第8話
放課後――普通科の一日の授業が終わり、真仲遼太郎の学園生活の監視を終えた霧子は、協力してくれている恩義があるので、今日一日の軽い報告とともに世話になった感謝の言葉を言うために、放課後は転科希望生徒たちを集めて進路相談室にいるらしい田井中の元へと向かっていた。
……ひとまず、学園生活の監視は無事に終わった。
表立って動きはじめたというガードに遭遇しないのは幸いだった。
だけど、まだプライベートを監視する時間が残っている。
そこでガード側が接触してこなければいいが……
田井中の元へ向かいながら、取り敢えず普通科の潜入一日目が何事もなく終了したことに安堵する霧子だが、まだまだこれからがあるので油断はできなかった。
まだまだこれからで、監視しているだけで一日何もしていないというのに、見ているだけで飽きてくる特筆すべき点が何もない相手を監視しただけで、ドッと疲れが押し寄せていた。
出そうになる欠伸を噛み殺しながら、進路相談室へと向かうと――
「そ、そんな! どうしてですか! 納得できません! 転科試験の結果はよかったはずです!」
進路相談室から、女子生徒の叫び声にも似たヒステリックな声が響き渡った。
何事かと思った霧子は進路相談室内の様子を遠目から伺い、聞き耳を立てた。
室内の雰囲気は田井中の身に纏う雰囲気と同じようにピリピリしており、室内にいる生徒たちの表情は全員霧子以上に疲れ切った様子だった。
そして、教卓の前にいる無表情で冷たい雰囲気を身に纏っている田井中は、一人の今にも泣きだしそうな形相の女子生徒に詰め寄られていた。
他の生徒たちは田井中に詰め寄る女子生徒を制止させることも、まるでこの状況に慣れたかのように気にすることもなく、見て見ぬ振りをして机に置かれた問題集を解いていた。
「残念だが君に才能はない。転科は諦めてもらう」
「だ、だけど先生! 私には――」
「自分には夢があると? 才能がない奴ほど同じセリフをよく言うものだ」
「だけど、私はどうしても諦められないんです! チャンスをください! その権利は誰にだってあるはずです!」
「無能な人間にチャンスを与えてどうなる。転科先には君以上の才能を持った人間など山ほどいる。そんな凡才の君が転科しても恥になって相手側にも、そして、これから転科を希望するこちら側にも迷惑になるだけだ」
相手にも、何よりも、自分と同じく転科を希望する生徒たちにも迷惑がかかると突きつけられ、女子生徒は押し黙って俯いていたが、何かを堪えるように拳だけは固く強く握られていた。
しかし、俯きながらも女子生徒は立ちはだかる田井中に反抗しようと必死になっていた。
いまだに折れていない芯を持ち、諦めの悪い彼女を田井中は自身の爪を弄りながら僅かに苛立った様子で無情にも淡々と更に追い詰める。
「それに、君は半年前から才能が向上していないのように思える。自分の限界に気づきはじめている頃だが、君はそれを認めず、見て見ぬ振りを続けて無駄な足掻きをしている」
心の内を見透かす抉るような田井中の言葉に、きつく握っていた女子生徒の拳から力が失う。
「自分の才能を見測れない人間を転科させても無駄になるだけ。叶わぬ分不相応な夢を追いかけて無駄な時間を過ごすよりも、他の自分に見合った才能を見つけるべきだ。まあ、精々頑張ってくれ」
残酷な田井中の言葉の数々に、いよいよ耐え切れなくなった女子生徒は直面した厳しい現実から逃れるようにして、教室から飛び出した。
……泣いていた。
横切る女子生徒の瞳には才能のない自分への苛立ちと不甲斐なさ、田井中への恨みが込められた悔し涙が零れ落ちているのを確認した霧子は、胸の奥がモヤモヤしたような気がしたのだが、それ以外別に何も感じず、胸の内のモヤを消し去るように再び教室内から田井中の声が響いてくる。
「改めて、君たちも心にとどめておくといい。才能というものは試験に合格しただけでは推し量れない。君たちには才能もアルターやアーティファクトを扱えるような特殊な能力も、特筆すべき点が何一つない凡人、凡夫、凡才。確かに特別な人物は普通科の中でも存在しているが、それは一握り。砂漠の中からダイアの原石を見つけるようなもの。多少の才能はあったとしても、君たちのような才能は掃いて捨てるほどいる。分不相応な高望みはやめておくべきだ――改めて言っておこう、可能性やチャンスは選ばれたもののみが持つものだ。――以上、勉強を進めてくれ」
