episode268 大狼戦

「とりあえず、適当なタイミングで別れるぞ」


 まだどう動くかは決められていないからな。これまで通りにたいろうの相手をしてもらうために、けんぞくウルフに迫られる前に別れることにする。


「グォッ、グォッ!」


 だが、ここでホーリーホーンドラゴンの幼体は俺の脚を掴んで引っ張ると、たいろうの方を見ながら強く警戒するかのような鳴き声を上げた。


「何だ……?」


 見たところ、何かを知らせようとしているようだからな。あまりけんぞくウルフから目を離すわけには行かないが、重要なことを教えてくれようとしているかもしれないので、少したいろうの様子を確認してみることにした。


(特に変わったところは見られないが、何かあるのか……?)


 俺はたいろうに視線を移して様子を確認してみるが、相変わらず威風堂々と立っているだけで、特に何かがあるようには見えなかった。


(――! 来る!)


 だが、俺の直感がすぐに何かを仕掛けて来ると警鐘を鳴らしていた。

 直感なので根拠はないが、それには強い確信があったので、俺はその直感に従ってその場から素早く跳び退く。


「グルッ!」


 直後、たいろうはすっと腰を落として姿勢を低くすると、目にも留まらぬ速度でこちらに飛び掛かって来た。


「っと――危ないな」


 その爪での一撃は直前まで俺がいた場所をえぐり取るが、間一髪で回避したことで、何とか無事で済んでいた。


「とりあえず、これでも喰らっておけ!」


 このまま下がっても良いのだが、攻撃後の隙を近距離で狙えるまたとない機会だからな。ここは攻めの姿勢を見せることにした。

 俺は右手で鞘から素早く短剣を抜きつつ前方に駆け出して、側面からたいろうの体に短剣を突き刺すと、内部に仕込まれている毒液を注入する。


「ついでにこれもだ!」


 さらに、左手に持った【呪詛の杭】をたいろうの背中に突き刺して、すぐに『クイックステップ』でそこから離脱した。


(麻痺は効いていないが、【呪詛の杭】を打ち込めただけでも十分か)


 【呪詛の杭】を打ち込めたことで、常にたいろうに呪い付与の効果を与えられるからな。毒液による麻痺は入らなかったが、成果は十分と言えそうだった。


(まあそれはさておき、あの攻撃は厄介だな)


 あの攻撃は非常に速く、見てからだと回避が間に合わないほどだからな。来ることに気付けなければ直撃して終わりなので、かなり厄介な攻撃だった。


(そう言えば、超高速の五連撃を使って来るとの情報があったな)


 と、ここで俺はたいろうのことを調べた際に、超高速の五連続攻撃を使って来るとの情報があったことを思い出す。


(確かに速いが、五連撃ではないよな……? 情報とは別の攻撃か?)


 先程は一撃だけで攻撃が終わったし、最初の攻撃も三連撃だったからな。超高速の攻撃であることに違いはないが、情報にあった五連撃とは別物の可能性もあった。


(……いや、待てよ? もしや、攻撃の命中が連続攻撃の条件か?)


 だが、ここで俺は最初の三連撃のことを思い返して、そんな仮説を立てる。

 最初の攻撃も先程の攻撃も攻撃を外したところで終わっているからな。攻撃が命中すると最大五回まで連続で放てる攻撃だとすると、実際に攻撃が途中で終わったこととも、超高速の五連撃を使って来るという情報とも矛盾しないので、その可能性は大いに考えられた。


(であれば、あの攻撃が来るタイミングに合わせて離れるのが一番良いか)


 最初の三連撃のときにはホーリーホーンドラゴンの幼体にも攻撃しようとしていたが、途中で止まって攻撃が届いていなかったからな。

 あの攻撃で移動できる距離には制限があるようなので、しっかりと距離を取れば当たることはなさそうだった。


(だが、タイミングが分からない以上はどうしようもないか……?)


 しかし、あの攻撃は予備動作もなく、いきなり放って来るからな。来るタイミングが分からないと、その対策も通用しないので、今のままだとどうしようもなさそうだった。


(と言うか、幼体は何故あの攻撃が来ると分かったんだ?)


 幼体はわざわざ攻撃が来ることを知らせてくれたわけだからな。何かしらの方法で察知しているのは確実だった。


(もしや、『竜の直感』のおかげか?)


