episode107 歪みの狼との初戦闘、決着

 リッカはひずみの狼の次の動きに警戒しながら構えを取る。


(とりあえず、通常攻撃は捌ける)


 動きはそれなりに速いが、スキルを使わない通常攻撃であれば、十分に捌くことが可能だった。


(問題は麻痺付与)


 現状での問題は睨み付けによる麻痺付与だった。

 初手の咆哮ほうこうで状態異常を一度だけ無効にする効果を剥がされてしまっているので、狙われると防ぐすべはない。


 もちろん、シャムがうまく対応してくれれば何とかなるが、唯一の前衛であるリッカを対象にされると素早く対応する必要があるので、うまくいく保証はどこにもなかった。


(クールタイムはある。けど、次がいつかは分からない)


 連発して来ていないことを見るに、あのスキルにクールタイムが設定されていることは確実だ。

 だが、二度目が来ないことには何秒に設定されているのかは分からないので、次に来るタイミングを予測するのは不可能だった。


(やっぱり、次が来る前にできるだけダメージを稼ぐのが良い)


 そこからリッカが導き出した答えは、次の麻痺睨みが来る前にダメージを稼ぐことだった。

 対象が一人とは言え、麻痺での行動不能は事故要因なので、事故る前にダメージを稼いでおくのが最適解だと判断していた。


「ガルッ!」

「――そこ」


 直後、ひずみの狼が飛び掛かって来て、その鋭い爪を振り下ろしてくるが、もうそんな単調な攻撃は通用しない。

 リッカはタイミングを合わせて抜刀攻撃を放って、『見切り』を発動させてそれを弾く。


「――『根源解放』」


 そして、怯ませた隙に素早く距離を取ると、『根源解放』を発動させて自身を強化した。


「――一気に削る。いつでも動けるようにしておいて」

「分かった」

「分かったよ」


 リッカはシャムとクオンにいつでも仕掛けられるように備えておくよう指示を飛ばしながら、素早くひずみの狼に接近して、自身に注意を向ける。


「グルルル……」

「――!」


 だが、ひずみの狼は低い声を鳴らしながら姿勢を低くして構えるという、これまでに見たことがない動きを見せていた。


「アオォーーーン!」


 直後、ひずみの狼が黒いオーラを放ちながら強烈な咆哮ほうこうを上げると、そこから黒い波動が放たれた。


「っ! 避けて!」

「分かっている!」

「言われなくても!」


 初見の攻撃である以上、波動の範囲は不明なので、距離を取って避けることは難しい。

 なので、次の攻撃が避けられなくなるリスクはあるが、全員で跳んで避けた。


「ガルッ!」


 ここでひずみの狼の元に黒いオーラが集約すると、その輪郭がぼやけ始める。

 そして、そのままリッカに向けて跳ぶと、輪郭はさらに不鮮明になって、ラグビーボール状の形と化して突進した。


「――そこ」


 ひずみの狼は彗星のように黒いオーラで尾を引きながらリッカに迫るが、速度はそこまで速くはない。

 リッカはタイミングを合わせて抜刀攻撃を放つことで、『見切り』による打ち消しを狙う。


「んぐっ⁉」


 しかし、打ち消しに失敗して、攻撃に直撃してしまった。


(タイミングはズレてないはず。たぶん打ち消し不可)


 もちろん、タイミングを外したことによる失敗も考えられるが、感覚的にそんな感じはしなかった。

 なので、あの攻撃は『メテオダイブ』のように打ち消し不可能な攻撃だと思われた。


「大丈夫か⁉」

「――こっちは大丈夫」


 直撃したとは言え、即死せずにHPを二割程度残して耐えられたので、問題はない。

 そのまま空中で【HP回復ポーション】を使いながら、ひずみの狼の様子を確認する。


(オーラはまとったまま。強化もされてる)


 確認してみると、ひずみの狼は黒いオーラをまとっていて、闇属性攻撃の威力を上昇させる効果が付与されていた。


「ガルルァッ!」


 と、様子を見て警戒していたところで、ひずみの狼は咆哮ほうこうと共にオーラを飛ばしてきた。


「っ!」

「っと……」

「うわっ⁉」


 そのオーラにはダメージ判定があり、全員がその攻撃を受けてしまった。


(低威力の広範囲攻撃――)


 受けたダメージ量から察するに、その攻撃は範囲が広い代わりに威力が低い攻撃のようだった。


(もう受けられないし、避けるのも難しい)


