電話がかかってきた。


 会話を聞かれないよう一旦遼太郎を監視するのを中断し、外から教室内を監視しているアイザックのドローンに監視を任せ、人気のない空き教室へと向かい、電話に出た。


『よお、お疲れさん』


 受話口から聞こえる軽い立羽の挨拶に、今回の任務が時間の無駄であると思いはじめている霧子はイラっとするが、自身を落ち着かせるために軽く深呼吸をしてから話をはじめる。


「ちょうど中間報告をするつもりでした」


「そりゃあ、よかった。で、今、真仲遼太郎はどんな感じだ?」


「浅く広い関係の友人たちとともに、昼食を食べながら駄弁を弄しています。カレーパンを食べた後、クリームパンを食べて、その後納豆巻きを食べて、メロンパンを食べていました」


「食べる順番が滅茶苦茶だな……それで、午前中監視してどうだった?」


「時間と労力の無駄かと」


『……苦労してるのはわかるけど、あんまりイラつくなよ』


「貴重な時間を無駄にされれば誰だって苛立ちます」


『ホント、かわいくねぇなぁ』


「ええ、知ってます。無駄なことを言っている暇があったら、用件を話してください」


 かわいげがまったく感じられないほど淡々としながらも、内心時間を無駄にされて苛立っている霧子の迫力に若干気圧されてしまう立羽は、余計なことを言うのをやめて本題に入る。


『わかった、わかったよ――真仲遼太郎に関して時間の無駄と思うのはちょっとばかし早計かもしれねぇぞ。どうにも今回の一件、上はかなり本気で、それも、早急に解決しようとしているみたいだ』


「それは昨日同じことを聞きました。そのために私たちや大勢が裏で動いているのでしょう? 無駄な徒労に終わると思いますが、まあ、精々頑張ってくださいとしか言えませんね」


『だが、今日になって『ガード』も表立って本格的に動き出しているっていうのは言ってなかっただろ? アイツら、真仲遼太郎に何かあったらすぐにでもしょっ引くつもりだ』


 立羽の報告に霧子は軽い衝撃を受けて一瞬固まってしまい、言葉を詰まらせる。


 一瞬のフリーズの後、我に返った霧子は動揺する気持ちを抑えて詳しい話を聞く。


 ガード――不可思議な力が解明され、超常的な力が扱えるようになるアーティファクトは凶器にもなりうる技術であり、ガードはアーティファクトを使用した犯罪者や、アーティファクトに関わる事件を起こした犯罪を追い詰める警察機関の一つであり、ガードのほとんどが強い力を持つアーティファクト使用者だった。


 オラクルやアーティファクトを開発したBE社はガードの養成にも力を入れており、星命学園にはガード養成学科も存在し、重要機密施設が立ち並ぶ星命学園都市の治安を守っており、星命学園にいるガードのほとんどは、将来ガードになるのを目指している有望な星命学園の学生たちによって構成されていた。


 自分たちを含めた大勢が裏で動いているので、ガードも動いているというのも想像できたのだが――まだ真仲遼太郎が事件に大きく関わっていると判断できない状況で、表立って彼を捕えるために動くというのは明らかに時期尚早だった。


「確かに昨日の事件は衝撃でしたが、まだ表立って動くような騒動は起きていないはずです」


『これから起きるかもしれねぇから、上がもう準備をはじめたんだとよ。最近よくアーティファクトで暴れるバカが多くなってきて、ガードが未然に被害を防げないケースが多いから、それを未然に防ぐためにもガードの隊長も乗り気みたいだからな』


「それほどまでに真仲遼太郎は今回の件で重要人物なのですか?」


 ガードを表立って動かすほどの重要人物とは思えない霧子にとって、そんなにも真仲遼太郎に警戒する利用がわからなかったが、『こっちだって知りてぇよ!』と受話口で声を荒げる立羽も何も知らない様子だった。


『クソッ! こっちにも色々と動きやすくするための準備をしてたのによ』


「……一々余計なことを」


 受話口から立羽の舌打ちが忌々し気に響くと同時に、霧子も小さく舌打ちをした。


 余計な混乱を避けるために昨日の騒動を世間には伏せているのに加え、普通科に潜入して自分とアイザックが裏で調査をしている状況で、ガードが表立って余計に動けば、かえって周囲に不審に思われてしまい、もしも、昨日の騒動を引き起こした犯人がいるのならば警戒して尻尾を出さなくなり、何よりも大勢が動くことによって真仲遼太郎の動向を監視している自分たちが動きにくくなってしまうと感じたからこそ立羽と霧子は勝手な判断をして現場を混乱させるBE社上層部に苛立ちを募らせていた。


「プライベートでの監視は力を借りることになるかもしれませんが、学園内ではアイザック先生のドローンが数台外から監視しているので、監視は少数で十分です。もしも重要人物であるのならば、できる限りこちらにガードの人間を少なくさせるように手回しはできますか?」


『幸い、今回の件は俺に一任――というか、丸投げされてるんだ。だから、責任者である俺の直属で動いているお前らに指揮権はあるはずだ。誰にも文句は言わせねぇよ』


「こういう時に都合の良い雑用は役に立ちますね」


『ハッキリと事実を言うな。少しだけ嬉しくなっちまった自分が悲しくなるから』


 自分の立場をハッキリとわからせてくれる霧子の一言と、その一言で嫌なはずだった自分の立場にはじめてよかったと思ってしまい、受話口の立羽の声はかなり凹んでいた。


『とにかく、こっちでも最大限のフォローはしておく。お前だから心配はないとは思うが、ガードとの摩擦はできるだけ避けてくれよ? 調査が長丁場になったら面倒だからな』


「ええ、よくわかっています。こちらとしても、これ以上の面倒事は避けたいので」


『それじゃあ、後は――』


 これ以上の会話は無駄だと判断し、霧子は冷たく通話を切った。


 通話を着ると同時に、募った苛立ちを発散するように深々と嘆息する霧子。


 相変わらず全貌が見えない今回の事態だが、ガードが動き出した以上、何か大きな事態になっているのは間違いない。

 ただでさえ勝手に巻き込まれたというのに……これ以上の面倒事はごめんだ。


 動き出すというガードが自分の邪魔をしないことを祈りながら、霧子は遼太郎の監視を続けるために空き教室から出た。

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