episode250 残ったスクロールの販売
翌日、今日も俺は試練に向けての準備を進めていた。
「ふぅ……だいぶ整って来たな」
必要な準備は整って来ているからな。そろそろ試練への挑戦を視野に入れても良さそうだった。
「それにしても、結局、夜まで掛かったな……」
すべきことが多かったのはもちろんのことだが、試練に集中できるように店の商品を大量に作り置きしたりもしたからな。
何かと時間が掛かって、準備を整えるのに夜まで掛かってしまっていた。
「さて、受け取る物は受け取ったし、そろそろ拠点に戻るか」
だが、これで拠点外ですべきことは済んだからな。そろそろリッカが戻って来るはずなので、このまま拠点に戻ることにした。
「あ、シャムさん」
しかし、戻ろうとしたところで、後方から何者かに話し掛けられた。
「む、誰かと思えばソアか」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、そこにはメンバーを引き連れたソアが立っていた。
「今日は人数が多いな」
彼女は普段はジールとラスの三人で活動しているが、今日は六人で活動しているようだからな。少しそのあたりのことについて聞いてみることにする。
「あ、そう言えば言っていませんでしたね。一昨日のアップデートから新メンバーを加えたんですよ」
「ふむ、そうだったか」
どうやら、剣闘祭後のアップデートで増えたプレイヤーの中から新たなメンバーを加えたようで、それによって六人になっていたらしい。
(少し見てみるか)
ちょうど良い機会だからな。この場で新しいメンバーのことを確認してみることにした。
一人目はソマリィというプレイヤーネームの少女で、緑色の瞳をした猫系の獣人だった、
髪、耳、尻尾は僅かに赤みのある茶色系の毛色をしていて、その短髪は耳の動きに合わせて静かに揺れている。
そして、武器として錫杖を持っていて、彼女はヒーラーをしているようだった。
次に二人目は人間の少女で、プレイヤーネームはシロマリーだった。
その白髪は心なしか整えられていないよう見えて、眼鏡越しに映る橙色の瞳にはミステリアスな輝きが宿っている。
そして、武器には魔手甲を使っていて、使用者が少ないこともあって物珍しかった。
最後に三人目は重装備をした少年で、プレイヤーネームはアストロアだった。種族は人間で、その金髪からは紫色の瞳を覗かせている。
そして、武器には手槍を使っていて、重装備で盾も持っていることから、彼はタンク役を務めているようだった。
「冒険終わりか?」
「そんなところですね。シャムさんは?」
「俺は必要な物を揃えるために奔走していたといったところだな」
今日は装備の作製の依頼をしたり、必要なアイテムを集めたりと、街の中で動いていたからな。外にはほとんど行っていないが、あちこち動き回っていたので、だいぶ忙しくしていた。
「そうだったんですね」
「装備はちゃんと整えているか?」
「はい、ある程度は。シャムさんは店に戻るのですか?」
「ああ」
ちょうど戻ろうと思っていたところだからな。このまま店には向かうつもりだ。
「それじゃあ一緒に良いですか? ちょうど武器を買いに行こうと思っていたところなので」
「もちろん構わないぞ。では、このまま行くか」
彼女達は俺の店に来るつもりのようだったからな。俺も戻ろうと思っていたところだったので、そのままソア達と一緒に店に向かったのだった。
◇ ◇ ◇
店に到着したところで、俺はカウンターに移動して、そこから店の様子を見ていた。
「買う物は決まったか?」
「いえ、もう少し時間が掛かりそうです」
「そうか。まあゆっくりして行ってくれ」
俺はリッカが戻って来るのを待つだけになるからな。この後に予定があるわけでもないので、時間が掛かる分には問題なかった。
「……なあ、あのマテリアルクラフターとかいうやつは売ってないのか?」
と、ここで商品を見ていたジールがそんなことを聞いて来る。
「欲しいのか?」
「別に俺はいらねーけど、シロマリーが欲しがってるぜ」
「む、そうなのか?」
「……はい」
シロマリーに直接尋ねると、彼女は眼鏡を整え直してからそう答えた。
「……ソア、少し良いか?」
「はい、何でしょう?」
「これを見てくれるか?」
ここで俺は【マテリアルクラフターのスクロール】をカウンターの上に置いて、それをソアの方に差し出す。
「これって……【マテリアルクラフター】のアビリティの習得に必要なスクロールですか⁉」
「ああ。近々数量限定で一般販売しようと思っていてな。欲しいのであれば、優先的に売っても構わないのだが、どうする?」
これ以上買い手を見付けるのは難しそうだったからな。転売目的で買われる可能性はあるが、それを承知で一般販売を解禁しようと思っていたところなので、買う気があるのであればこのまま売るつもりだ。
「でも、スクロールって高いですよね?」
「まあな。とりあえず、ここで話をするのも何なので、こちらに来てくれるか?」
少々込み入った話になるし、ここだと他のプレイヤーにも聞こえるからな。ここは一旦、場所を移すことにした。
「分かりました」
「では、全員付いて来てくれ」
そして、そのまま俺達はカウンターの裏の扉からギルド拠点に移動したのだった。
