episode143 魔法道具の基礎

 『猫又商会』の経営する店に向かった俺達は今回もそのまま拠点に案内されていた。


「また来たのですね。炎竜に挑んで来たのですか?」


 俺はまだ何も言っていないが、ネムカはその様子から察したようで、そんなことを聞いてきた。


「まあな」

「どうでしたか?」

「思っていたよりも苦戦しそうだったな」


 まだ一回戦っただけだが、スリップダメージが思っていたよりも面倒そうだからな。想定していた以上の苦戦が予想された。


「そうですか。意外ですね」

「そうか?」

「はい。もう攻略しているプレイヤーもいますし、あなた方であれば問題なく攻略できると思いましたので」

「そうは言っても、俺達の目的は【炎竜の爪】だからな……」


 俺達の目的は単に炎竜を倒すことではなく、【炎竜の爪】を入手することだからな。

 爪を破壊しての弱体化はできないので、そう簡単には攻略できそうになかった。


「なるほど、そういうことでしたか。……何か私達に手伝えることはありますか?」

「む、良いのか? 手伝ってもらって?」

「はい。【炎竜の爪】には私達も興味がありますので」


 どうやら、未知の素材である【炎竜の爪】に興味があるらしく、その入手に動いている俺達への支援もやぶさかではないらしい。


「そうか。……討伐成功後は【炎竜の爪】をいくつか提供すれば良いのか?」

「できればそうしていただけると助かります。もちろん、タダとは言いません。適正価格で買い取りますよ」

「……つまり、対価は【炎竜の爪】を買い取る権利か」

「そうなりますね」


 まあ生産系ギルドのトップとして新素材には興味があるだろうからな。その要求も当然と言えた。


「分かった。それで行こう」


 こちらとしてはそれで問題ないからな。その条件で話を受けることにした。


「まあそれだけでは何なので、一つ情報を出そう。これを知っているか?」


 ここで俺は【煉獄溶融石】を取り出して、それをテーブルの上にそっと置く。


「【煉獄溶融石】ですか……初めて見るアイテムですね」

「やはりそうか。この石は炎竜が飛ばして来る岩から採掘で入手できる石でな」

「そうだったのですね。……良いのですか? そこまで情報を出してしまって?」

「【炎竜の爪】を買い取る権利だけでは足りないと判断したまでだ」


 代金もしっかりいただくわけだからな。どの程度の支援になるのかは分からないが、それだけでは不十分だと判断しただけの話だ。


「それに、どうせその内知られることだろうしな。別に構わないぞ」

「そうは言いますが、煉獄火山の情報は価値が高いですよ?」

「それは分かっている。だが、この情報は共有しておいた方が良いと判断したまでだ」


 現段階で煉獄火山の攻略に手を付けているのは攻略の前線組ぐらいだからな。

 煉獄火山の情報に価値があるのは分かるが、この情報は秘匿しておくよりも共有してしまった方がメリットが大きいと思われるので話したまでだ。


「そうですか。……事実の確認が済みましたら、数個ほど提供しましょうか?」

「そうしてくれるとありがたい」


 【煉獄溶融石】は俺も欲しいからな。そうしてくれると助かる。


「それで、何を手伝えば良いでしょうか?」

「それは追って連絡するということで良いか?」


 まだ必要なアイテムの検討ができていないからな。それは後で連絡することにする。


「分かりました」

「では、また後でな」


 そして、話がまとまったところで、俺は彼女達の拠点を後にしたのだった。



  ◇  ◇  ◇



 『猫又商会』の拠点を後にした俺は研究所に向かっていた。


 もちろん、その目的は魔法道具の作製方法を聞くためだ。

 俺はまだまともに魔法道具の開発をしたことがないからな。開発におけるコツを聞きに来たのだ。


「さて、問題は入れてくれるかどうかだが……とりあえず、聞いてみるか」


 許可がないと研究所には入れないからな。ひとまず、警備員に入っても良いかどうかを聞いてみることにした。


「少し良いか?」

「む? どうした?」

「ミルファと話をしたいのだが、良いか?」

「エルリーチェ所長に聞いてみよう。少し待っていてくれ」


 話を聞いた警備員の一人はそう言って研究所内に向かう。

 そして、そのままその場で待っていると、しばらくしたところで彼は戻って来た。


「許可が下りたぞ。このまま案内する」


 無事に許可は下りたようで、このまま彼の案内で研究所に向かうこととなった。


「ああ、頼んだ」


 そして、そのまま俺は警備員の案内で研究所内に向かったのだった。



  ◇  ◇  ◇



 研究所に入った俺はエルリーチェとミルファがいる部屋に案内されていた。


「今日は何の用だい?」


 部屋に入ったところで、エルリーチェは俺に用件を尋ねて来る。


「そろそろ魔法道具の開発を進めようと思ってな。そのコツでも聞いてみようと思ってここに来た」

「なるほどね。ミルファ、教えてあげなよ」

「……僕じゃないとダメかい?」

