episode269 大狼

「一緒にやるぞ」


 ここは一気に削りたいからな。ホーリーホーンドラゴンの幼体にも仕掛けるよう指示を飛ばす。


「行くぞ。『マテリアルブレード』!」

「グルッ!」


 そして、そのまま俺は『マテリアルブレード』で、幼体は光魔法で攻撃を仕掛けた。


「――グル!」


 それに対して、たいろうは俺の方に向けて高く跳躍することでそれらを躱すと、そのまま俺に対して攻撃を仕掛けようとしていた。


(一旦退く――と言いたいところだが、今は止めておいた方が良いか)


 ダメージを稼げる最初で最後のチャンスだからな。普段であれば下がって仕切り直すところだが、ここは攻めの姿勢で行くことにした。


「よっと……」


 俺は『マテリアルバースト』の発動準備をしながらブレーキを掛けて停止して、敵の攻撃に備える。


「グォッ!」

「――そこだ」


 そして、たいろうの爪での攻撃に合わせて後方に跳んで、それと同時に『マテリアルバースト』を発動させた。

 『マテリアルバースト』によるエネルギー波は敵を貫いて、反動を利用して一気に下がったことで、相手の爪での一撃は空を切る。


「グルッ!」


 しかし、ここで麻痺が解けたけんぞくウルフがこちらに駆け寄って来て、攻撃を仕掛けて来ようとしていた。


「それで不意打ちのつもりか?」

「アオン⁉」


 だが、最初に麻痺を入れた個体の麻痺がそろそろ解けることは分かっていたからな。

 俺は振り返りながら『マテリアルバスター』で生成した大剣を一文字に振り抜いて、そのけんぞくウルフを倒してしまう。


「グォッ!」

「うおっと⁉」


 けんぞくウルフを倒した俺は勢いのままに一回転してたいろうの方を振り向くが、敵は続け様に攻撃を仕掛けて来ていて、俺のすぐ目の前にまで迫っていた。

 俺は爪での一撃を何とか腕当てで受けるが、とっだったので受け流すことはできず、正面から攻撃を受けたことでバランスを崩してしまう。


「グルッ!」

「アオン⁉」


 だが、ここでホーリーホーンドラゴンの幼体がたいろうの尻尾に噛み付いて、敵を怯ませてくれた。


「助かる。はっ!」


 なので、ここはその隙を突いてさらに攻めることにした。

 俺は素早く短剣を抜いて、それを相手の頭に突き刺すと、そのまま毒液を注入する。


どくは入ってくれたな)


 麻痺は効かなかったので、今回は【どくの花】を使って作ったどくを付与できる毒液を使ったが、それによってどくを入れることに成功していた。

 麻痺は入ってくれれば一気に勝負を決められるが、そもそも完全耐性で効かない可能性があるからな。

 完全耐性でなくとも、かなり高い耐性を持っていることが予想されるので、麻痺付与は諦めて毒の付与にシフトしたが、その選択は正解だったと言っても良さそうだった。


「グル――グォッ!」


 たいろうはそのまま反撃して来るかと思ったが、そうはせずに後方に跳んで、ホーリーホーンドラゴンの幼体を跳び越えつつ、こちらから距離を取って来た。


(なるほどな。挟み撃ちか)


 先程までは俺と幼体とでたいろうを挟んでいたが、たいろうは一度下がることで麻痺が解けたけんぞくウルフと共に俺達を挟み込んでいた。


けんぞくは任せた」


 けんぞくウルフは倒してしまって構わないからな。『バレッジブレード』を叩き込みたいことも考えると、俺がたいろうの相手をした方が良さそうなので、ここは一時的に相手を代わることにした。


「っと、これを使っておかないとな」


 それはそうと、たいろうとの戦闘で幼体のHPが減っているからな。回復させられる機会には限りがあるので、すれ違い様に【HP回復ポーション】を振り掛けて、忘れずにHPを回復させておく。


「グォッ、グォッ!」


 と、そのまま接近して攻撃を仕掛けようとした俺だったが、ここでホーリーホーンドラゴンの幼体がこちらを振り向いて警告をして来た。


(またあの攻撃が来るのか?)


