episode259 ホーリーホーンドラゴンとの戦闘

「はっ!」


 リッカは先に仕掛けると言わんばかりに接近すると、居合の構えを取ったまま敵の動きに備える。


「グルル……」


 もちろん、ホーリーホーンドラゴンもそれを黙って見てはいない。すぐに爪を構えて、迎撃する態勢を取る。


「グルォッ!」

「ふっ――」


 ホーリーホーンドラゴンは少し早めに爪を振り下ろして仕掛けるが、リッカはそれを跳んで躱すと、そのまま振り下ろされた相手の腕に着地する。

 そして、そこから再度跳躍すると、一気に敵の頭部に迫った。


「グルァッ!」


 それに対してのホーリーホーンドラゴンの回答は噛み付きによる攻撃だった。ホーリーホーンドラゴンは大きく口を開けて頭を振り下ろすと、そのままリッカにがぶりと噛み付く。


「――甘い」


 だが、その程度であればリッカとって回避は容易なことだった。彼女はすぐに居合の構えを解くと、鞘に入ったままの予備の刀を取り出して、それを右手で前腕に沿うように持つ。

 そして、噛み付かれる瞬間に靴に仕込まれた術式機構を起動して、少し左にずれることで攻撃を回避すると、刀を腕当て代わりにして牙の上を滑らせた。


「はっ!」

「グォッ⁉」


 そのまま後方に回り込んだ彼女は敵の翼を掴んで止まると、予備の刀を手放してから居合斬りによる一撃を叩き込む。


「もう一発――」


 さらに、抜刀攻撃からの連続攻撃で追撃すると、反撃を受ける前に敵から離れて距離を取った。


「グルォッ!」


 だが、敵から距離を取って仕切り直したのも束の間、今度はホーリーホーンドラゴンの方から攻撃を仕掛けて来た。

 ホーリーホーンドラゴンは爪に黒いオーラをまとわせつつ、自身の後方に大量の魔法陣を展開すると、そこから光魔法によるビームを放って、それと同時にリッカに接近し始める。


「――狙いが甘すぎ」


 それに対して、リッカは体を捻るだけという必要最低限の動きで簡単に躱してみせると、居合の構えを取って敵の動きに備えた。


(……?)


 しかし、ここでリッカは直感的な謎の違和感を覚えた。


(狙いが甘い――? 違う、!)


 だが、違和感の正体にはすぐに気付くことができた。

 そう、先程の攻撃は狙いが甘かったから簡単に避けられたのではない。|から簡単に避けられたのだ。


(回避場所はないし、


 ここで周囲の状況を確認してみるが、光魔法によるビームはほとんど隙間ができないように放たれていて、人が通れるほどの隙間はどこにもなかった。

 そのため、移動して回避するという選択肢を完全に潰されてしまっていた。

 さらに、口からはブレスが溢れ掛けていて、爪で攻撃するように見せ掛けて、ブレス攻撃をして来ようとしていることも見て取れた。


(全部、確実に攻撃を当てるための罠――)


 その確認の時間は刹那と呼べるほどの短時間ではあったが、められたという事実に気付いているのであれば、自分の置かれた状況を理解するには十分だった。


 「魔法攻撃で逃げ場のない場所に誘導して、『見切り』で弾けないブレス攻撃で確実に仕留める」。


 ――それが敵の狙いで、既にその術中にまっていることに気付くのに時間は必要なかった。


(まさか、「知能が高い」ことはAIのレベルに関係してた――?)


 図書館にあった本からの情報でドラゴンの知能が高いことは知っていた。

 だが、それはあくまでも設定上のもので、特に意味のないフレーバーテキストだと思っていた。

 しかし、今のこの状況がそれが単なるフレーバーテキストではなかったことを示していた。


(NPC以外でここまで賢いのは予想外)


 もちろん、ネームドのNPCの思考能力が高いことはこれまでの交流を通して分かっている。

 そのため、理論上はそのレベルの思考をモンスターに行わせることも可能なことも分かっていた。

 だが、モンスターによって多少の思考能力の差はあれど、ネームドのNPCクラスの思考能力を持つモンスターは見たことがなかったので、これだけの思考能力を持っていたというのは完全に想定外だった。


(いや、たまたまの可能性もある)


 最適な回避を行うからこそ誘導が容易に行えると、爪で攻撃すると見せ掛ければ、その絶対の自信で以て『見切り』で弾くことを狙って来ると、そこまで読んでのことかは分からない。

 もし、そこまで読んでのことだとすると、戦慄すら覚えそうなほどだった。

 しかし、それはあくまでも予想の範疇を出ず、確定しているのは誘導されたということだけなので、結論を出すにはまだ早かった。


(けど、今は関係ない)


