episode260 ホーリーホーンドラゴンとの戦い
「『妖力変換』、『
先に動いたのはリッカだった。彼女は敵が動いて来ない内に、倒されたことで解除されてしまったバフを掛け直していく。
「グルォッ!」
だが、ホーリーホーンドラゴンがその隙を見逃すはずがなく、一つだけ魔法陣を展開すると、そこから素早く光属性のビームを放った。
「――当たらない」
しかし、相手の動きもしっかりと見ているので、いくら速くともそれに当たるようなことはなかった。
リッカは顔色一つ変えずに体を捻るだけでそれを躱すと、すぐに『クイックステップ』で敵との距離を詰める。
「グルッ!」
「っ!」
それに対してホーリーホーンドラゴンは頭上に複数の魔法陣を横一直線に並べて展開すると、そこから一斉に光属性のビームを放って、ビームによる壁を形成した。
「なら――『抜刀風刃』」
リッカはこれでは近付けないので、仕方なく止まって『抜刀風刃』で風の刃を飛ばして攻撃するが、その攻撃はビームに当たったことで打ち消されてしまう。
「グォッ!」
ビームはその後すぐに消えるが、それと同時にホーリーホーンドラゴンは構えておいた光属性のブレスを放った。
「っ!」
それに対してリッカは素早く射程外まで後退することでそれを回避した。
(動きを変えた?)
これまでは当てるために魔法を放っていたが、闇雲に撃っても当たらないことが分かったからなのか、明らかに魔法の使い方が変化していた。
(やっぱり、学習してる――?)
この変化は発狂状態に入ったことによる行動パターンの変化とは明らかに異なり、見たところ、これまでの戦いで学習して戦術を切り替えているようだった。
(これは面倒)
接近を封じられてはまともなダメージを与えられないし、『抜刀風刃』すら通らないとなると、完封状態も同然だった。
(どうすべき?)
仕切り直しとなったところで、リッカはここからの方策を考え始める。
(まずは接近しないと話にならない)
一応『抜刀風刃』という遠距離攻撃手段があるので、近付かずとも攻撃はできるが、威力が低い上に連発できないことを考えると、それでは大した火力を出すことができない。
そのため、火力を出すためには接近しなければならず、遠距離攻撃という択はあってないようなものだった。
(でも、バフが切れた分、速度も落ちてる)
なので、何とか接近戦に持ち込みたいところだったが、一度戦闘不能になったことで『ブラックテンペスト』などの段階性の効果がリセットされてしまっていて、それによって火力も速度も先程より下がった状態になっているので、接近戦に持ち込むのがより難しくなっていた。
(向こうにはMPの制限がない可能性が高いし、長期戦は論外)
また、雑魚敵に関してはMP切れが起こることが確認されているが、今のところボスクラスのモンスターのMP切れは確認されておらず、MPは膨大な値か無限に設定されている可能性が高かった。
そのため、長期戦になると消耗するのはこちらだけになるので、どこかで一気に削りたいところだった。
(かと言って、接近しようにもあのビームは打ち消せない)
まずは接近したいところだったが、あの魔法によるビームを打ち消す手段を持っていない以上、ビームの壁を突っ切っての突破は不可能だった。
「なら――」
そこまで考えた上でリッカが取った行動は「待ち」だった。
こちらから仕掛けても防がれるのであれば、向こうから動いて来るのを待って、その動きの隙を突く。それが彼女の考えだった。
(どう来る?)
彼女は居合の構えを取ったままその場に
「グルル……」
しかし、ホーリーホーンドラゴンも動こうとはせず、互いに睨み合う状況が続いていた。
(やっぱり、動かない……?)
あの魔法を当てるために使わせられれば突破できそうではあるが、逆に言うと防御に使われると突破が難しかった。
そして、そのことは向こうも理解しているのか、自分から動こうとはしていなかった。
「グルッ!」
だが、そう思ったそのとき、ホーリーホーンドラゴンは一つだけ魔法陣を展開すると、そこから光属性のビームを放って攻撃して来た。
「――遅い」
リッカはそれをサッと横に移動して回避すると、隙あらば仕掛けると言わんばかりに足を踏み込む。
しかし、攻撃を仕掛けられるほどの隙はないので、動くことはできなかった。
(隙を作らない程度に攻撃するつもり……?)