 相変わらず予備動作は見られないが、幼体が警告して来ている以上はあの連撃が来ることはほぼ確実だからな。ここはそれに対処する必要がありそうだった。


(とりあえず、距離を取るのは間に合わないな)


 今から離れても攻撃範囲外まで逃れることはできないからな。その選択肢は既に潰されてしまっていた。


(『マテリアルウォール』……もダメか)


 『マテリアルウォール』による壁の展開は間に合うだろうが、壁への攻撃も命中判定になるとすると、連撃を止められないからな。

 一応、プレイヤー以外への攻撃だと連続攻撃のトリガーにはならない可能性も考えられるが、分からない以上はそれも止めておいた方が良さそうだった。


(となると、覚悟を決めて普通に避けるしかないか)


 他に有効な選択肢もないし、回避に成功すれば隙を突いて『バレッジブレード』も叩き込めるだろうからな。

 反撃にも繋がる有効な選択肢でもあるので、ここは覚悟を決めて普通に避けることにした。


「背中は任せた。信じているぞ?」

「グルッ!」


 たいろうの攻撃を避けることに全神経を注ぎたいからな。けんぞくウルフの方を見る余裕はないので、その背中は預けることにした。


(さて、いつ動いて来る?)


 俺は一挙手一投足も見逃さないよう他の全てを断ち切るほどに集中して、たいろうの動きを見極めようとする。


「…………」


 連続攻撃のトリガーが攻撃の命中であると考えられる以上、求められるのは完全な回避。かすることさえ許されない超速の一撃を前に緊張は高まり、一瞬であるはずの時間でさえ長く感じられた。


(――ここだ!)


 だが、その時間もついに破られる瞬間が訪れた。ほんのわずかに腰が下がったことを確認した俺は、即座に『クイックステップ』で後方に跳んで回避を試みる。


(……うまく行ったな)


 直後、すぐ目の前を爪が通過したことで、発生した風が身体全体に圧を掛けるが、それは回避の成功を意味していた。


「引導を渡してやろう。『バレッジブレード』」


 無事に回避に成功したは良いが、その感傷に浸っている時間はない。俺はすぐに右手の手の平をたいろうの頭部に合わせて、そこに向けて『バレッジブレード』による攻撃を叩き込む。


「グル――ォッ!」

「っ⁉」


 その攻撃は狙った通りにクリーンヒットしているのだが、一発当たりの威力が低いせいなのか、敵はほとんど怯むことはなく、攻撃を受けながら強引に反撃となる攻撃を仕掛けて来た。


「ぐっ――⁉」


 俺はとっに体を捻らせるが、想定外の動きをされて反応が遅れたこともあって、回避することまではできなかった。

 たいろうの爪での一撃は俺の体を斜めに切り裂いて、そのHPを一気に削り取る。


「まだ――やれる!」


 だが、回避行動を取ったことで完全な直撃は防げたので、ダメージを抑えて耐えることには成功していた。

 『バレッジブレード』による攻撃も継続することができているので、そのまま残弾を頭部に叩き込んでいく。


(だいぶ削れたが、これでもまだか)


 『バレッジブレード』を叩き込んだことで一気にHPを減らせたが、まだHPはそこそこ残っていて、トドメを刺せる段階にまでは持ち込めていないからな。

 もう一歩ではあるものの、たいろうとの攻防はもう少し続くことになりそうだった。


「ここで終わらせてやる。はっ!」


 けんぞくウルフが復活する前に押し切ってしまうのが理想的な流れだからな。

 もう被弾が許されないほどにHPが削られてしまっているが、防戦に入っても不利になるだけなので、ここは攻めの姿勢を崩さないことにした。

 俺は【氷炎爆弾】をばら撒くことで広範囲を攻撃して、牽制すると共に次の一手を考える。


けんぞくの方はどうなっている?)


 けんぞくウルフが片付いているのであれば、二人で攻められるからな。

 油断はできないが、一瞬様子を見る程度のことならできそうなので、少しそちら側の様子を見てみることにした。


(順調ではあるが、まだ全部は片付いていないか)


 ここで一瞬だけ視線を移して確認してみるが、幼体の方は一体ずつ敵を倒しているようで、順調に数を減らせていた。

 だが、全滅させるにはもう少し時間が掛かりそうだった。


(やはり、一体ずつ相手することができているのが大きいようだな)


 一体ずつ麻痺を入れたことで、順番に麻痺が解除されて行っているからな。

 そのおかげで一体ずつ相手して処理することができているようで、こちらと違って戦況は安定しているようだった。


(まあ順調に行っているだけ良しとするか)


