episode255 試練の内容

 それから飛行して移動した俺達はあっさりと目的地に辿り着くことができていた。


「ふぅ……空を飛べると楽だな」


 空を飛べば地形を無視できるし、移動速度も速いからな。歩きとは大違いだった。


「……敵とも戦わずに済んだ」

「それはアドラ様のおかげだろう?」


 空を飛んでいても敵とは遭遇したが、アドラが睨むと逃げて行ったからな。戦闘を回避できたのは彼女のおかげなので、空を飛べたというだけが理由ではない。


「まあそれはさておき、ここで何をするんだ?」

「まずリッカにはホーリーホーンドラゴンを単独で討伐してもらおう」

「やはり、そう来たか」


 この展開は予想できたことだからな。それ自体には特に驚きはなかった。


「だが、あの攻撃を考えると無理がないか?」


 しかし、ホーリーホーンドラゴンは必中攻撃を持っている上に、その攻撃は使用可能な状態であれば必ず使用して来るようだからな。

 その攻撃はリッカの耐久力だと耐えられないので、普通に考えて攻略は不可能なように思えた。


「そう言うと思って、角は折ってある」

「ふむ……それなら何とかなるか」


 あの必中攻撃は角を破壊すると使って来なくなるからな。事前に角を壊してくれているのであれば、何とか攻略はできそうだった。


「じゃが、その代わりにひずみの影響を受けた、強い個体と戦ってもらうぞ?」

ひずみ個体か……。そう言えば、最初にこのエリアに来たときに出会ったな」


 最初に強者の闘争平原を訪れたときにはそのホーリーホーンドラゴンにやられたからな。

 ひずみ個体の出現率を考えると、同一個体である可能性が高いので、再戦ということになりそうだった。


「そういうことになるらしいが、大丈夫か?」

「……もちろん」

「そうか。それで、俺への試練はどうなるんだ?」


 リッカへの試練の内容は分かったが、俺への試練の内容の方はまだだからな。このままそちらについても聞いてみることにする。


其方そなたへの試練はリッカへの試練が終わってからじゃ。一度に二人は見れんからな」

「む、そうか」


 だが、二人分の試練を同時に進行することはできないとのことで、まだ俺への試練の内容は教えてくれそうになかった。


「とりあえず、リッカへの試練を先に行うことは分かったが、肝心な相手はどこにいるんだ?」


 周囲を見渡しても、ホーリーホーンドラゴンの姿は確認できないからな。こちらには居場所が分からないので、どこにいるのかを確認してみる。


「そこの洞穴が見えるかの?」

「ああ。……もしや、これが巣穴か?」

「そうじゃ」


 どうやら、目の前にあるこの洞穴がホーリーホーンドラゴンの巣穴だったようで、ここにリッカへの試練の相手がいるらしい。


「リッカ、準備は良いか?」

「……うん」


 確認を取ってみるが、リッカは心の準備も含めて準備万端のようで、アドラに向けていつでも行けると言わんばかりに視線を送っていた。


「やる気を出しておるところに水を差して悪いが、今は留守のようじゃぞ?」


 しかし、今はホーリーホーンドラゴンは巣穴にいないようで、今すぐに挑戦というわけには行かないようだった。


「む、そうか」

「いずれ戻ってくれるはずじゃ。それまで待つがい」

「分かった。では、洞穴内で休んでおくか」


 ここにいると敵に見付かる可能性があるからな。ここは洞穴内に移動して、そちらで待つことにした。


「……む?」


 そのまま移動しようとした俺だったが、洞穴内を覗いたところで、そこにいたその存在に気が付いた。


「あれは……ホーリーホーンドラゴンの幼体か?」


 そこにいたのは体長が一メートルほどのホーリーホーンドラゴンの幼体だった。幼体ではあるが、その特徴的な角は健在で、白い鱗は若々しく輝いている。


「ガルルル……」


 こちらのことを確認したその幼体は低い声を鳴らして警戒していて、これ以上近付くと跳び掛かって来そうな気概を見せていた。


「幼体を残すとは随分と不用心だな。アドラ様、ホーリーホーンドラゴンは子供を置いて巣を空けるような習性でもあるのか?」

「いや、そんなことはないぞ? 普通はな」

「まあそうだよな……。もしや、ひずみ化の影響か?」


 通常と異なる点は何かと言われて真っ先に思い付くのはひずみ化だが、それが原因であると確定したわけではないからな。

 ここはとりあえず、アドラにどうなのかを聞いてみることにする。


「恐らくそうじゃろうな。ひずみ化すると破壊衝動に駆られることが多いからの。そちらを優先して動いた結果じゃと思うぞ?」

「ふむ、そうだったか」


 ひずみ化すると狂暴になって強化されるという話は聞いていたが、どうやら、それは破壊衝動に駆られることが原因だったらしい。


「グルルル……」

「相変わらず警戒されているな……」


 ここで改めてホーリーホーンドラゴンの幼体の様子を確認してみるが、相変わらず低い声を鳴らしてこちらのことを警戒していた。


(……む? HPが減っている……?)


 と、ここでどうすべきかを考えるべく相手の状態を確認してみると、幼体は何故かHPが減った状態になっていた。


(警戒しているのは間違いないが、それと同時に怯えてもいる……?)


 確実なことは言えないが、何となく腰が引けているように感じるからな。俺にはそれが怯えているように見えた。


(もしや、育児放棄に留まらず、虐待されているのか?)


