episode264 試練攻略の方針

「……ここまで来れば大丈夫か」


 それから走り続けて戦闘から離脱した俺達は、ランページティラノの姿が完全に確認できなくなったところで休憩に入った。


「……大丈夫だったか?」


 安全が確認できたところで、俺はホーリーホーンドラゴンの幼体のHPを回復させるためにポーションを取り出す。


(そんなにHPは減っていないな)


 ここで改めて幼体のHPを確認してみるが、思っていたほどHPは減っていなかった。


(ステータスが高いだけはあるな)


 ランページティラノは攻撃力が高いので、俺やリッカだと当たりどころが悪いと即死する可能性もあるほどなのだが、俺達とは防御面のステータスが全然違うからな。

 俺達の倍近いHPに加えて高い防御力があるので、余裕を持って攻撃を受けることができていた。


「今から回復させる。このままじっとしていてくれ」

「グルッ!」


 俺は【HP回復ポーション】を幼体に振り掛けて、そのHPを回復させていく。


「俺も回復しておくか」


 腕当てを噛ませたので、あまりダメージは受けていないが、全回復した状態は維持しておきたいからな。

 幼体のHPを回復させ終わったところで、今度は自分のHPを回復していく。


「……これで良いな。話したいことはあるが、とりあえず、移動するぞ」


 少し話をしたいところだったが、時間を掛けるほどホーリーホーンドラゴンやたいろうに遭遇する可能性が高まるからな。

 できる限り早く終わらせたいし、話は歩きながらでもできるので、ひとまず、移動し始めることにした。


「このまま付いて来てくれ」

「グルッ!」


 無事に回復を済ませたところで、俺達は目的地である洞窟に向けて歩いて移動し始める。


「……それで、何故、俺の指示を無視して前に出たんだ?」


 そして、移動を始めたところで、早速、話を切り出した。

 話というのは俺の指示を無視して動いたことについてだ。こちらは指示を守ってくれることを前提に進めていて、それが崩れると戦略に支障が出るからな。ひとまず、指示を無視した理由を聞いてみることにする。


「グルル……」

「って、聞いても明確な答えは得られないか……」


 だが、言語を話せないモンスターに聞いたところで、はっきりした答えを得られるはずもなく、返って来たのは鳴き声だけだった。


(やはり、こちらで意図を察するしかないか)


 言語を話すことができない以上、直接答えを得ることはできないからな。鳴き声などから察するしか方法はなさそうだった。


「聞くが、俺のことを助けてくれたのか?」

「グルッ!」


 俺がそう尋ねると、ホーリーホーンドラゴンの幼体は嬉しそうに答える。


「それはありがたいのだが、俺のことは良いので、指示に従って動いてくれないか?」

「グル?」

「こちらは指示に従ってくれることを前提に動いているので、それを崩されると困る。それは分かるか?」


 きっちりと説明しておく必要がありそうだからな。時間はあるので、俺は丁寧に説明していく。


「グルル?」

「今回はうまく行ったが、毎回都合良く行くとは限らないし、そうなったときに困るのは俺達だ」


 今回は暗闇が付与されたので何とかなったが、毎回そううまく行くとは限らないからな。

 想定外の動きをされるとリカバーも難しいので、指示には従ってもらいたいところだった。


「分かってくれるか?」

「グルゥ……」

「……そんなに落ち込まないでくれるか?」


 そう落ち込まれるとこちらが悪い気がして来るからな。そんな悲しそうな目で見られると、困りものだった。


「お前が俺のためを思ってくれたのは分かる。だが、それはこちらも同じだ」


 ここで俺は立ち止まって幼体と向き合うと、目線の高さを合わせて優しく語り掛ける。


「分かったか?」

「グルゥ……」


 そして、指示通りに動くよう言い聞かせるが、それには納得してくれていないようだった。


「……そんなに俺の力になりたいのか?」

「グルッ!」


 そう尋ねると、先程までの暗い表情が一転して、嬉しそうな表情で鳴き声を上げる。


(……やはり、その辺のモンスターとは違って、明確な意思があるな)