 だが、重要なのはこの状況に陥っているという事実であって、今考えるべきはここからどう動くかなので、その思考はここで切り上げることにした。


(不利な状況には追い込まれたけど、まだ詰んではない)


 確実に不利な状況ではあるが、罠に掛かったことに気付くことはできたので、ここから抗うことは十分に可能だった。


(ここはやっぱり――)


 しかし、じっくりと考えている時間はないので、すぐに行動に移った。

 リッカは二本の刀をそれぞれの手で前腕に沿うようにして持つと、左方向に駆け出す。


「――ここ」


 そして、刀を腕当て代わりにして、ビームを防ぐようにしながら一番大きい隙間に向けて飛び込んだ。


「ぐっ……」


 刀で防いだとは言え、かすめたことでダメージは受けてしまったが、ダメージを軽減することはできたので、何とか倒されずに脱出することができていた。


(まだ――)


 だが、これで危機を脱したわけではない。閉鎖空間からの脱出には成功したが、ブレス攻撃が来ることに変わりはないので、それにも対処する必要があった。


「グルォッ!」


 リッカが閉鎖空間を脱出した直後、ホーリーホーンドラゴンの口からキラキラと輝く白い光属性のブレスが放たれる。


「くっ――」


 飛び込むようにして脱出した直後なので、まだ体勢も整っていない状態だが、避けられなければ終わりなので、彼女には無理にでも避ける以外の選択肢はなかった。

 リッカは上体を起こしてからすぐに跳躍して、横薙ぎに放たれたブレスを何とか回避する。


「グォッ!」

「っ!」


 しかし、ホーリーホーンドラゴンの攻撃はそれだけでは終わらず、光をまとって一瞬で距離を詰めると、空中にいるリッカに爪での攻撃で追撃を仕掛けようとしていた。


(発狂後に使って来るステップ系スキル――)


 もちろん、一瞬で距離を詰めて来たのは素の敏捷によるものではなく、HPが半分以下になると使って来るようになる、ステップ系だと思われるスキルによるものだ。

 情報がほとんどないので、このスキルの正体までは分かっていないが、『クイックステップ』などとは比べ物にならないぐらいに移動速度が速いことだけは分かっている。


(まだ間に合う)


 距離を詰められはしたが、跳躍すると同時に納刀の動作に入っていたので、抜刀攻撃を当てて『見切り』の発動を狙うことは十分に可能だった。

 リッカは右手に持った予備の刀を手放すと、そのまま納刀した妖刀に右手を据える。


「はっ!」


 そして、すぐに爪での攻撃に合わせて抜刀攻撃を放った。


「っ⁉」


 しかし、タイミングがズレた上に敵の攻撃の芯を捉えることに失敗して、『見切り』の発動に失敗してしまっていた。

 その結果、リッカの攻撃は敵の爪の上を滑って、ホーリーホーンドラゴンの攻撃がほとんどそのまま通ってしまう。


「がっ……」


 そして、そのまま攻撃に直撃したリッカは大ダメージを受けて、HPがゼロになってしまった。

 攻撃を受けた彼女は山なりの軌道を描いて吹き飛んで、力なく落下して地面に叩き付けられる。


(やっぱり、あの状況からは無理だった……?)


 攻撃が来るまでに猶予がない上に体勢も崩れた万全ではない状態。その状態で発動タイミングがシビアで、万全の状態でも発動が難しい『見切り』の発動を狙うのは無理があると言えばそうだった。


(いや、違う。焦った。完全なミス)


 しかし、リッカはそうではないとすぐにそれを否定した。

 確かに、普通のプレイヤーにとっては『見切り』は狙って発動させること自体が難しいスキルなので、その言い訳も通用する。

 だが、自分にとってはそうではなく、万全な状態なら失敗しないし、あの状態からでも十分に狙える範囲だったと言えた。


 結局のところ、失敗した原因は追い詰められた状況による焦りが生んだわずかなズレだった。

 つまり、完全な自分のミス。それが彼女の出した結論だった。


「すぅ……」


 リッカは寝そべったまま深呼吸をして、精神を落ち着かせていく。


「……もう大丈夫」


 そして、十分に落ち着いたところで、『魂の代償』の蘇生効果を発動して起き上がった。


「まだ終わってない」

「……グル?」


 ホーリーホーンドラゴンはこれで終わったと思っていたからなのか、少し驚いた様子を見せるが、それも一瞬だけだった。

 敵がまだ沈黙していないと知ったホーリーホーンドラゴンはすぐに構えて、警戒態勢を取る。


「次で終わらせる」


 リッカはそう言いつつ【MP回復ポーション】を取り出すと、それを一気に飲み干してMPを回復させる。


「もう失敗はしない」

「グルルル……」


 そして、リッカも相手に呼応するように構えると、そこから最後の攻防が始まった。

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