 HPが減っていることを考えると、どこかで攻撃を受けたのはほぼ間違いないからな。その可能性は十分に考えられた。


 もちろん、外で攻撃を受けて巣に戻って休んでいるという可能性も考えられはするが、そうだとしても親のホーリーホーンドラゴンは傷付いた子供を放置してどこかに行っているわけだからな。

 少なくとも、育児放棄をしていることは確実と言えそうだった。


(……いや、虐待をするつもりはなかったが、破壊衝動がそれを上回ったという可能性も考えられるか)


 そう思ったのだが、抑えきれない破壊衝動から子供を守るために巣を去ったという可能性もあるからな。育児放棄や虐待をしていると決め付けるのは良くなさそうだった。


(だが、どうであれ放っておけばいずれ力尽きるのは確実か)


 しかし、何にせよこの幼体が一人で生きて行けるとは思えないからな。放っておけばその内倒れてしまうのは確実だった。


「……アドラ様、この幼体を保護してやることはできないのか?」

「何じゃ? 不憫にでも思ったのか?」

「まあそんなところだな」


 これを見て何も思わないほど薄情ではないからな。アドラに何とかできないか聞いてみる。


「そうか。じゃが、わらわは何もするつもりはないぞ? 自然界では弱者が食われるなぞ良くあることじゃし、それを見掛けるたびに保護などしておったら、敷地がいくらあっても足りんしな」

「それはまあ……そうだな」


 自然の摂理と言ってしまえばそれまでだからな。アドラはそれに介入する気はないようなので、彼女に頼ることはできなさそうだった。


「尤も、アレの存在は人災のようなものじゃし、ひずみ化に関しては自然の摂理とは言えぬかもしれんがな」

「……アレ? もしかして、しんのことか?」


 ひずみ化に関係のある存在と言えば、やはりしんになるからな。何か新たな情報が得られるかもしれないので、このまま詳しく聞いてみることにする。


「……其方そなたらが気にするようなことではない。どうせできることなどなかろう?」

「それはそうかもしれないが、それでも知りたいと思うのは悪いことか?」

「別にそうではないが、そうじゃの……。アレに対抗できるほどにまで成長すれば、話すことを考えてやらんでもないぞ?」

「分かった。精進するとしよう」


 新情報に期待して聞き出そうとしてみるが、やはり現段階では話してくれそうにないからな。これ以上聞き出そうとしても無駄なので、その話はここまでにすることにした。


「それで、其方そなたはその幼体をどうするつもりなのじゃ?」

「できれば保護したいと思っているな」

「ほう? 普段は素材のために狩りをしているにも関わらず、その幼体だけは不憫じゃからと都合良く特別扱いかの?」

「……わがままなことだと思うか?」


 そう言われると、返す言葉もないからな。その言葉は受け入れる他なかった。


「そうじゃの。じゃが、其方そなたのことは其方そなた自身が決めることじゃ。好きにするがい」

「そう言ってくれると助かる」


 彼女自身は保護のために動くつもりはないようだが、こちらで保護することを止めるつもりもないようだからな。ここは好きにさせてもらうことにした。


「じゃが、わがままを通したいというのであれば、相応の力は見せてもらうぞ?」

「と言うと?」


 だが、それには何か条件があるようだからな。ひとまず、このまま話を聞いてみることにする。


「保護するというのであれば、それ相応の責任が伴う。そして、それを全うするには相応の覚悟が必要じゃ。それは分かっておるかの?」

「ああ、もちろん分かっている」

「では、その覚悟を見せてもらうことにしよう」

「……何をするんだ?」

其方そなたに試練を与える」


 俺のその質問に対して、アドラはきっぱりとそう答える。


「強者の闘争平原を抜けるまでその幼体を守り切るがい」


 そして、そのまま試練の内容を宣言して来た。

 アドラの提示した条件はこのホーリーホーンドラゴンの幼体を連れて、強者の闘争平原を抜けるというものだった。


其方そなたの都合で連れ出すのじゃ。それを通したいというのであれば、自らの力でその道を示すがい。もちろん、わらわは何も手助けはせぬぞ?」

「……もう少し詳しく条件を聞いても良いか?」


 細かい条件次第で難易度が変わるからな。ここはとりあえず、詳しく条件を聞いてみることにした。


「良かろう。その幼体を死なせずに南方平原に繋がる洞窟まで守り切る。条件はそれだけじゃ」

「ふむ……何をやっても良いのか?」

「手段は問わぬ。好きにするがい」


 どうやら、試練における制限は特にないようで、とにかくあの洞窟にまで一緒に辿り着ければそれで試練は合格らしい。


「じゃが、チャンスは一度切りじゃ。それは分かっておるかの?」

「…………」


 しかし、想定外の条件を言われて、つい押し黙ってしまう。


「……途中で其方そなたが倒れれば、その幼体は他のモンスターに狩られる。故にチャンスは一度切りじゃ。分かったかの?」

「……ああ」


 アドラが干渉するつもりがない以上は俺が倒されればそれで終わりだからな。考えてみれば当たり前のことではあるが、条件として提示されると厳しいところがあった。


「確認のために聞くのだが、失敗した場合はどうなるんだ?」

「その場合は別の試練を与える。じゃが、当然その幼体の保護はなかったことになるぞ?」

「……そうか」


 どうやら、この試練は一度切りになるが、失敗しても他の試練は与えてくれるようなので、『根源覚醒』が習得できなくなるということはないようだった。


其方そなたの覚悟はその程度かの?」

「……正直、今になって軽率だったとは思っている」

「素直な奴じゃな。では、返答は後で聞くことにするかの。リッカは準備するがい」

「準備……? もしや――」


 そう言われたところで空を見上げてみると、上空には見覚えのある影があった。

 その影は徐々に降下を始めて、そのまま俺達のいる場所に近付いて来る。


「グルルォォーーーッ!」


 そして、強烈なほうこうと共にこの巣の主が俺達の前に降り立って来た。

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