どうやら、防御に使えるよう構えつつ攻撃して来るつもりのようで、これでは一方的に攻撃されるだけになりそうだった。
「……いや、行ける」
だが、リッカはその攻撃を見て一つの突破口を見出した。
「グルッ!」
「っと……」
しかし、そのためには下準備が必要なので、すぐに攻めに転じることはできなかった。
リッカはひたすらに攻撃を躱し続けて、少しずつ
「グルッ!」
「当たらない――っ!」
それから敵の攻撃を回避し続けるリッカだったが、後方に下がって回避したところで、尻尾に何かが当たったことに気が付いた彼女は一瞬だけ後方に視線を移す。
(岩山の
確認してみると、自分が現在いる場所は岩山の少し
「グルルォォーーーッ!」
当然、その絶好のチャンスを逃すはずもなく、ホーリーホーンドラゴンはすぐに大量の魔法陣を展開した。
(やっぱり、ここまで誘導してた――)
ここで相手の様子を見てみると、今更気付いても遅い、ようやく追い詰めたと、勝ち誇った様子を見せていた。
そう、ホーリーホーンドラゴンは適当に攻撃していたわけではない。
「――追い詰めたと思った?」
「ッ⁉」
だが、ここでリッカは素早く前方に駆け出すと、さらに加速して一気に敵との距離を詰め始めた。
その直後にホーリーホーンドラゴンの魔法攻撃が炸裂するが、これまでにないほどの速度で移動したリッカは既にその攻撃範囲から逃れていた。
「もう遅い――」
今更、気付いてももう遅い。彼女はそう言わんばかりに一気に距離を詰めていく。
そう、ホーリーホーンドラゴンは彼女を誘導していたのではない。
リッカは相手にそう動くように誘導して、うまく行っているように見せ掛けることで油断させて、追い詰められたように演じることで大技を誘発させていた。
そして、それをこれまでに見せていない手札を切ることで回避して、その隙を突くことに成功していた。
ちなみに、その「見せていない手札」というのは『抜刀神速』と『クイックステップ』を組み合わせた高速移動方法だ。
リッカは『抜刀神速』を発動してダッシュした直後にキャンセルして、そこからすかさず『クイックステップ』を使うことで、更なる加速を実現していた。
(これなら十分)
この方法であれば、ビームによる壁を展開される前に突破することも狙えたが、リッカは
何故わざわざそうしたのかと言うと、切った手札で最大限の効果を得るためだ。ビームによる壁を展開される前に突破する方法だと、相手に大したリソースを吐かせられないので、ここまで引っ張って大技を使わせた上でそれを回避することで、大きな隙を作っていた。
「これが駆け引き。分かった?」
思考能力が高い敵。それは普通に考えれば、思考能力が低い敵よりも厄介になるだろう。
だが、思考能力が高いからこそ取れる戦術もあった。
その戦術の一つが思考能力が高いが故の隙を突くというものだ。
思考能力が高い方が隙が少ないと思うかもしれないし、実際それは正解なのだが、そういう意味ではない。思考能力が高いが故に思考能力が低い敵では起こり得ない隙の生まれ方があるということだ。
この話はもしもホーリーホーンドラゴンの思考能力が低かったらと考えると分かりやすい。
ホーリーホーンドラゴンの思考能力が低ければ、このように追い詰めるようなことはしなかっただろうし、ここが勝負所だと判断して大技を使うこともできていなかっただろう。
つまり、大技を誘発して隙を作ることができたのは思考能力の高さ故だった。
思考能力が高い、だからこそ駆け引きができると。駆け引きができる、だからこそ思考の隙を突けると、リッカは敵の思考能力の高さを逆手に取って隙を突くことに成功していた。
「これで――終わりにする」
そして、隙を突いて接近したリッカはそのまま最後の攻防を仕掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます