第6話
「ガーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
普通科の校舎内にある、二階席もある広大な面積の講堂の中でもマイクを使わずとも十分に響き渡るくらいに、うるさく、それ以上に豪快な笑い声。
しかし、講堂に集まった一部――主に霧子と田井中以外の人間は全員嫌な顔をすることなく、壇上でモスト・マスキュラーを決めているアイザック・ファウテイルに期待に満ち溢れた視線を向けていた。
急遽決まったアイザックの特別授業は、できる限り少ない人数で集中的に講義を受けさせるために、一学年六回ずつ、一度に四から五クラスまでの制限を設けて二階席まである講堂にはだいぶゆとりがあるはずだった。
しかし、事情を知っている霧子と田井中以外、急遽アイザックの特別授業が開かれることになったというのに、彼の授業の見学を望む生徒たちで講堂の席は二階席まで満席になるほど、普通科以外の学科から大勢の人間が見学に来ていた。
大勢からの注目がアイザックに集まるが、当の本人は気にすることなく授業を進めつつ、壇上から五番目の割と近い距離にいる主人公の姿を、彼の近くに座る霧子と、アイザックの近くで授業のサポートをしてくれる田井中とともに観察していた。
「会えて嬉しいぞ! 希望に満ちた未来への原石たちよ!」
マイクを使わずとも講堂内に響き渡る声でアイザックが挨拶すると同時に、行動にいる全員が挨拶を返し、座ったまま軽く会釈をする。
「今日はワシが諸君らの心身を一歩――いや、数千歩も歩ませることを誓おうではないか! ガーッハッハッハッハッハッハッハッ!」
やる気に満ち溢れたアイザックの宣言に、普通科生徒たちから歓迎と期待の拍手が送られた、講堂内の空気は鬱陶しいくらいの暑苦しい彼に当てられた熱気と、これからの授業に対する期待に満ち溢れて、ざわざわと私語が目立って騒がしくなってきたのだが――
「静粛に」
田井中のマイクを通した声に、一気に普通科の生徒たちは押し黙り、平静を取り戻した。
講堂内が静寂に包まれると同時に、「さて――」とさっそく授業をはじめるアイザック。
「聞き飽きたことだと思うが、最初は基本的なことから行こう――まずはオラクルについてだ。オラクル起動の準備はできたかな?」
アイザックの言葉を受けて、生徒たちは持っていたオラクル接続機器を一斉に取り出す。
携帯に便利なコンパクトなものというのが共通で、形状は一人一人違うものだったのだが、携帯性を持たせるためにオラクルは携帯電話と一体化しているものがほとんどだった。
全員がオラクルを取り出したのを確認したアイザックは満足そうに頷いた。
「さあ、今からサーバーを起動させよう。いざ行かん、狭間の世界『共有空間』へ! 田井中殿、サーバーの起動をよろしく頼もう」
アイザックの指示に、田井中は彼の背後にあった墓石のような大きさの直方体の物体、『サーバー』を起動させると、高い起動音を放ってすぐにサーバーは淡く赤く光を放ちはじめた。
サーバーが淡い光放ちはじめるのと同時に、行動にいる生徒たちはオラクルを起動させる。
調子が悪いのか、勝手に電源が落ちるせいで、何度も起動させようとしてようやく携帯電話型のオラクル接続機器を起動させた遼太郎の姿を確認した霧子も、続いて彼と同型のオラクル接続機器を起動させる。
オラクルを起動させると、接続機器から放たれるアーツを纏った電波が身体に流れるアーツ源子と脳を刺激し、アーツネットワークに精神を接続させる準備を整えた。
そして、『サーバー』の力によって身体中のアーツ源子とアーツネットワークが溶け合い、霧子の、この場にいる全員の身体が徐々に透けはじめるのだが、全員動揺することなく自分の身に起きることを受け入れていた。
――数秒後、霧子たちは完全に消え、現実から消え去る。
そして、身体が現実から消えると、霧子の、この場にいる全員の視界に映る景色が変化をはじめ、サーバーによって生み出された『共有空間』へと精神が、そして、肉体が入る。