 幼体は【頂点捕食者・ドラゴン】のアビリティで『竜の直感』というスキルを習得していたからな。

 その説明は「竜の直感で様々なことに気付く」という曖昧なものだったが、他に思い当たることもないので、このスキルのおかげで攻撃が来ることに気付いていたと見て良さそうだった。


「――アオオォォーーーン!」

「グルッ!」

「アオン!」


 と、ここでたいろうが遠吠えを上げると、けんぞくウルフ達が【豊穣の種】で展開した樹に向けて一斉に攻撃を始めた。


(この動きは助かるな)


 別に樹は破壊されてしまっても問題ないし、何なら破壊してくれないと次の【豊穣の種】を使えないからな。

 回復を嫌って樹を優先して破壊しに行ったようだが、【豊穣の種】は使い切ることがないであろうほど持って来ているので、こちらとしてはむしろありがたかった。


「では、遠慮なく行かせてもらおう。『妖力解放』、『根源解放』、『衰呪・消失』」


 もちろん、この隙を逃したりはしない。俺はけんぞくウルフが動けない内に『妖力解放』と『根源解放』で自己強化をして、そのまま『衰呪・消失』で攻撃力低下のデバフを狙う。


「グル――!」


 しかし、その攻撃はあっさりと避けられてしまっていた。


(弾速が遅いし、隙を突かないと当てられないか)


 妖術系のスキルは『カースエイム』以外は基本的に弾速が遅いからな。たいろうほどの相手となると、隙を突かない限りは当たりそうもなかった。


(とりあえず、今は目の前のことに集中するとするか)


 それはそうと、樹を破壊し終えたけんぞくウルフ達が迫って来ているからな。今はそちらへの対応に集中することにした。


「グルッ!」

「よっと……」


 俺は最初に跳び掛かって来たけんぞくウルフの攻撃を腕当てで弾いて、そのまま次に来た相手の爪での一撃を短剣で受け流す。


「アオン!」

「グォッ!」

「っ……!」


 だが、後続の攻撃までは捌けそうになかったので、『クイックステップ』で距離を取って仕切り直した。


(七体を同時に相手するのは無理だな……)


 最初は暗闇が付与されていたので何とかなったが、それでもギリギリだったからな。

 こうなることは予想できたが、同時に相手をするのは想像以上に難しく、この調子だとあっという間に押し切られそうだった。


(やはり、どこかで仕掛けるしかないか)


 【呪詛の杭】を使って迂回させることで時間は稼げるが、根本的な解決にはならないからな。

 他の手段で時間を稼ぐにしても、このままではジリ貧になるのは確実なので、どこかで一気に仕掛ける必要がありそうだった。


(狐火を起点にして攻めるか)


 『相伝・狐火』で状態異常や弱体効果を付与して、そこから一気に仕掛けるのが一番良いだろうからな。ここはその方針で進めて行くことにした。


「そうと決まれば、準備をしないとな」


 『相伝・狐火』はキャストタイムが五秒と長いし、たいろうに仕掛ける際にはけんぞくウルフの邪魔が入らないようにしたいからな。

 しっかりとした下準備が必要になるので、早速、仕込みに入ることにした。


(敵のHPをギリギリまで削った上で麻痺を入れる。これで良いな)


 けんぞくウルフは倒しても無限に湧いて来るが、再出現するまでの間はたいろうの相手に集中できるからな。

 ここはその時間と麻痺を使って、たいろうに仕掛ける時間を確保することにした。


「行くぞ。『マテリアルブレード』、『マテリアルバスター』」


 俺は『マテリアルブレード』でけんぞくウルフを攻撃して、敵がある程度接近して来たところで『マテリアルバスター』で大剣を生成する。


「はっ!」

「アオン⁉」


 そして、最初に仕掛けて来たけんぞくウルフに大剣での一撃を叩き込んで、その個体を大きく吹き飛ばした。


「グルッ!」

「おっと、当たらないぞ?」


 続けて後続が攻撃を仕掛けて来るが、捌くことが困難なのは分かっているからな。後続の攻撃は『パワージャンプ』で高く跳躍することで凌ぐ。


「これを……受け取れ!」


 さらに、敵の上を取った俺は【氷炎爆弾】を適量だけ取り出して、それらを落とすことでけんぞくウルフ達を攻撃した。


「アオン⁉」


 けんぞくウルフ達は俺が着地したところで攻撃しようしていたのか、一か所に固まってくれていたので、『マテリアルバスター』で吹き飛ばした一体を除いた全員にダメージを与えることに成功していた。


