episode266 大狼戦、開始!

「……来たか」


 それからしばらく待っていると、結界を維持していた尖った骨のような物が消滅して、それと同時に結界が解除された。


「とりあえず、このまま待つぞ」

「グルッ!」


 結界が解けると同時に向こうから近付いて来ているからな。こちらから動く必要もないので、この場で待ち構えることにした。


けんぞくウルフは七体か……。情報にあった数より多いな)


 ここで敵の様子を確認してみるが、情報ではたいろうの取り巻きであるけんぞくウルフは五体とのことだったが、数えてみるとけんぞくウルフは全部で七体いるようだった。


(HPが減ると数が増えると見て間違いなさそうだな)


 これまでにもたいろうの姿は何度か確認しているが、取り巻きのけんぞくウルフの数は例外なく五体だったからな。

 最初は五体だが、HPが減ると数が増えると見て良さそうだった。


「ふむ……ストライクウルフよりも一回り大きいな」


 たいろうの体長は五メートルほどあるらしいからな。改めて見てみるが、やはりストライクウルフよりも一回り大きかった。


「では、俺から行こう。お前は後から来てくれ」

「グルッ!」


 向こうはけんぞくウルフを先に行かせて仕掛けて来ているからな。

 けんぞくウルフは俺が相手する予定なので、それらを引き付けるためにまずは俺から仕掛けることにした。


「……来い!」


 俺は短剣を鞘から抜いて構えると、自分にターゲットを向けさせるために【氷炎爆弾】を投擲して攻撃する。


「ガルッ!」

「アウッ!」


 すると、それを受けてけんぞくウルフ達はターゲットを俺に定めて、こちらに駆け寄って来てくれていた。


(ダメージは与えられていないが、関係ないか)


 【氷炎爆弾】での攻撃は敵の集団の手前に着弾したので、ダメージは与えられなかったが、こちらに引き付けることが目的だからな。

 そもそもの話をすると、倒しても無限に湧き続けるけんぞくウルフにダメージを与える意義も薄いので、初動は完璧と言っても良さそうだった。


「今だ! 『ライトニングフラッシュ』を使ってくれ!」

「グルッ!」


 そして、敵を十分に引き付けたところで、ホーリーホーンドラゴンの幼体に『ライトニングフラッシュ』を使うよう指示すると、その角から強烈な光が放たれた。


「アオン⁉」

「アウッ⁉」


 その光を受けたけんぞくウルフ達は目が眩んで、全員に暗闇が付与される。


(やはり、このスキルは付与率が高いな)


 『ライトニングフラッシュ』は固有のスキルだと思われるので、その正確な特性はまだ分かっていないが、道中での使用で付与率が高いことと、距離が近いほど成功率が高まると思われることは分かっていたからな。

 しっかりと引き付けて使用したことで、狙い通りに全員に暗闇を付与することができていた。


「では、行くぞ!」

「グルッ!」


 邪魔なけんぞくウルフの動きを止めることに成功して、たいろうに攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだからな。ここは二人で接近して仕掛けることにした。

 俺はホーリーホーンドラゴンの幼体と共に駆け出して、たいろうとの距離を詰めていく。


「俺から行こう。『マテリアルブレード』!」


 たいろうの相手は幼体にさせる予定だが、今はけんぞくウルフを無力化している状態だからな。

 今はそちらにターゲットを取らせる必要もないし、時間も惜しいので、ここは先に接近した俺が先制攻撃を仕掛けることにした。

 俺はある程度距離を詰めたところで、『マテリアルブレード』で刃を飛ばしてたいろうを攻撃する。


「……グル!」


 しかし、その攻撃は素早く横に移動することで躱されてしまっていた。


「……行け!」

「グルッ!」


 だが、その攻撃は本命の攻撃ではないし、最初から当たるとも思っていなかったので、避けられたところで何の問題もなかった。

 その直後にホーリーホーンドラゴンの幼体が角に集めた光を上空に向けて放つと、その光がたいろうに向けて降って来る。


「アオン⁉」


 たいろうはその攻撃を避けようと、タイミングを合わせて横っ飛びをするが、必中攻撃なのでそれも無駄だった。

 光はたいろうの動きに合わせて移動して、寸分の狂いもなく身体の中心に直撃する。


(やはり、ホーリーホーンドラゴンの特徴的なスキルとだけあって強いな)