「あんたが一番詳しいだろう? それとも、あたしの研究を手伝うかい?」


 エルリーチェはそう言いながらテーブルの上に置いてあった資料をミルファに差し出す。


「……分かったよ」


 ミルファはその資料をそっと押し戻すと、諦めた様子で仕方がないなと呟きながらこちらを向く。


「それで、何を教えて欲しいんだい?」


 そして、改めて詳細を尋ねて来た。


「大まかに言うと基礎だな」


 今のところは【ウィンドボム】とその系統の魔法道具しか作ったことがないからな。

 作ろうとしても失敗続きで他の物は作れていないので、基礎から教えてもらうことにした。


「分かったよ。まず、魔法道具がどういうものかは分かっている?」

「いや、よく知らないな」


 魔法道具の定義というものがあるのかどうかは知らないが、魔法道具を作るときに何かを意識して作ったりはしていないからな。

 そのあたりのことについては分かっていないので、このままミルファに聞いてみることにする。


「魔法道具は術式機構を組み込んで、様々な効果を発生させる道具のことだよ。【ウィンドボム】だって魔力を封じる術式を使っているだろう?」

「む、そうだったか」

「……そんなことも知らなかったのかい? ……まあ良いや。複雑な効果を持った魔法道具を作りたかったら、術式機構についての知識を身に付けることだね」

「分かった」


 魔法道具は【ウィンドボム】系統の物しか作っていなかったせいか、【術式機構】のアビリティのレベルはまだ2だからな。

 強力な魔法道具を開発しようと思ったら、レベルを上げる必要があると思われるので、今後は魔法道具の作製に積極的に挑戦していくことにした。


「それで、開発におけるコツなんかはあるのか?」

「そうだね……やっぱり、重要になるのはアイデアかな」

「アイデアか……」

「自由度は高いからね。どんな効果にするのかのアイデアは重要だよ。もちろん、それを実現できるだけの術式機構の知識も必要だけどね」

「そうか」


 どうしても術式機構の知識は必要になるが、重要になるのはやはりアイデアらしい。


「まあいくつかサンプルとして魔法道具を渡しておくよ」

「む? 良いのか?」

「余っている物だけになるけどね。比較的簡単な物になるから、参考になるはずだよ」

「それは助かる」


 あまり難しい物を渡されても理解できないだろうからな。俺にも理解できるような簡単な仕組みの物を渡してくれるのは助かる。


「助かるのだが、できれば別途複雑な仕組みの物も渡してくれると助かる」


 だが、できれば研究用に高度な物も欲しいからな。そちらも渡してもらえないか頼んでみる。


「分かったよ。少し待ってくれる?」


 すると、その話を受けてミルファは俺に渡すアイテムの選定を始めた。


「……こんなところかな。とりあえず、これで良いかい?」


 選定を終えたところで、そのまま選定した魔法道具を渡して来る。


「ああ」

「その二つは返さなくても良いけど、三つ目のそれは後で返してくれる?」

「分かった。今日は助かった。俺はそろそろ行かせてもらおう」

「また何かあったら来ると良いよ」


 話を終えて去ろうとする俺に向けて、エルリーチェは歓迎の意思を見せる。


「僕としては面倒だから、できれば止めて欲しいけどね」


 だが、それとは対称的にミルファはあまり歓迎していないようだった。


「……ミルファは隙あらばサボろうとするよね? そういうのはオーリエだけにして欲しいんだけど?」


 その様子を見ていたエルリーチェはそう言いながらため息をく。


「僕は研究を進めたいだけだよ。まあ気が向かないときは休むけどね」

「……ミルファは自分本位、オーリエはサボり癖といったところか?」

「オーリエはああ見えても何だかんだですべきことはするし、家事やら戦闘やら色々と優秀だからねー……。まあ休めるなら休むみたいな感じだけど、サボり癖とまでは行かないと思うよ」


 と、ここでその話を聞いていたエルリーチェがそう付け加えて来る。


「む、そうだったか」


 オーリエはいつもやる気がなさそうな雰囲気を醸し出しているが、ああ見えてもサボったりはしないらしい。


「……自分本位なのはみんな同じだと思うけどね。それを隠しているかどうかだけの違いだと思うよ?」

「まあそれはそうかもしれないが……それが正当化する理由にはならないと思うぞ?」

「そういうことだね。と言うことで、これ手伝ってくれる?」


 ここでエルリーチェはそれに便乗するように、そう言いながらミルファに資料を押し付ける。


「……僕の研究の都合はお構いなしかい?」

「あんたの研究は一段落したところだろう? 所長のあたしが知らないと思ったかい?」

「……分かったよ。全く……君には敵う気がしないね」


 ミルファはこれ以上文句を言っても仕方がないと悟ったのか、諦めて資料に手を伸ばす。


「では、俺はもう行かせてもらおう」


 そして、二人のそんな様子を見ながら研究所を後にした俺はそのまま拠点に戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る