episode148 炎竜戦

 それからも炎竜との戦闘を続けていた俺達だったが、戦況はとても良いと言えるような状態ではなかった。

 光球の出現によってソールは『ヒーリングエリア』の範囲内を維持できなくなって、回復効率が下がってしまったからな。

 それによってこれまで何とか均衡を保っていたダメージと回復のバランスがダメージ側に傾いて、こちらは着実に削られて行ってしまっていた。


(この調子だと、『マテリアルジャッジメント』を温存していることを考えても厳しいか……?)


 更に強化される可能性を考えて、最大火力の『マテリアルジャッジメント』は温存しているが、それを考慮してもこちらが削り切られる方が早そうだった。


(これだけ対策してもこれか……)


 かなり対策はしてきたが、それでも苦戦を強いられているからな。

 これで無理だとどうしようもない可能性があるので、この様子だと厳しそうだった。


 まあ本来は煉獄火山を訪れた段階で倒すのであれば、弱体化前提で調整されているので仕方がないと言えばそうなのだが、俺達はこの段階で倒す必要があるからな。

 それでも何とかする必要があるので、何とか策を考える必要がありそうだった。


(『ヒーリングエリア』の対象をソール、リッカから俺、クオン、アッシュに切り換える……というのはなしか)


 『ヒーリングエリア』の展開場所を変えて、前衛以外を回復させるようにすれば回復効率が上がるように見えるが、ポーションの回復込みだと少し過剰回復になって逆に効率が下がるからな。

 その案は深く考えるまでもなく却下して良さそうだった。


「リッカ、何か策はないか?」


 余裕のある俺とクオンだけで考えても良いが、できるだけ早く解決する必要があるからな。リッカにも何か策がないか聞いてみる。


「……私が攻撃を引き受ける?」

「それは危険ではないか?」


 リッカがターゲットを取って回避タンクをすればダメージを受けずに済むかもしれないが、それには大きなリスクがあった。

 それは被弾の可能性だ。そもそも何故リッカに回避タンクをさせていないのかと言うと、炎竜には必中攻撃の爆破睨みがあるからだ。

 発狂状態になったことで火力が上がっているので、リッカだと即死する可能性もあるし、即死しなくとも大ダメージを受けることは確実だからな。

 事故率が上がるのはもちろんのこと、被ダメージが増えるとその分回復も必要になって本末転倒なので、実行するかどうかは考えどころだった。


「……多少のリスクは飲まないともう無理」

「ふむ……それもそうか」


 可能な限りリスクは抑えたいが、もうそんなことを言っている余裕はないからな。

 事故る可能性があることを承知の上で、その作戦で行くことにした。


「ソール、次の爆破睨みが来たら下がってくれるか?」

「おう。分かったぞ」


 爆破睨みにクールタイムがあるかどうかは分からないが、短時間に連続で使って来たことはないからな。

 交代していきなり爆破睨みが来ても困るので、ここは一度爆破睨みが来るのを待ってから交代することにした。


「グルッ!」


 と、ちょうど交代の話をしたところで、炎竜はソールを睨み付けて爆破睨み攻撃をして来た。


「来たな。じゃあ任せたぞ」

「……うん。『居合斬り』、『抜刀二段』、『剣閃――抜刀無双刃』――!」


 ソールが爆破睨みによる攻撃を受けたことを確認したリッカは今まで以上に攻撃を仕掛けて、自分にターゲットを向けようとする。


「……グルッ!」


 すると、炎竜はリッカの方を向いて彼女を睨み付けて、鬱陶うっとうしいと言わんばかりに爪を振り下ろした。


「ターゲットは移ったようだな。ソールは攻撃もできるか?」

「もちろんできるぞ。大剣の方が良いか?」

「ふむ、それは……少々悩みどころだな」


 選択肢は片手剣プラス盾か大剣の二択だが、どちらも一長一短で判断するのは難しかった。


 まず前者の場合は火力は低いが、片手剣は片手武器なので大剣よりも動きが軽く、敵の攻撃に対応しやすい。

 加えて、盾もあるのでダメージを抑えやすく、安定重視の場合はこちらの方が良い。


 そして、後者の場合は火力があるので、戦闘時間を短縮することができる。

 ただ、両手武器で動きが重い分、うまく隙を突けないとダメージを稼げないので、片手剣よりも火力が落ちる可能性があった。

 それに、被弾しやすくなるというデメリットもあるからな。一概にこちらの方が良いと言い切ることはできそうになかった。


(これは判断できそうにないな)


 ダメージを抑えて安定させた方が良いような気もするが、リッカがリスクを背負ってターゲットを取っている時点で安定も何もないような気がするし、そもそも被弾さえしなければ問題ないからな。

 結局のところはプレイヤースキル次第なので、ソールの戦闘の様子をあまり見たことがない俺には判断できそうになかった。


「とりあえず、そこは任せよう」


 俺には判断できないからな。ここは本人に任せることにした。


「分かった。じゃあこっちにするか」


 俺に選択を任されたソールは特に悩む様子もなく片手剣と盾の方を選んだ。


「アッシュ、俺達も前に出た方が良いか?」

「任せる」

「では、ここは……」

「グルルァッ!」


 と、どうするのかを考えていたところで、炎竜は腕を振り上げて魔法陣を展開した。


「っ! 『物質圧縮』プラス『マテリアルウォール』!」

「おっと、『シールドガード』!」


 あの攻撃は非常に危険だからな。俺とソールはすぐに防御用のスキルを使って展開して、攻撃に備える。


「グラッ!」

「っ!」


(早い⁉)