◇ ◇ ◇
ギルド拠点に移動した俺達は席に着いて話し合いを始めようとしていた。
「悪いな。飲み物の一つも出せなくて」
飲み物はちょうど切らしているからな。忙しくて補充もできなかったので、そこは許してもらいたいところだった。
「いえいえ、気にしないでください」
「……なあ、あれが剣闘祭の最優秀記念の表彰盾か?」
と、ジールは拠点に飾ってある表彰盾が気になったのか、そんなことを尋ねて来る。
「ああ、そうだぞ。ちなみに、チャレンジ枠の特別イベントの制覇者に贈られるアクセサリーはここにあるぞ」
チャレンジ枠の特別イベントの制覇者には記念のアクセサリーが贈られたが、そちらは小物になっているからな。
折角なので、他の小物と一緒にベルトに取り付けている。
「へー……そんなのもあったんだな」
「まあな」
イベント情報のページにはポイント交換以外の報酬もあるとだけ記されていて、その詳細までは記載されていなかったからな。
基本的に実際に入手したプレイヤーでなければ情報を得られないので、知らないのも無理はなかった。
「それにしても、改めて見てみても思いますが、錬金術士みたいですね」
「まあそれをイメージして作った装備だからな」
この装備は錬金術士とやらをイメージしてデザインしたものらしいからな。そう思ってくれたのであれば、このデザインにしたのは正解だったと言えそうだった。
「やっぱり、うにや爆弾なんかを投げたりして戦うんですか?」
「爆弾は使うが、ウニは投げないぞ? と言うか、コスタル平野で海に潜ってもウニなんて見当たらなかったし、このゲーム内でウニ自体を見たことがないのだが……」
「いや、そのウニじゃなくて……まあ良いや」
「……?」
いまいち話が噛み合っていないようだったが、これ以上言及する気はないようだからな。
少々気になりはするが、その話は置いておいて、そろそろ本題であるマテリアルクラフターについての話をすることにした。
「まあそれはさておき、そろそろこれについての話をするか」
俺は【マテリアルクラフターのスクロール】をテーブルの上に置いて、その話を切り出す。
「そうですね。まず確認しますが、このスクロールはいくらになるんですか?」
「百二十万だな」
「百二十万……。やっぱり、高いですね……」
「……少しぐらいなら安くできるぞ?」
こちらから価格を提示しておいて何だが、仕入れ値は百万ゼルだからな。それを下回らない程度に値下げすることは可能だった。
「でも、どの道、百万は超えますよね?」
「まあな」
流石に仕入れ値以下では売れないからな。値下げしても、百万ゼルを下回ることはない。
「……お金が足りないか?」
「はい。全然足りませんね」
「ふむ……。やはりそうか」
予想していたことではあったが、買う意思はあってもお金が足りないようで、これだと販売することはできなさそうだった。
「では、分割払いでも良いぞ」
なので、ここは分割払いでの支払いを提案してみる。
「え、良いんですか?」
「ああ」
他のメンバーはともかくとして、ソアは信用できそうだからな。踏み倒すこともなさそうなので、こちらとしてはそれで構わないと思っている。
「十万の十一回払いの合計百十万ゼルでどうだ? おまけでこれも付けるぞ?」
ここで俺は【リザードマン素材のマテリアルクラフター】を取り出して、それをソアに手渡す。
「良いんですか? 安くしてもらった上にこれもいただいてしまって?」
「それはもう使っていないし、売り物にもならないからな。別に構わないぞ」
【魔杖核のマテリアルクラフター】は売れたが、こちらは買い手が付かなかったからな。
この性能では今後も売れることはないと思われるし、大した値段ではないので、おまけで付けてしまっても何ら問題はない。
「……分かりました。それでお願いします」
「分かった。支払い期限は特に定めるつもりはないので、会ったときにでも支払ってくれればそれで良いぞ」
すぐにお金が必要なわけではないからな。こちらは急ぎではないので、適当に支払ってもらうことにする。
「はい。とりあえず、十万はこの場で支払いますね」
「……確かに受け取った。では、そちらも受け取ってくれ」
そして、交渉が成立したところで、俺は【マテリアルクラフターのスクロール】を手渡した。
「それと、これも渡しておこう」
これだけでは魔法道具などを買えないので、それと一緒にメンバーカードも渡しておく。
「これは?」
「それは店の商品が専用のラインナップになるアイテムだな。マテリアルクラフター関連のアイテムを買うのであれば、それを使ってくれ」
これがないと【クラフトマテリアル】や魔法道具を買えないからな。ちゃんとそのことも伝えておく。
「何か分からないことがあったら答えるので、またいつでも来てくれ」
「はい。今日はありがとうございました。それでは、失礼します」
そして、交渉が済んだところで、ソア達は買い物の続きをしに店の方に戻って行った。
「……さて、俺はこのままリッカを待つとするか」
やるべきことは終えているからな。そのまま俺は拠点でのんびりと過ごして、リッカが帰って来るのを待ったのだった。
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