 数で押し込まれている可能性も考えられたからな。優勢なだけありがたいし、そうと分かればこちらのことに集中できるので、このまま俺はたいろうの相手を続けることにした。


「グル――」


 と、ここでたいろうは俺が注意を逸らしたのをチャンスと捉えたのか、【氷炎爆弾】による攻撃を無視して、無理矢理突っ込んで仕掛けて来た。


「っ――! 『マテリアルウォール』!」


 ダメージ覚悟で突っ込んで来るとは思っていなかったので、想定外の動きをされて反応が遅れてしまうが、俺は冷静に『マテリアルウォール』で壁を展開することでそれに対処する。


「グルォッ!」


 それを受けたたいろうはそのまま壁を跳び越えると、俺の頭上を通過して、こちらの三、四メートルほど後方の位置に着地した。


(来るか?)


 俺は振り返りながら短剣を鞘から抜いて、次の攻撃に備えて警戒しながら短剣を構える。


「――グル」


 しかし、たいろうはこちらに振り返りすらせずに、俺のことを無視して向こう側に移動し始めた。


「っ! マズい!」


 たいろうの狙いは俺ではない。ホーリーホーンドラゴンの幼体だ。それに気付いた俺は素早く駆け出して、その後を追う。


(『クイックステップ』が使えないのは痛いな)


 『クイックステップ』は回避のために使ったばかりで、クールタイムがまだ残っているからな。それは使えないので、このまま追うしかなさそうだった。


(間に合うか――?)


 幼体はまだけんぞくウルフの相手をしていて、このままだと挟み撃ちにされるからな。

 そうなると、一気に削られて押し込まれてしまう可能性が高まるので、何としてもそれだけは避けたいところだった。


「グル――」

「させるか!」


 たいろうはある程度近付いたところで攻撃を仕掛けようとしているが、もちろんそれを通す気はない。

 俺は敵に跳び掛かって、そのまま『マテリアルバスター』で生成した大剣を勢い良く振り下ろす。


「――グルォッ!」

「っ⁉」


 だが、大剣を振り下ろし始めたその瞬間、たいろうはこちらを振り返りながら爪での一撃をお見舞いして来た。


「がっ⁉」


 空中で攻撃態勢に入った瞬間という、カウンターを仕掛けるには絶好のタイミングで放たれたその攻撃は俺の横腹にクリーンヒットして、残っていたHPを全て削り取る。


(このタイミングでのカウンターだと……⁉)


 ここでのカウンターは想定していなかったからな。意表を突かれたこともあって、俺は回避行動を取ることすらできていなかった。


(……いや、最初からこれを狙っていた――?)


 吹き飛ばされながらここまでの流れを振り返ってみるが、冷静になって考えてみると、不審な点があったことに気が付いた。


 移動速度はたいろうの方が速いはずなのに、『クイックステップ』も使わずに通常のダッシュで追い付けた。それは何故か?

 答えは単純で、俺が追い付けたのはたいろう速度を落としていたからだ。


 そう、たいろうの狙いは初めから俺だったのだ。

 ホーリーホーンドラゴンの幼体を仕留めるつもりならば、全力で駆け抜けて、俺に干渉される前に仕留めに行っていたはずだからな。その時点で何かあると気付くべきだった。


(まさか、俺の方が厄介でかつ仕留めやすいと理解してのことか――?)


 向こうからすれば、遠距離攻撃ができてからめ手も使える俺の方が厄介だろうからな。

 残りHPも少なく仕留めやすい状態だったので、優先的に倒しに来たという可能性は十分に考えられた。


(それに、リスクも考えている。……いや、流石にそれはたまたまか?)


 幼体へ攻撃するとこちらに背中を晒すことになるし、そのまま自分が挟み撃ちにされるリスクもあるが、速度を落として幼体にあまり近付かないようにしておけば、攻撃を誘っていることを感付かれても対応しやすいからな。

 そういったリスクも考えて、このような動きをしていたとしたら、脅威的な思考能力であると言う他なかった。


 しかし、何となくで根拠はないのだが、流石にそこまで考えていたとは思えないからな。過剰に気にする必要はなさそうだった。


(何にせよ、完全にやられたな)


 冷静さを欠いた結果、向こうの思い通りの展開になってしまったからな。やられたと言う他なかった。


(だが、落ち込んでいる暇はないな)


 たいろうはホーリーホーンドラゴンの幼体を狙って動き始めようとしているからな。

 反省会をしている時間はないので、最後の【劣化蘇生薬】を使って起き上がった俺はすぐに駆け出した。

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