(良い感じに削れたな)


 その攻撃によって敵のHPはかなり削れて、倒そうと思えば倒せるほどの状態になっていた。


(できればギリギリまで削りたいが、その余裕はないか)


 ギリギリまで削っておくのが理想だが、そこまで余裕があるわけではないからな。さっさと次の段階へと移行することにした。


「はっ!」


 着地した俺は先程の攻撃で怯んでいる隙に一番近くにいた相手に短剣を突き刺して、すかさずに毒液を注入する。


「アオ……ン⁉」


 すると、注入された毒液によってけんぞくウルフは麻痺状態になった。


「まだまだ行くぞ?」


 もちろん、これだけでは終わらない。俺は素早くカートリッジを入れ換えたところで、他の個体にも麻痺を入れていく。


「グルッ!」

「っ……!」


 しかし、複数体を同時に相手取っているので、そう簡単には行かなかった。


(時間がないし、多少のダメージは許容するか)


 だが、麻痺の効果時間には限りがあるからな。回復する余裕はできるはずなので、ダメージを受けてでも素早く麻痺を入れて行くことにした。


「それでも厳しい――が、やるしかないよな」


 けんぞくウルフは攻撃力が高く、攻撃が直撃すると致命傷になりかねないからな。

 多少のダメージは許容すると言ったが、直撃は避けなければならないので、それでも厳しいことには変わりなかった。


「グォッ!」

「――そこだ。はっ!」


 直後、けんぞくウルフが跳び掛かって来るが、俺はそれを体を捻らせることで躱して、すれ違い様に短剣を突き刺して毒液を注入する。


「ガルッ!」

「少しは――待て!」

「アオン⁉」


 そこからさらに別の個体が跳び掛かって来るが、今度は体を捻った勢いそのままに回転して、尻尾で攻撃してその個体を吹き飛ばした。


「ガウッ!」

「グルッ!」


 しかし、攻撃はまだまだ止まず、間髪入れずに後続が攻撃を仕掛けて来る。


(回避は難しい。なら――)


 敵はもう眼前にまで迫っている上に二体が同時に仕掛けて来ているからな。

 まあ回避に全力を出せば避けられないことはないが、そうすると余計に時間を使ってしまうので、ここは多少のダメージを覚悟しつつ反撃をすることにした。


「お前達には――こうだ!」


 俺は右側にいた個体に短剣を突き刺して毒液を注入しつつ、左側にいた個体の攻撃を腕当てで受け流す。


「はっ!」

「ガルッ⁉」


 さらに、少し遅れて仕掛けて来た個体の頭部を無理矢理掴んで、それをそのまま地面に向かって投げ付けた。


「グォッ!」

「まだ――」


 先程、腕当てで攻撃を受け流した個体が再度仕掛けて来るが、それには角を利用した頭突きで対応する。


かすった――が、問題はない)


 爪での一撃を相殺し切れずに少しダメージを受けてしまったが、この程度であれば十分に回復できるからな。

 カートリッジを入れ換える時間は稼げたので、そのダメージも許容範囲内だった。


「はっ! せいっ!」


 麻痺によって動ける個体が減っているので、そこからの展開はあっという間だった。

 俺は敵の攻撃を捌きつつ次々と毒液を注入して行って、そのまま全個体に麻痺を付与することに成功した。


「これで良いな。では――」


 けんぞくウルフの動きを封じることには成功したが、これは下準備に過ぎないからな。すぐに次の行動に移ることにした。

 俺はポーションでHPとMPを回復して、それが済んだところで即座に『相伝・狐火』の詠唱を始める。


「行くぞ。『相伝・狐火』」


 そして、発動準備ができたところで、たいろうに向けて『相伝・狐火』を使用した。

 たいろうの周囲に出現した三つの火の玉はぐるぐると回りながら迫って、着弾と同時に状態異常と弱体効果が付与される。


けんぞくウルフはまだ動けない。なら、このまま行くか)


 けんぞくウルフを倒してから仕掛けようと思っていたのだが、まだ麻痺の時間が残っているからな。

 ここはけんぞくウルフは倒さずにたいろうへの攻撃を始めることにした。


「一気に終わらせてやる。はっ!」


 そして、そのまま俺は『クイックステップ』でたいろうとの距離を詰めて、攻撃を仕掛けた。

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