 だが、発狂状態になったことでキャストタイムが短くなっていたようで、思っていたよりも早く火球が降り注いで来た。


(このまま受けられるか? ――いや、厳しいか)


 反射的に『マテリアルウォール』を使って壁を展開してしまったが、発狂前でも安定して耐えることはできなかったからな。

 冷静に考えて、このままあの攻撃を受け切るのは難しそうだった。


「クオン、少し抱き上げるぞ」

「え、ちょ……」


 あまり説明している時間はないからな。俺はすぐに隣にいたクオンを抱き上げて、火球の軌道を見極めるために上を見上げる。


(まだ時間はある。ここは冷静に……)


 『マテリアルウォール』で展開した壁のおかげで少し時間に余裕はあるからな。冷静に火球を見て、抜けられそうな位置とタイミングを見極める。


「――ここだな」


 そして、抜けられそうな位置を見付けた俺はタイミングを合わせて跳んで、火球の間を抜けて攻撃を躱した。


(やはり、壁は耐えられなかったか)


 ここで『マテリアルウォール』で展開した壁があった場所に一瞬視線を移すと、案の定壁はあっさりと破壊されてしまっていて、あの場所に留まっていると被弾していたのは確実だった。


(リッカは……余裕そうだな)


 これだけ大量の爆発する火球が降り注いでも普通に避けていたからな。

 リッカのことを気にする必要はなさそうなので、自分達の心配だけしておくことにした。


(今回は避けられたが、安定して避けるのは厳しいか……?)


 発狂状態になって先程の攻撃も例外なく強化されていて、着弾時の爆発の威力と範囲が強化されているからな。

 この攻撃を安定して避けるのは難しそうなので、できるだけ決着は急いだ方が良さそうだった。


「もう安全だな。クオン、降ろすぞ」


 ひとまず、魔法攻撃はもう完全に止んだからな。さっさと彼女を降ろすことにした。

 俺はクオンの足側の腕を固定させたまま抱き上げているクオンの背中を押して、立たせるようにして彼女を降ろす。


「っとと……もう少し優しく降ろしてくれても良いんじゃない?」


 雑に降ろしたので、クオンは少しだけバランスを崩してよろけるが、文句を言いながらも体勢を立て直して弓を構える。


「そんな悠長にしている余裕はない。『マテリアルソリッド』」


 時間は無駄にできないからな。悠長にはできないので、そこは許容してもらうことにする。


「ソール、そちらは大丈夫か?」

「何とかな」


 ここでソールとアッシュの様子を確認してみるが、アッシュが攻撃のタイミングに合わせてうまく回復していたようで、既に立て直しは済んでいるようだった。


(流石は上位勢といったところか)


 ソールもアッシュも上位ギルドの所属で、前線で活躍している実力者だからな。

 常に対応も早く、上位勢としての実力を見せてくれていた。


「シャム、クオン、俺のところまで前に出られるか?」


 と、ここでアッシュが唐突にそんなことを聞いて来る。

 どうやら、リッカが攻撃を引き受けたことを受けて、少し戦術を変えるつもりらしい。


「出ようと思えばな」

「では、すぐに来てくれ」

「分かった」


 リッカが回避タンクをするように切り換えた時点で戦術の変更は必要だろうからな。

 回復がギリギリのこの戦いでは、ヒーラーであるアッシュを軸に考えた方が良いと思われるので、このまま彼の策で行くことにした。


「クオンも来てくれ」

「分かったよ」


 クオンもそれと同意見のようで、俺が付いて来るように言うと、それに素直に従った。


「それで、どうすれば良い?」

「シャムの範囲はこちらに寄せてくれ。俺も寄せる」


 近くまで来たところで方策を聞いてみるが、どうやら、範囲回復を俺、クオン、アッシュの三人に寄せて、回復方法を変えるつもりらしい。


「分かった。早速、展開しよう」


 ちょうど効果も切れていて、再展開が必要なところだったからな。このまま魔法道具を使ってしまうことにした。

 俺は【ブリザードマテリア】と【癒しのアロマ】と【豊穣の種】を順に使用して、魔法道具の効果領域を展開していく。


「【HP回復ポーション】と『ヒール』はリッカとソールに使う。俺達はリジェネだけでスリップダメージを抑えるぞ」

「分かった」


 前衛の二人にリジェネを付与するのはもう難しいからな。このままアッシュが提案したその方針で行くことにした。


「もうMP的にきついので、一気に押し切ってくれ。頼んだぞ」

「ああ」

「任せて!」


 クールタイムが終わり次第【MP回復ポーション】でMPを回復しているとは言え、アッシュのMP消費は激しく、かなりMPが少なくなっているからな。

 もう火力で押し切るしかないので、このまま終わらせに行くことにした。


(さて、決戦と行くか)


 そろそろ決着のときは近いからな。俺はそんなことを思いながら構え直したのだった。

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