アイザック先生の言葉を全否定……――まあ、どうでもいい。
人は誰しも可能性やチャンスを持っているというアイザックの考えと相反する田井中の考えを聞いて、田井中はアイザックに対して良くない感情を抱いていると霧子は察した。
しかし、自分には関係ないので、さっさと進路相談室に入ろうとする霧子だったが、それよりも早く「ちょっと失礼」と彼女が廊下にいることに気づいた田井中が教室から出てきた。
「ここにいると他の教師の人に聞いて来たんですが、授業の邪魔をしてしまいましたか?」
「いや。どうせ、今の一件で集中が途切れてまともな授業はできなかっただろう。ちょうどいいところに来てくれてありがたいよ」
「……取り込み中でしたが大丈夫ですか?」
「ああいうことは日常茶飯事だ。まったく、困るよ。分不相応な夢を追いかける生徒がいるせいで、ただでさえ中途半端な集団で見下されている普通科が貶められることになる。適材適所の才能を持つ生徒たちが身の丈に合った学習を行うことによって、誰もが望む理想の学び舎は完成するのではないかと私は思うよ」
無意識に先程の女子生徒の一件について聞いてしまった霧子だが、田井中はやれやれと言わんばかりに仰々しくため息を漏らすだけで、気にしている様子はまったくなかった。
「それで、あんな無駄なことを聞くよりも、他に何か聞きたいことがあるのだろう?」
「軽く今日一日の報告をと思いまして。まあ、報告することは、何も問題はなかったの一言で片付けられるのですが。それでも、一応と思ったので」
本当ならば、もう少し今日一日についての報告を詳細にしたかったのだが、霧子はさっさとこの場から、田井中の前から去りたいと思ってしまっていた。
田井中の顔を見ていたら、先程の人を淡々と追い詰める彼の姿と、女子生徒の涙が頭の中で反芻してしまい、彼の言葉は決して間違っておらず、シンパシーさえも感じているというのに胸がモヤモヤしていたからだ。
「ああ、わざわざどうも。――それで、何か真仲遼太郎に目を引く言動はあったのかな?」
「いいえ、まったく、何も、欠片も存在していません」
「……その様子だと、一日を無駄にしたようだね」
じっとりとした目で淡々としながらも、吐き捨てるような霧子の報告を聞いて、今日一日の監視が無駄足だったことを察する田井中。
「同情するよ。無能な人間の相手をするほど、無駄な時間は存在しないからね」
「ええ、本当にそう思います」
「……本当に、君とは気が合いそうで何よりだ」
心から自分の言葉に同意してくれる霧子に、新たな理解者を得たと思って僅かにきつく結んだ口角を綻ばせて田井中は上機嫌になっていたのだが――霧子としては迷惑だった。
「それにしてもわからない。役に立たないただの凡人に、どうして上がご執心なのか。何か情報を持っていたとしても大した情報ではないし、何か目撃したとしても見間違いだろう」
「ええ、まったくもって同感です。しかし、詳しいことは機密情報なので伏せますが、昨日よりも大勢の人間が彼のために動いているのは事実です」
「まったく理解できないな……それで、君はこれからどうするつもりなのかな?」
「今現在廊下の掃除中の彼を監視しに向かいます。今すぐにでも」
「アイザック先生が用意したドローンが見張っているんだ。そこまでする必要はないと思うが」
「面倒なことに色々と動きはじめているので、何かあった場合に備えて彼の傍から離れないようにしないとならないので」
「真仲遼太郎なんかのために君も色々と大変のようだ。まあ、頑張ってくれ。昨日も言ったが、私もできる限り、優秀な君の時間を無駄にさせないためにも何でも協力しよう」
「それはどうも。それでは、これから忙しくなるので失礼します」
ねっとりとした微笑を浮かべる田井中から逃げるように、霧子は遼太郎の元へと急いだ。
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