 普通の敵モンスターは基本的には組み込まれたプログラムに沿って動くだけで、確かな意思は持っていないことがほとんどだ。

 だが、この幼体はそうではないからな。それを無視しては隷属の強要になるので、こちらの都合でそれを切り捨てるわけにも行かなかった。


「……分かった。お前の意思を尊重するとしよう」


 なので、ここは幼体の希望をちゃんと受け入れることにした。


「悪かったな。こちらの都合ばかり押し付けようとして」

「グルル!」

「では、これからは共に戦うとしよう」

「グルッ!」


 そして、決意と共に手を差し伸べると、幼体はそこにポンと手を置いて、その確かな意思を示した。


「とりあえず、移動を再開するか」

「グルッ!」


 少々立ち止まってしまっていたからな。話は歩きながらでもできるので、そろそろ移動を再開することにした。


(やはり、テイムモンスターになるとAIが変わるのか? それとも、この個体が特別なのか?)


 俺がテイムしたことがあるモンスターはタイニーフェニックスだけで、テイムモンスターに関しての知識があまりないからな。その判断が付かなかった。


(まあそれは後で考えれば良いか)


 だが、それは今考えることではないからな。その話は一旦置いておくことにした。


「……さて、ここからは基本的に逃げずに戦うことにするとしよう」


 移動を再開したところで、早速これからのことについて話し始める。


「だが、暗闇の付与に成功した場合はその戦闘から離脱する。それで良いか?」


 見たところ、ホーリーホーンドラゴンの幼体の希望は敵と戦うことではなく、ただ守られるだけになるのが嫌ということのようだからな。

 二人で安全に離脱できる状況で逃げるのであれば大丈夫だと思われるので、暗闇の付与に成功した場合は逃げることを提案してみる。


「グルッ!」


 すると、その提案にはあっさりと合意してくれた。


「となると、俺の『封光・暗転』とお前の『ライトニングフラッシュ』をうまく使いたいところだな」


 暗闇を付与できる攻撃はこの二つになるからな。逃げた方が消耗が少なくて済むので、暗闇はうまく活用して行きたいところだった。


「それと、こちらの指示にはできる限り従って欲しい。もちろん、お前だけに逃げろとは言わない。戦うときも逃げるときも一緒だ」

「グルッ!」

「まあこんなところか。では、このまま敵に気を付けつつ行くか」


 今後の方針はこれで良さそうだからな。話すべきことを終えた俺達は移動ペースを上げて、先を急いだのだった。



  ◇  ◇  ◇



 上空で待機しているアドラとリッカは攻略を進めるシャム達の様子をのんびりと見守っていた。


「……順調なようじゃな」

「……うん」


 シャムはホーリーホーンドラゴンの幼体と一緒に戦うようにしたようだが、それからの戦いは好調で、時折危ない場面はあるものの、試練の攻略は順調そのものだった。


「まあこうでなくてはな」


 だが、この程度はできて当然で、こうでなければ試練の突破など到底できないと、特別評価するようなことはなかった。


「それにしても、随分と息が合っておるの」

「……うん」


 また、あの幼体とは出会ったばかりのはずだが、かなり息が合っているように見えた。


「これなら行ける……?」

「そうじゃの」


 この調子であれば攻略は余裕で、あっさりと試練を突破できてしまいそうだった。


「……少し気が変わった。わらわは先に行く。其方そなたはこれまで通りにシャムの様子を見ながらのんびりしているがい」


 しかし、ここでアドラはそう言って翼を大きく広げると、そのまま洞窟の方に向けて飛び去って行ってしまった。


「…………」


 その場に一人残されたリッカはアドラの向かった先を見つめるが、既にその姿は見えなくなりそうで、その意図を探っても意味がないことを悟った時点で視線をシャムに戻す。


「……頑張って」


 そして、更なる試練が待ち受けることになることを察した彼女は、応援の意を込めてそう呟いた。

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