まずは、暗闇、そして、すぐに光が視界を包み、今自分たちがいる場所が講堂から、色とりどりの光が蛍のように煌いては消える、神秘的な白い空間へと変化した。
「ガーッハッハッハッハッハッ! ようこそ、仮想と現実の狭間の世界――『共有区間』へ!」
豪快な笑い声を上げながら逞しく、暑苦しく発達した上腕二頭筋を強調するポーズを決めて現れるアイザック。
「諸君らも知っての通り、この共有空間はサーバーの力によって生み出された世界――さあ、ここで基礎を聞こう! 田井中殿、生徒たちの見本となるように共有空間の基礎知識についての説明をお願いしよう!」
「共有空間とは、オラクルに接続された一人一人の精神を、サーバーの力によって他者との精神を一時的に繋げて生み出され、拡張された世界。精神のみならず肉体もサーバーの力によって入ることが可能になった世界。仮想の世界でもあり、自由に動けることから現実世界でもある、仮想と現実の狭間の世界。今、現実世界で講堂にいた我々は消えており、見学者たちはモニターを通して今この場にいる我々を見ている」
「その通り! 懇切丁寧な模範解答、大変よろしい、花丸をあげよう!」
突然に質問を振られ、特に動揺することなく模範解答をする田井中に、暑苦しいほどの豪快な笑みを浮かべて満足そうにアイザックは頷き、話を続ける。
「仮想空間のように現実に特に何ら影響は与えないが、他人と触れ合うことができるこの空間は限りなく現実世界に近い。どちらでもあって、どちらでもない、中途半端な世界だからこそ、ワシらオラクル開発者は、オラクルの力によって生み出された共有空間――いや、この世界を、仮想と現実の狭間の世界と呼んでいるのだ。中途半端な世界だが、諸君らも知っての通り、共有空間を用いてこの星命学園では様々な授業が行われている。それに、遠く離れた人間とも接触できることから、ここを新世界と呼ぶ者も大勢いるのだが、ワシとしては、まだまだ新世界には程遠い! まだまだ改善点が無数にあり、進化できる余地はある! この世界はまだまだ諸君らと同じく、未来への可能性が大いに存在しているのだ!」
オラクルが作り出す未来を想像し、徐々に熱が入って授業とは関係のない話をはじめて、ますます暑苦しくなるアイザックだが、ここで話を軌道修正するためにわざとらしく田井中が咳払いをすると、アイザックは我に返って授業を進めた。
「サーバーのようにここまで大規模で、肉体も入れる仮想と現実の狭間の世界を作れるというわけではないが、サーバーを使わずともオラクルは使用者の精神世界は拡張させることも、人に影響を与えるが可能だということは、もちろん諸君らは知っているな?」
アイザックの質問に当然と言わんばかりに生徒たちは頷いた。
「オラクルを使用する一部の人間には拡張した自身の精神世界で、他者に影響を与える能力を持つ『アルター』と呼ばれる者がいる。相手の考えを読み取ったり、感情を変化させたり、周辺一帯の状況を把握できる能力者たちだ。彼らはアーティファクト使用者よりも数が少なく、重宝される存在であり、オラクルの未来を左右する貴重な存在だ。アーティファクトを使用できない代わりにオラクルとの精神同調率が高いオラクル使用者がアルターとしての能力に覚醒することになるのだが――この中で自分はアルターだという者は挙手したまえ! いるのならば君はオラクル学科である星命学園第三校への転科の準備を今すぐにすることをオススメしよう! 転科試験抜きで即座に転科できるぞ!」
個性を持たず、自分への道を模索中の普通科の生徒たちに、アルターという特殊な能力を持つ生徒は誰一人いなかった。
誰一人挙手しない状況にアイザックは想定通りだと言わんばかりに「ガーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」と、力のない生徒たちをバカにするわけでもなく、ただただ気持ち良さそうに豪快に笑った。
