episode270 大狼戦、決着

 【劣化蘇生薬】を使って起き上がった俺は【HP回復ポーション】でHPを回復させながら、たいろうとの距離を詰めていく。


「一旦退いてくれ」


 ホーリーホーンドラゴンの幼体にはけんぞくウルフの相手をさせているが、ここまで来ればけんぞくウルフの処理をするよりも、たいろうに集中攻撃をして押し切ってしまった方が良いからな。

 それに、このままだと挟み撃ちにされる可能性もあるので、幼体には一旦下がらせることにした。


「グルッ!」


 指示を受けた幼体はけんぞくウルフの攻撃を大きく横に跳んで回避すると、そのままそこから離脱してこちらに駆け寄って来る。


「――そこだ。『マテリアルブレード』」

「グルルッ!」


 そして、そのまま二人で協力して、たいろうの前後から同時に攻撃を仕掛けた。


「――グル」


 しかし、その攻撃は横に素早く移動することで、あっさりと躱されてしまった。


「アオン⁉」


 だが、俺が『マテリアルブレード』で放った刃はその奥にいたけんぞくウルフに命中した。


(狙った通りにうまく行ったな)


 もちろん、これも狙ってのことだ。あの程度の攻撃がたいろうに当たるとは思っていないからな。それを悟られないようにするためにたいろうの近くに攻撃は飛ばしたが、俺は初めからけんぞくウルフを狙って攻撃していた。


けんぞくは俺が片付ける。お前は『ホーリージャッジメント』を放つ準備をしてくれ」


 最初の方に使った『ホーリージャッジメント』はクールタイムを消化し切って、もう使える状態のはずだからな。

 ここは俺がけんぞくウルフの相手をして、ホーリーホーンドラゴンの幼体には攻撃の準備を進めておいてもらうことにした。


「グルッ!」

「では、行くぞ。はっ!」


 そのまま幼体と合流した俺はけんぞくウルフに向けて【氷炎爆弾】を投擲して、すぐに【癒しのアロマ】と【豊穣の種】を使ってリジェネ効果のある領域を展開する。


(さて、どう来る?)


 目を離した隙に何かやられても困るからな。俺は【氷炎爆弾】でけんぞくウルフを攻撃しつつも、たいろうからは目を離さないようにして、その次の動きを見極める。


(……動かない?)


 たいろうはこちらから距離を取ったままその場で構えていて、見たところ、そこから動く気がないようだった。


(もしや、けんぞくの復活待ちか?)


 けんぞくウルフの数が減らされた状態では不利だからな。予想にはなるが、たいろうは増援が来るまで待機しているようだった。


(もう最初の追加分のけんぞくの姿が見えるし、すぐに動いた方が良いか……?)


 倒したばかりであるにも関わらず、最初に倒した分だと思われるけんぞくウルフが既に現れているからな。

 まだかなり遠くにいるので、合流までに時間はあるが、あまり猶予はないので、動くのであれば今すぐに仕掛けた方が良さそうだった。


(……いや、時間はないが焦るな。けんぞくの処理が優先だ)


 だが、HPを減らしておいたけんぞくウルフは処理しておかないと、この後の動きに支障が出るからな。

 時間がないことは確かだが、焦って攻めて崩されると終わりなので、ここは冷静にけんぞくウルフの処理を済ませることにした。


「まずはお前達からだ。よっと……」

「アウン⁉」


 俺は残った二体のけんぞくウルフに向けて【氷炎爆弾】を投擲してダメージを与えると、そのまま『マテリアルブレード』で追撃してその二体を仕留める。


「……行け!」

「グルッ!」


 そして、けんぞくウルフの処理が済んだところで、ホーリーホーンドラゴンの幼体に『ホーリージャッジメント』を発動するよう指示を飛ばした。

 直後、角に集めた光が上空に向けて放たれると、その光がたいろうに向けて真っ直ぐと降って来る。


「そこだ――」


 さらに、俺はその攻撃に合わせて『カースエイム』で魔法弾を飛ばして、幼体の攻撃で怯んだ隙を突いて妖術ターゲットを付与することに成功した。


「消し飛べ!」

「アオン⁉」


 妖術ターゲットの付与を確認した俺は即座に『カースバースト』を発動して、たいろうを直接爆破して大ダメージを与える。


(これでもトドメにはならなかったか)


 『カースバースト』は付与された弱体効果と状態異常の数に応じて威力が上がるので、大ダメージは与えられたが、まだ少しだけHPが残ってしまっていた。


(だが、あと少しだし、『めつえん――カースエンド』なら確実にトドメを刺せるな)


 『めつえん――カースエンド』は必中攻撃な上に、『カースバースト』と同様に付与された弱体効果と状態異常の数に応じて威力が上がるからな。

 この残りHPであれば確実にトドメを刺せるので、何とか『めつえん――カースエンド』の発動まで持ち込みたいところだった。


(いや、四秒のキャストタイムは重いし、普通に削った方が良いか?)


