episode141 初の炎竜戦

 煉獄火山に向かった俺達は炎竜に挑むために第五層に向かっていた。


「さて、無事に着いたな」

「……うん」


 消耗を避けるために敵は可能な限り避けてきたので、ほとんど消費せずにここまで来ることができていた。


「炎竜は……あれか」


 通路から第五層を覗き込んでみると、空間の中央には体長が八メートル近くもある赤いドラゴンが鎮座していた。

 どうやら、あれが煉獄火山の上層のボスである炎竜らしい。


 炎竜と戦うことになる第五層のマップについてだが、ここは炎竜戦用のフィールドになっている。

 そのフィールドは直径が百メートル近くあると思われる平坦な場所で、それより外側は溶岩溜まりとなっている。

 そのため、フィールド外に弾き飛ばされると即死するので、注意が必要だ。


 また、その場所は通路から十メートルほど下りたところにあるので、戦闘を始めると逃げることができないようになっている。


「先制攻撃はできないし、このまま行くか」


 通路から遠距離攻撃をしようとしても、途中で攻撃が打ち消されて、炎竜には攻撃が届かないようになっているらしいからな。

 一方的に攻撃することはできないので、このまま戦闘を始めることにした。


「……うん」

「では、行くぞ」


 そして、そのまま俺達は炎竜のいるフィールドに飛び降りた。


「グルルル……」


 俺達のことに気が付いた炎竜はゆっくりとこちらに視線を向けると、低い鳴き声を上げて大きく息を吸い込む。


「グルルォォーーッ!」


 そして、そのままがばっと口を開いて、強烈な咆哮ほうこうを上げた。


「リッカ、頼んだぞ」

「……任せて」


 戦闘が始まると同時にリッカは素早く前に出て、俺は一歩分だけ後方に下がって様子を見る。


 本当はもう少し下がりたいのだが、あまり距離を取りすぎると、少し弾き飛ばされただけでフィールド外に落ちて即死するからな。

 それも考えて、あまり下がらないようにしておく。


(む、情報通りにスリップダメージが入っているな)


 と、ここで状態を確認してみると、俺達に少しずつダメージが入っていた。

 このスリップダメージは炎竜が放っている熱気が原因で、その効果範囲もこのフィールド全体なので、戦闘中は常にこのダメージを受けることになる。


 まあこのスリップダメージは爪を破壊すると解除されるらしいのだが、俺達は爪を破壊せずに倒す必要があるからな。

 解除することはできないので、このまま戦うしかなさそうだった。


「グルルォッ!」


 ここで炎竜は爪に炎をまとうと、接近して来たリッカに向けてそれを振り下ろす。


「――ふっ」


 リッカはそれを横に跳んで避けると、そのまま『抜刀神速』で攻撃しながら反対側に抜けた。

 直前まで彼女がいた場所には炎竜の爪が振り下ろされて、地面が叩かれると同時に小さな爆発が起こる。


「――ここだな。『相伝・狐火』」


 ここで俺はリッカにターゲットが向いていることを確認したところで、『相伝・狐火』を起動する。

 そして、炎竜の周囲に出現した三つの人魂のような火の玉が着弾すると、物理攻撃力低下と魔法攻撃力低下のデバフ効果が付与された。


(状態異常と敏捷低下は入らなかったか)


 今の俺の効力値であれば炎上、恐怖、衰弱の状態異常と、物理攻撃力低下、魔法攻撃力低下、敏捷低下のデバフが付与できるはずだが、付与されたのは物理攻撃力低下と魔法攻撃力低下のデバフ効果だけだった。


(とりあえず、妖術を中心に使っていくか)


 どの状態異常や弱体効果が効くのかはまだ分かっていないからな。

 何度か使わないと、耐性があって無効化されたのか、確率判定に失敗したのかの判断が付かないので、今回は妖術を中心に使って戦うことにした。


「まだ行くぞ。『加重・鈍刻』」

「――そこ」


 そのまま俺はターゲットを取らない程度に妖術で攻撃して、リッカは慎重に攻撃を捌いていく。


(流石にスキルを叩き込む余裕はないか)


 リッカは攻撃を捌くことに集中しているようで、攻撃系のスキルは使わずに回避を中心にして動いていた。

 まあ初見の相手で攻撃方法があまり分かっていない上に、被弾すると一気に戦況がひっくり返るからな。

 慎重に動くのは間違っていないので、このままこの調子で戦闘を続けていくことにした。


(そろそろ回復が必要そうだな)


 それはそうと、被弾はしていないがスリップダメージによってHPが減っているので、そろそろ回復した方が良さそうだった。


「リッカ、回復はどうする?」


 俺はこのままポーションで回復すれば良いが、攻撃を捌いているリッカにその余裕はないからな。

 必要であればサポートするので、どうするのかを聞いてみる。


「……自分でする」


 だが、それは必要ないと言わんばかりに、隙を見て自分で回復し始めた。


「分かった。では、俺はこのまま攻撃を続けよう」


 俺がサポートしても良かったが、隙を見て自分で回復する方針のようなので、このまま俺は彼女の回復のことは気にせずに遠距離攻撃を続けることにする。


「グラッ!」

「っ⁉」


 ここで炎竜はリッカを睨み付けると同時に瞳を光らせると、リッカを中心とした爆発が発生した。


(今のは必中攻撃か?)


