第5話

 星命学園――世界的企業であるBE社が運営している、初等部から大学部まである学園であり、BE社が一つの街を買いきって超大型の学園都市が形成された沿岸都市で、今でも埋め立て工事を行いながら学園都市の面積を広げ、十一の区画に分けられていた。


 ただの学園都市ではなく、最先端の技術の粋を集めた施設が多く存在しているとともに、都市中に警備用のロボットが徘徊し、超大型都市の十分に支えられるほどの最先端のエネルギー貯蔵施設が存在しており、電力、風力、火力、水力、様々なものからエネルギー源を確保できて、街一つだけで国全体のエネルギーを十二分に賄えるほどのエネルギーが星命学園都市には存在していた。


 そんな未来都市の星命学園は簡単な試験さえパスすれば簡単に入学できるために生徒数が多く、少しでも最新鋭の技術と授業に触れられるために今でも際限なく増え続けていた。


 そのせいで世界でもトップレベルのマンモス高になってしまい、今でも後先考えずに生徒数を増やし続けてるため、生徒を分散させるために星命学園は一から十一までに分けた。


 十一の学園にはそれぞれ専門があり、自由に人の個性を尊重して伸ばすモットーの星命学園は、初等部から自分が好きな学科を選べるというのが特徴的だった。


 その中でも第十区画は星命学園都市外部からもっとも近い場所に存在しており、学園設立当初から存在する区画だった。


 そのせいで最新鋭の設備がされている他の区画と比べて設備が古く、商店街も街並みもレトロな雰囲気がする第十区画にある普通科の第十校は、専門的分野を学べる他の学部とは毛色が違い、普通の学校と何ら変わらない普通の学校であり、制服はセーラー服に詰襟という他の学科と比べて古臭かった。


 しかし、普通の学校とはいえ一応星命学園の一つであり、普通科も他の学科と同じく人の個性を尊重するという星命学園のモットーで、転科試験さえパスすれば容易に転科することができた。


 良い意味で普通科はまだ自分の才能に気づいていない未来ある生徒たちがいる学科だが、悪い意味では才能も何も持たない中途半端な学科だった。


「よお、真仲。相変わらずボーっとしてるな」


「うん、おはよう。昨日色々あって、帰りがちょっと遅くなっちゃったから、まだちょっと眠くて――うわっ、口の中に蠅が入ってきた!」


「だらしない奴だな、相変わらず。おはよう、真仲」


「ペッペッ! お、おはよう――オェエエ!」


「朝っぱらから気持ち悪いなぁ、オレ、もらいゲロするタイプなんだって――オエェ!」


 朝、第十区画にある星命学園第十校高等部校舎前――五月の連休も終わり、大体誰しもが新しい学校とクラスメイト達に慣れはじめる頃、真仲遼太郎も例外ではなく、校舎前まで来るとクラスメイトや他のクラスの顔見知りや友人たちと挨拶を交わしていた。


「それよりもみんな昨日、大丈夫だった? もう、びっくりしちゃったよ」


「? 何を言ってんだ? ほらほら、変なこと言ってねぇでさっさと教室に入ろうぜ」


「ほら、昨日、オラクルの授業中に大変なことになっちゃって――」


「もしかして薬品漏れの一件のことか? 確かに大がかりだったけど、問題ないって。まあ、授業もサボれたし、病院のかわいい看護師さんを拝めてラッキーだったよ」


「そんなことあったっけ? というか、僕、看護師さんよりも、黒服の厳ついオジサンたちが――あ、待ってよ――うわっと」


「わわっ! ちょっと真仲! 急に転ばないでよ、危ないでしょ」


「ご、ごめんね。それと、おはよう」


「おはよう――ほら、立てる? あー、ほら、ズボンが埃だらけ」


 先へ急いだ同性のクラスメイト達の後を追おうとしたところで、躓いて転ぶ情けない遼太郎に仲の良い異性のクラスメイトは手を差し伸べ、遼太郎はそれを掴んで立ち上がり、ズボンについた埃を払った。


「あ、それよりも昨日大丈夫だった?」


「? 何のこと? ……あ、もしかして、先輩のこと? まだまだ心配しなくても大丈夫、良い感じに付き合えてるからさ! まだまだこれからって感じ?」


「え? あ、うん、まあ、それもだけど……」


「言わせんな恥ずかしい! まだまだ進展してないからさ!」


「初々しい、ピチピチで、ゼリー状になった青臭いほど特濃な青春の香りがする」


「……表現が何だか卑猥よ」


 恥ずかしそうに頬を赤く染める恋する乙女のクラスメイトの姿を遼太郎はポカンと見送り、不自然な友人たちの言動を疑問に思い、小首を傾げながらも遅刻をしないために校舎に入った。


 ――そんな一般人の面白味のない朝の一幕を、陰で潜入するために普通科の制服である古臭いセーラー服を着てますます地味になった眼鏡少女・霧子はあんパンを齧りながら眺めていた。


 遼太郎の監視の目は霧子以外にも、彼の上空には常時アイザックのドローンが浮かんでおり、彼を監視していた。


 ……やっぱり、彼以外昨日の出来事は覚えていないのか。

 全員、BE社が流した理科室での薬品漏れ騒動の記憶を刷り込まれている。

 その記憶に関して何の違和感がないのは、抜け落ちた記憶が都合良く補完したのだろうか?

 ――いや、そんなことよりも……


 遼太郎のクラスメイト達の記憶が都合良く補完されているのを確認して疑問を抱く霧子だが、それ以上に気になったのは真仲遼太郎という人物だった。


 ――真仲遼太郎……写真で見るよりも情けなく、頼りない姿だった。

 写真で見るよりも平凡な顔をしているし、特筆すべき点は何もない。

 直で見れば印象が変わると思っていたが――……至極普通だという点に、情けないという点も加えておこう。

 まだ何とも言えないが、あの情けない姿……本当に上は彼を疑っているのだろうか……

 今の段階では……正直、その判断は間違っているようにしか思えない。


 昨日不可思議な騒動に巻き込まれたというのに緊張感も何もない顔、情けなく転んで同情から異性の同級生に手を差し伸べられ、恥じることなくその手を掴んだ姿――同い年として、霧子は遼太郎のことを情けなく思い、そんな彼を僅かにでも疑っているBE社の判断を間違っており、彼に時間を割いても無駄であろうと霧子は思いはじめていた。

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