 そう思ったのだが、既に増援分のけんぞくウルフが合流しようとしていて、このタイミングで四秒も動けなくなるのは厳しいからな。

 そんなに時間は掛からないはずなので、攻撃を捌きながら普通に削るというのもありだった。


「――行けるか?」


 俺は『めつえん――カースエンド』の発動準備に取り掛かりながら、ホーリーホーンドラゴンの幼体に一言そう確認を取る。


「グルッ!」


 それを聞いた幼体は任せろと言わんばかりに自信満々な様子で答えを返して来た。


「では、相手は頼んだ」


 なので、ここは幼体に相手を任せて、俺は『めつえん――カースエンド』の発動に集中することにした。


「グルッ!」


 指示を受けたホーリーホーンドラゴンの幼体は俺の前に出る……と思いきや、何故かそうはせずに後方に跳躍した。


「アオン⁉」


 そこにいたのはけんぞくウルフだった。どうやら、後方から迫って来ていたらしく、それを止めてくれたらしい。


「助かる――っ!」


 眼前に迫っていた脅威は乗り切ったが、その隙にたいろうけんぞくウルフを連れてこちらに近付いて来ていた。


(ここでは無理か)


 詠唱が間に合わないからな。ここでの攻撃は諦めて、一旦下がることにした。


「一旦下がるぞ。よっと……」

「ギャン⁉」


 俺は幼体が相手していたけんぞくウルフの頭部を踏み付けることで怯ませて、そのままたいろうと距離を取る。


「グルッ!」

「ギュゥ……」


 それに続いてホーリーホーンドラゴンの幼体も同じようにけんぞくウルフを踏み付けるが、俺よりも体重があるかなのか、こちらは気絶してスタン状態になった。


「では、頼んだぞ」


 これで改めて攻撃準備を始められるからな。ここから再度発動を狙うことにした。


「グルッ!」

「グル――」


 幼体は果敢に敵に飛び掛かって、攻撃を仕掛けると共に自分に注意を引き付ける。


「ガルッ!」

「アウッ!」


 それによってたいろうは抑えられているものの、けんぞくウルフまではそうは行かないので、こちらにその内の二体が迫って来ていた。


「グルルッ!」

「――そこだ」

「アウン⁉」


 しかし、これであれば詠唱しながらでも十分に対処することが可能だった。

 俺は先に飛び掛かって来た個体の噛み付き攻撃を腕当てで防いで、続けて仕掛けて来た個体の攻撃は尻尾で突いて反撃することで防ぐ。


「はっ!」


 そして、腕当てに噛み付いている個体を振り払って投げ飛ばして、それと同時に後から仕掛けて来た個体を蹴り飛ばすことで、詠唱完了までの時間を稼いだ。


「グル!」

「ガゥゥ……」

「っ⁉」


 だが、ここでたいろうの攻撃をまともに受けてしまったホーリーホーンドラゴンの幼体は吹き飛ばされて、それなりのダメージを負ってしまっていた。


(マズい!)


 これまでの戦闘で蓄積したダメージで残りHPがかなり少なくなっているからな。追撃を受ければやられてしまうので、かなりマズい状況だった。


(攻撃すれば確実に勝てる――が、間に合わないな)


 『めつえん――カースエンド』の残りのキャストタイムは一秒とちょっとなので、この状況からであれば確実に発動まで漕ぎ着けることが可能だった。

 そして、必中攻撃かつ確実にトドメを刺せる火力のあるそのスキルの発動は勝利を意味していた。


 しかし、発動してからダメージが発生するまでには少し時間があるからな。

 それを考えると、ホーリーホーンドラゴンの幼体が攻撃を受けるまでに倒すことはできなさそうだった。


(なら――)


 ならばどうすべきか。そう考える前に体は動いていた。

 俺は『めつえん――カースエンド』の詠唱をキャンセルして、ブーツに仕込まれた風属性の術式機構を起動して高速で駆け出す。


「グル!」

「させるか! ぐっ……」


 そして、幼体の前に飛び出た俺はたいろうの爪での攻撃をその身で受けて、幼体を攻撃から守ることに成功した。


(ここからどうする――?)