 このスキルは『ホーリージャッジメント』というスキルで、ホーリーホーンドラゴンがいつも開幕で使って来るあのスキルだ。

 クールタイムは少し長めなものの、相変わらず必中な上に威力も高いので、敵が使って来るとなると厄介な攻撃だが、こちらが使えるとなると強力で頼もしいスキルだった。


「では、俺も行くとしよう。『マテリアルバスター』」


 距離も詰められた上に相手は『ホーリージャッジメント』が直撃したことで怯んでいるからな。このまま俺も仕掛けることにした。

 『物質圧縮』を使うほどの時間はないので、『マテリアルバスター』を単体で使って大剣を生成して、そのまま大剣を一気に振り抜く。


「ガルッ!」


 しかし、その一撃はわずかに間に合わず、怯み状態から復帰したたいろうはバックステップで距離を取ることで俺の攻撃を回避した。


「アオオォォーーーン!」


 さらに、後方に下がったたいろうは着地したところで、すぐに遠吠えを上げた。


「ガルッ!」

「アウッ!」


 すると、けんぞくウルフ達が一斉にたいろうの元に集まり始めた。


(集合を掛けたか。面倒だな)


 暗闇を付与して視程を狭めることでけんぞくウルフを無力化していたが、近付かれると普通に攻撃されてしまうからな。

 暗闇の効果時間はまだあるが、それも集合を掛けられては無意味だった。


(ダメージは稼いでおきたいが、どうする?)


 せめて『バレッジブレード』は叩き込みたいところだが、そうするとけんぞくウルフの攻撃を受けてしまう可能性が高まるからな。

 ここからどう動くべきなのかを少し考える必要がありそうだった。


 だが、悠長に考えている時間はない。二、三秒が経過するだけでも戦況は変わってしまうので、刹那の内に判断を下す必要があった。


「――お前はけんぞくを足止めしてくれ」


 俺が取った手段はホーリーホーンドラゴンの幼体にけんぞくウルフを足止めさせて、その間にたいろうに『バレッジブレード』を叩き込むというものだった。

 安全に行くというのも手だったが、時間を掛けるほど事故率が上がるからな。『バレッジブレード』を叩き込む程度の短時間であれば何とかなるはずなので、ここは幼体に取り巻きを足止めさせて、その間に俺がたいろうに攻撃を仕掛けることにした。


「グルッ!」


 指示を受けた幼体はけんぞくウルフの方を振り向くと、そのまま接近して攻撃を仕掛ける。


「さて、やるか」


 そして、けんぞくウルフの相手を任せたところで、俺は『マテリアルバスター』で生成した大剣を持ったままたいろうとの距離を詰めた。


「…………」


 それに対してたいろうは威風堂々と構えていて、その場から動かずに俺を迎撃するつもりのようだった。


「はっ――」


 そのまま接近した俺は大剣を後方に引いて構えて、一気に振り抜いて攻撃しようとする。


「――グル」

「っ⁉」


 しかし、たいろうはその瞬間を狙って目にも留まらぬ速度で俺との距離を詰めると、そのまま爪での刺突で攻撃を仕掛けて来た。


「がはっ⁉」


 想定を遥かに超える速度で放たれた一撃は回避行動を取る間もなく腹にクリーンヒットして、それを受けた俺は吹き飛ばされてしまう。


「まだ――」

「グル――」

「っ!」


 吹き飛ばされた俺は空中で体勢を立て直そうとするが、気付くとたいろうが目の前にいて、その前足を俺に向けて振り下ろして来ていた。


(速い――)


 俺はその攻撃を何とか腕当てで受けようとするが、既に放たれている攻撃を防ぐことなどできるはずもなかった。

 そのままその攻撃に直撃した俺はHPがゼロになって、あっさりと倒されてしまう。


「グル――」


 しかも、たいろうの攻撃はそれだけでは終わらない。俺を倒したたいろうはそのままホーリーホーンドラゴンの幼体に目にも留まらぬ速度で接近すると、爪での斬撃攻撃を仕掛ける。


(届かなかった――?)


 しかし、たいろうは何故か二メートルほど手前で止まってくれたので、その攻撃が届くことはなく、爪での一撃は空を切った。


(……油断したな)


 一瞬の隙を突いた連続攻撃。それによって瞬殺されてしまって、戦況は一気に傾いてしまっていた。


(やはり、焦って仕掛けたのは――いや、それは後で良い)


 失敗に対する分析は重要なことではあるが、今はそんなことを考えている場合ではないからな。

 今すべきことはホーリーホーンドラゴンの幼体への攻撃を阻止することなので、そこで思考を切り上げて、すぐに動くことにした。


「まだ――終わっていないぞ!」


 そして、【劣化蘇生薬】で自己蘇生した俺はたいろうの動きを止めようと、『クイックステップ』を使って素早く駆け出した。

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