「正直に言おう! アルターやアーティファクトを使用できなくとも問題ない! この二つの力はワシら人間にとっては過ぎた力であり、無用の産物だ!」
アーティファクト使用者はもちろん、オラクル学科である星命学園第三校の生徒たちがアイザックの授業の様子を、共有空間の外からモニターで観察しているというのにもかかわらず、平然とアイザックはそう言い放った。
爆弾発言を平然と言い放ったアイザックに生徒たちはざわつき、突然話を振られて焦らず模範解答を示した田井中でさえも、目を見開いて驚いて僅かに動揺していた。
そんな彼らの反応を見て、更にアイザックは愉快そうに笑った。
「どんなにアーツ粒子を保有したとしていたとしても、アーティファクトが使用できなければ、マッチ一本程度の火しか生み出せないし、一滴程度の水しか生み出せないし、吐息以下の風しか生み出せないし、石ころ一つも動かせない! 精神に作用するアルターもアルターで使用できる条件が限られているし、弱点も多く存在して、現代技術で十分に対抗できる! だからこそ、別に使えなくとも何も問題はない!」
「アイザック先生、それ以上はさすがに――」
更に敵対者を作りそうな発言をするアイザックのために、渋々田井中は間に入って周囲をフォローしようとするが、アイザックは止まらず、汚らしく汗を撒き散らしながら熱弁を振るう。
「だが、オラクルは別だ! 誰にでも扱えるオラクルは平等に諸君らに力を与える。それに、アルターという特殊な能力を持たずとも、オラクルと精神との同調率を高めることができれば、基本的なオラクルの能力を高めることができる! これはすでに立証済みであり、現生徒会メンバーの一人は、精神同調率を高めたことによってオラクルに匹敵する能力を得た人物がいる――だからこそ、オラクルには一人一人に平等に可能性を与えるのだ! オラクルと同様、君たちにも無限の可能性が宿っているに違いない! ガーッハッハッハッハッハッハッハッ!」
誰にでも可能性を与えるオラクルと同様に、自分たちにも無限の可能性が宿っている――希望を満ちたアイザックの一言が、普通科の生徒たちの胸に確かに響いていた。
「しかし、今の自分を変えるのはオラクルだけの力ではない。自分自身の力も重要になってくるということは忘れないようにするのだ! さあ、小難しい話は後にして、授業を続けようではないか! だが、基本的なことを知っている諸君らに、授業などというものは時間を無駄にするだけだろう! さあ、今からは質問タイムだ! 諸君らの未来のために、ワシが何でも質問に答えようではないか! さあ、授業でわからないことからプライベートのことまで、ドシドシなんでも聞いてくるのだ! ガーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
逞しい胸筋をぴくぴく不気味に動かしながらのアイザックの言葉に、普通科の生徒たちは挙手して彼に質問をする。
絶え間ない質問攻めにあってもアイザックは嫌な顔一つすることなく、豪快に笑いながら一人一人の質問に真摯に受け答えをしていた。
滅多にない特別講師による特別講義なのだが――アイザックの言葉でそれが一気に崩れた。
せっかく昨日から授業のプランを立てていた田井中は、アイザックの自由過ぎる授業に、爪を弄りながら不機嫌そうな冷たい目で大勢の生徒たちから慕われている彼の様子を見ていた。
……アイザック・ファウテイル。
ただ笑い声が暑苦しいウザい人だけど思った以上の傑物。
遼太郎を監視するという任務を一瞬忘れるほど、アイザックの授業に思わず聞き入ってしまった霧子は、ただただ暑苦しく、むさ苦しいアイザック・ファウテイルという人物に対して抱いていた印象を改めたが、相変わらず彼を見る目は冷めきっていた。
このまま授業終了時刻まで、アイザックへの質問が絶えることはなかった。
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