 守ることに成功したは良いが、攻撃を受けたことで、俺の残りHPはわずかになっているからな。もう攻撃は一度も受けられないので、ここからできることには限りがあった。


(敵に囲まれていて、かつ攻撃は受けられない。普通に考えれば詰みか)


 けんぞくウルフにも周囲を囲まれていて、ここから抜け出すことは難しいからな。全滅する未来が確定した上で、それが現実になる数秒前というのが今の状況だった。


「それでも――抗う!」


 普段なら詰みがほぼほぼ確定した状況になれば諦めるのだが、今回ばかりは諦めるつもりはなかった。

 大したリスクのない普段の戦いとは違って、今回はホーリーホーンドラゴンの幼体の命運が懸かっているからな。

 普段の戦いとは重みが違うし、必ず守ると決めた以上は例え針の穴を通すような限りなく細い勝ち筋だったとしても、それを掴み取る気でいた。


「来てくれ!」

「――グルッ!」


 俺の指示を受けた幼体は信じて疑わないといった様子で、迷うことなくこちらに駆けて来る。


「お前には――こうだ!」

「アオン⁉」


 それを確認した俺は振り返りつつ尻尾での一撃をたいろうにお見舞いして、そのまま幼体の方を振り向く。


「掴まれ!」

「グルッ!」


 そして、その手を取ったところで、即座に『パワージャンプ』で真上に跳躍した。


(やはり、あまり跳べないか)


 しかし、幼体とは言えそれなりの体重があるので、一緒だとあまり高く跳ぶことはできなかった。


「それでも――やるだけだ!」


 だが、俺達にはもう仕掛ける以外の選択肢は残されていないからな。俺はすぐに【氷炎爆弾】を取り出して、それを真下に投擲する。


(どうやら、このまま着地際を狙って仕留めに来るつもりのようだな)


 投擲すると同時に敵の様子を確認してみるが、動く気配が全くないからな。

 見たところ、ダメージ覚悟でその場に居座って、着地際を狙って確実にトドメを刺すつもりでいるようだった。


(削り切れない――)


 そして、そのままたいろうに【氷炎爆弾】の攻撃が直撃するが、それではHPを削り切れずに耐えられてしまっていた。


「アオオオォォォーーーン!」


 攻撃を耐え切ったたいろうは勝利を確信したのか、大声を上げながら爪での大振りの一撃を俺達に向けて放つ。


「確信には――まだ早い! はっ!」


 勝利の確信。決着が付くまでは確定とならない以上、それは油断という他なかった。

 俺は空中で幼体の体に足裏を着けると、そのまま真横に跳躍するようにして蹴ることで二手に別れて、たいろうの攻撃を回避する。


「アオッ⁉」


 たいろうは空中で落下軌道を変えて来ると思っていなかったのか、驚くような様子を見せた。


「はっ!」

「グルッ!」

「アオオォォーーーン⁉」


 想定外の動きだったからなのか、たいろうだけでなくけんぞくウルフ達も動けていなかったので、攻撃を叩き込むには十分過ぎるほどの隙が生まれていた。

 そして、そのまま俺は『マテリアルブレード』を、ホーリーホーンドラゴンの幼体は光魔法を叩き込んで、たいろうにトドメを刺した。



  ◇  ◇  ◇



「アォ……ン……」


 HPがゼロになったたいろうはばたりと倒れて、辺りにいっときの静寂が訪れる。


「アウ――」

「アオーーーン!」


 だが、その静寂も一瞬しか続かず、けんぞくウルフ達は慌ただしく騒ぎ始めると、そのまま混乱した様子で退散して行った。


「……終わったな。ふぅ……」


 戦闘が無事に終わったことを実感すると、緊張の糸が切れたからなのか、それと同時に全身から力が抜けていくのをはっきりと感じ取ることができた。


「……終わったの」


 と、戦闘が終了したところで、上空からその様子を見ていたアドラとリッカがすぐに降下して来た。


わらわからも話したいことはある……が、今の其方そなたに必要なのは休息といったところかの」

「ああ」


 失敗が許されなかったこともあって、今までの戦いの中で一番疲れたからな。少し休憩が欲しいところだった。


「では、多くは言わん。試練はこれにて終了じゃ。結界を張っておくので、この場でしばらく休むがい」

「……助かる」


 結界があれば安心して休むことができるからな。配慮してもらえるのはありがたかった。


「ユヅリハからの話がある……が、今は別に良いかの。では、わらわは先に行くとするかの」

「ああ。今日は何から何まで助かった。礼を言おう」

わらわはすべきことをしたまでじゃ。では、またいずれ会おうぞ」


 そして、アドラはそれだけ言い残すと、結界を張ってから北西方向に飛び去って行った。


「……グルッ!」

「おわっと⁉」


 と、ここで話が終わるのを待っていたのか、アドラが去って行ったところで、ホーリーホーンドラゴンの幼体がこちらに飛び付いて来た。


「グル……グルッ!」

「全く……愛らしい奴だな」


 俺は受け入れるように優しく抱いて、頭を撫でることでそれに応える。


(やった、か)


 こうして直接触れ合うことで、試練を無事に乗り越えたという実感が沸いていた。


「では、少し休んだら帰るか」

「……うん」

「グルッ!」


 だが、いつまでもこうしているわけには行かないからな。休憩もほどほどにして、落ち着いたところで帰ることにした。

 そして、その後は少し休んでから始都セントラルに戻って、疲れていた俺はリッカよりも一足先にその日のゲームプレイを終えたのだった。

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