 だが、自分は残りHPが少ないのでもう受けられないし、その攻撃範囲は後衛にも余裕で届くほどに広く、避けることも難しいので、これ以上前にいるのは厳しそうだった。


「――シャム、代わって」


 彼は本来は後衛ではあるが、耐久力は自分よりも高く、『マテリアルウォール』などの防御手段も持っているので、ある程度であれば耐えることができる。

 なので、回復を済ませるまでの間はシャムに前衛を任せることにした。


「分かった。『マテリアルブレード』」


 指示を受けたシャムはひずみの狼に攻撃しながら前に出て、リッカはそれと入れ替わる形で後ろに下がる。


「む、効かない――?」


 それは良いのだが、シャムの攻撃はオーラに弾かれて無効化されてしまっていた。


「……シャムは無理のない範囲で攻撃、クオンは回復お願い」

「分かったよ」


 攻撃が無効化されたことについて確認していきたいところだが、今優先すべきことは回復だ。

 自分の【HP回復ポーション】はまだクールタイムが残っているので、クオンの【HP回復ポーション】で回復してもらう。


「……もう行ける。下がって」


 リッカは自分の【HP回復ポーション】のクールタイムが切れたところで回復して、素早く前に出る。


「分かった。『マテリアルウォール』」


 指示を受けたシャムは『マテリアルウォール』で壁を形成しながら、リッカと交代する形で下がった。


「何度か攻撃したが、攻撃は効かなかったぞ」

「――見てたから分かる」


 もちろん、回復のために下がっていた間、何もしていなかったわけではない。敵の様子を観察して、状況は把握している。


「たぶんオーラを剥がすまでは効かない」

「オーラを剥がす?」

「……向こうが攻撃するか、攻撃を当てるたびにオーラが減ってる」


 そして、リッカは敵の様子を観察した結果、オーラを使った攻撃をするか、攻撃を当てるとオーラが減少することに気が付いていた。


「……なるほどな。このまま攻撃した方が良いか?」

「うん。無理しない程度に――」

「ガルルァッ!」


 リッカは二人に指示を飛ばすが、敵は待ってはくれない。

 ひずみの狼は一番近くにいたリッカに向けてオーラを飛ばして攻撃してくる。


「っ! 『抜刀剣閃』――!」


 リッカは攻撃を受けつつも反撃するが、オーラによって無効化されてしまう。


(攻撃自体が当たってないことにされてるか、オーラをまとうと当たり判定がなくなる――?)


 リッカの『根源解放』は30回を上限として攻撃を当てるたびに効果が上昇する効果があるが、確認すると、その回数がカウントされていなかった。

 なので、攻撃の命中自体を無効化されているか、当たり判定自体がなくなっているものだと思われた。


(そうなると、『見切り』も使えない可能性が高い)


 また、『見切り』は条件を満たすと攻撃を一方的に打ち消すというものなので、そもそも攻撃が当たらないとなると、こちら側の攻撃だけがすり抜けて、一方的に攻撃される可能性が高かった。


「ガルァッ!」

「――っ!」


 なので、『見切り』で打ち消そうとはせずに回避する。


「――ここだな。『バレッジブレード』」

「援護するよ! 『デフュージョンアロー』!」

「ガルッ⁉」


 と、ここで隙を突いてシャムとクオンが攻撃を放つと、ひずみの狼のオーラが完全に剥がれた。


「――私が引き付ける。一気に削って」


 リッカはオーラが剥がれたところで、距離を詰めて注意を引き付けると、後衛の二人に仕掛けるよう指示を飛ばす。


「分かった。『バレッジブレード』」

「あたしも行くよ! 『ホールドショット』!」


 指示を受けた二人はすぐに動いた。シャムは『バレッジブレード』で密度の高い弾幕を、クオンは『ホールドショット』という止まって構えることで連続で矢を放つスキルを使って、ひずみの狼に集中攻撃する。


「ガルッ!」

「――ふっ!」


 その間、リッカは火力を後衛に任せて、ひずみの狼の相手をすることに集中する。


「ガルルッ!」

「――させない。『抜刀剣閃』」


 ひずみの狼は後衛の二人に攻撃しようとするが、そう簡単には通しはしない。

 リッカが素早くその前に立ちはだかって、それを阻止する。


「グルル……ガルッ!」

「っぐ⁉」


 ここでひずみの狼は鬱陶うっとうしいと言わんばかりにリッカを睨み付けると、彼女に麻痺が付与された。


「シャム――!」

「分かっている。『マテリアル――」

「ガルッ!」

「ぐっ……⁉」


 すぐにシャムが対応しようとするが、攻撃中だったので対応が遅れて間に合わなかった。

 リッカは爪での一撃を受けて吹き飛ばされて、直前まで彼女がいた場所をシャムが放った鎖が通過する。


「ガルルッ!」


 しかも、ひずみの狼の攻撃はそれだけでは終わらない。

 ひずみの狼はトドメと言わんばかりに、麻痺状態で動けないリッカにがぶりと噛み付く。


「がっ……」


 すると、その攻撃でリッカのHPはゼロになってしまった。


(……二人だとすぐ溶ける。退いて)


 倒されたリッカは二人では攻撃に耐えられないので、すぐに撤退するよう指示を出す。


「分かった」

「分かったよ」

「ガルルァッ!」

「っ⁉」


 二人は指示を受けてすぐに撤退しようとするが、そう簡単には逃げられない。

 ひずみの狼は一瞬で距離を詰めると、素早い動きで二人をじゅうりんしていく。


「ぐ……」

「うぐっ……」


 そして、攻撃を捌けなかった二人はそのままあっさりと全滅してしまった。


(……悪い)

(……仕方ない。気にしなくて良い)


 撤退する間もなくひずみの狼は動いてきていたので、全滅も仕方がないことだった。

 なので、そこは気にしなくても良いと、フォローを入れる。


(……とりあえず、帰還)

(そうだな)


 そして、全滅した三人はこの場ですることもないので、そのままウェスティアに戻ったのだった。

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