 彼女は危険を感じ取ってか、睨み付けられると同時に横に跳んでいたが、彼女を中心に爆発が発生していたからな。

 見たところ、あの攻撃は必中攻撃のようだった。


(しかも、ダメージもかなり痛いな)


 加えて、その火力もそれなりに高く、その一撃でHPが八割近くも持って行かれてしまっていた。

 まあ向こうの攻撃力が高いと言うより、リッカの防御力が低すぎるせいだとは思うが、俺達にとって脅威になることに変わりはなかった。


「グルルォッ!」


 と、ここで炎竜は地面を強く蹴って大きく跳躍すると、そのままフィールド外まで跳んで行って、溶岩の中に潜って行った。


「……今の内に回復するか」


 何やら大技が来る予感がするが、今なら安全に回復できそうだからな。今の内に回復しておくことにした。

 俺達は炎竜の次の動きを警戒しながら、その隙に回復を済ませる。


「グルルォォーーン!」


 と、俺達が回復を済ませたところで、溶岩に潜っていた炎竜が姿を現した。


「む、岩……?」


 だが、溶岩から姿を現した炎竜は底から拾って来たのか、両手に一メートルほどの大きさの赤熱した岩を持っていた。


「グルァッ!」


 炎竜は腕を後方に引いて構えると、その岩を山なりの軌道を描くように高く投げる。


「そう来たか」


 直線的な軌道で投げて来るのかと思ったが、そうはせずに上から降らせるように岩を投げて来た。

 なので、俺は上を見ながら岩の落下地点を見極めて、避ける準備をする。


「――シャム!」

「ぐふっ⁉」


 だが、リッカが俺に警告を飛ばして来た直後、体の前面に衝撃が走って吹き飛ばされてしまった。


(三つ目の岩を直線的な軌道で投げて来ていたか)


 どうやら、俺が落下して来る岩を見ている間にもう一つ岩を拾って来ていたようで、それを視線を外していた俺に向けて投げて来ていたらしい。


(む、マズいな)


 それはそうと、俺は吹き飛ばされたことでフィールド外まで飛んでいて、溶岩に落下しそうになっていた。


(いや、ここまで飛ばされるのであれば何とかなるな)


 だが、策がないわけではない。幸いと言うべきかは分からないが、壁にまで吹き飛ばされる勢いなので、壁に『マテリアルウォール』を使用して足場を作れば着地することができる。

 なので、ここは『マテリアルウォール』を使って対応することにした。


「――ここだな。『マテリアルウォール』」


 俺は壁に叩き付けられるタイミングに合わせて、壁に『マテリアルウォール』を使用して足場を展開する。


(む、壁の耐久度がゴリゴリ減っているな)


 着地に成功したのは良いのだが、溶岩によって加熱された壁からの熱気のせいか、『マテリアルウォール』で展開した壁の耐久度がどんどん減ってしまっていた。


(と言うか、俺のHPもヤバいな)


 それはそうと、一度全回復させたは良いが、先程の攻撃とスリップダメージで残りHPが僅かな状態になっていた。


(壁の耐久度に余裕はあるし、ここは回復するか)


 壁の耐久度は減っているが、回復するだけの余裕はあるからな。ここは回復してからフィールドに戻ることにした。


「さて、ここは冷静に回復して……」

「グルルォッ!」


 と、ポーションを取り出して回復していると、炎竜が一直線にこちらに向かって来ていて、フィールド外で休むなと言わんばかりに俺に飛び掛かって来ていた。


(普通に跳んでもフィールドまでは届かないが、かと言って『マテリアルチェイン』を放つ余裕はないな)


 この距離だと普通に跳んでも届かないので、『マテリアルチェイン』をうまく利用して戻るつもりだったが、それもできなくなったからな。

 ここは他の方法を考える必要がありそうだった。


「――これしかないか」


 だが、考える時間はないので、ここはとっに思い付いた方法を試すことにした。


「グルルォッ!」

「――ここだな」


 俺は炎竜が放った爪での一撃を跳んで避けて、そのまま炎竜の背中に着地する。


「ここから跳んで――おわっ⁉」


 そして、炎竜を足場にして跳ぼうとしたが、飛び掛かって来ていて空中にいる状態のドラゴンという不安定な足場だったので、足を滑らせてしまった。


「リッカ、後は任せた」


 足を滑らせた結果、どうなったのかは言うまでもない。俺はそのまま何もできずに溶岩に落下して、視界が赤く染まると共に全身を焼き尽くされたのだった。

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