episode82 タヌア

 一度ログアウトした俺達は夕食後に再度ログインしていた。


「さて、予定通りにユヅリハ達に会いに行くということで良いな?」

「……うん」

「分かった。では、俺が話をしよう」


 リッカに確認を取ったところで、俺はメニュー画面を開いてユヅハに通信を繋ぐ。


「……やっと連絡してきたわね」

「少々忙しくてな。それで、修行をつけてくれると言っていたが、何をするんだ?」

「とりあえず、スピリア荒原の北西の方で待っているから、そこまで来なさい」

「分かった。……と言いたいところだが、もう少し詳しく場所を指定してもらって良いか?」


 場所の指定がかなり大雑把だからな。あれだけ広いマップから探し出すのは困難なので、正確な場所を指定してもらわないと困る。


「オブソル岩石砂漠の入口付近よ。近くに来たら、迎えに行ってあげるわ」


 オブソル岩石砂漠はスピリア荒原の北西から繋がっているエリアで、ベータ版では未解禁だったエリアだ。

 そのため、このエリアに関してはその名称以外のことは一切判明しておらず、完全に未知のエリアになっている。


「分かった。では、すぐに向かおう」


 そして、正確な場所を確認したところで、通信を切った。


「リッカ、聞いていたな?」

「……うん」

「では、このまま向かうぞ」


 待たせるわけにはいかないからな。俺達はすぐに出発して、指定された場所を目指したのだった。



  ◇  ◇  ◇



 それから俺達は適当に敵を倒しながらスピリア荒原を北進していた。


「さて……この辺りか?」


 マップを確認すると、俺達は指定された場所である、オブソル岩石砂漠の入口付近にまで来ていた。


「……あれ」


 と、ここでリッカは何かを見付けたらしく、右奥の方を指差して、そのことを知らせてきた。


(あの九本の尻尾……間違いないな)


 リッカが指差した方向を見てみると、そこにはこちらに背を向けたユヅリハがいた。

 その奥にはユヅハとシャノらしき二人分の人影もある。


「行くか」

「……うん」


 目的の人物の姿を確認した俺達は駆け足で彼女達の元に向かう。


「……来たわね」


 そして、俺達が彼女達の近くにまで来たところで、ユヅリハはそう言ってこちらを振り向いた。


「待たせて悪いな」

「別に問題ないわ。私達精霊種にとってこの程度の時間は些細なものだし、待つことには慣れているわ」

「そうか。ところで、彼女は何者なんだ?」


 遠目に見たときは、ちょうどユヅリハの陰に隠れていて見えなかったが、ユヅハとシャノに加えて一人の少女がいた。

 ユヅリハの式神は三人いるらしいので、彼女も式神なのだろうが、まだ確定したわけではないからな。

 それを確定させるために、ユヅリハに彼女のことを聞いてみる。


「タヌア、自己紹介しなさい」

「分かりました、ユヅリハ様。わたしはタヌアです。よろしくです」


 タヌアと名乗った少女はそう言ってぺこりと頭を下げる。

 ここで俺は改めて彼女の容姿を確認してみる。


 彼女は十歳前後の狸系の獣人の見た目をしていて、武器として杖を持っていた。

 ふわふわとした茶色の短髪は比重が軽そうで、その黒い瞳はしっかりと俺達のことを捉えている。


 また、その半袖の服やスカートには装飾品が付いていて、確実なことは言えないが、見たところそれらは魔法を補助する物のようだった。


「聞いていると思うが、俺はシャムだ」

「……私はリッカ」


 ユヅハかユヅリハから聞いて知っているとは思うが、礼儀としてこちらも軽く自己紹介しておく。


「それで、今回は何をするんだ?」

「そうね……とりあえず、リッカはシャムと違って成長しているみたいね」

「……うん」


 ユヅリハにそう言われたリッカはそう言ってこくりと頷く。


「それに対して、シャムは何をしていたのかしら?」

「俺はリッカの装備品を作っていたぞ?」


 リッカの装備品を作っていた分、戦闘はあまりしていないからな。

 戦闘面における成長が少ないのは仕方がないと言える。


「その割には指輪しかできていないみたいね」

「必要な素材が足りなくてな。今は集まるのを待っているところだ」


 素材が足りなかったからな。指輪しか作れなかったのも仕方がない。

 とは言え、素材を集めるための手筈は整っているからな。後は待つだけなので、リッカの装備品については問題ない。


「そう。まあその話は良いわ。とりあえず、このままオブソル岩石砂漠に向かうわよ」

「オブソル岩石砂漠に? 大丈夫なのか?」


 俺達の実力で行ける場所には思えないからな。本当に大丈夫なのかと確認を取る。


「リッカの実力なら大丈夫のはずよ」

「……そうか」


 俺の実力では無理だと暗に言っているようなものだが、それは恐らく事実で、否定はできないからな。

 反論はできないので、それに対しては特に何も言わないことにする。


「気候的には大丈夫なのか?」


 砂漠となると、耐暑装備や耐寒装備が必要になる可能性があるからな。そこは大丈夫なのかどうかを聞いてみることにする。


「そこは問題ないわ。ヴァスタ砂漠にまで行くなら必要だけど、オブソル岩石砂漠はそこまで厳しい気候じゃないわ」

「そうか」


 砂漠ではあるが、オブソル岩石砂漠はそんなに厳しい気候ではないらしく、耐暑装備や耐寒装備は不要らしい。


「私達は先に行っているわ。あなた達は自力で来なさい」

「自力で?」

「ええ。その程度のこともできないようなら、私達から教えるようなことはないわ」


 どうやら、簡単に教えるつもりはないらしく、教えを与える上での試練ということらしい。


「……分かった。リッカもそれで良いな?」

「……うん」


 文句を言っても聞き入れてはくれないだろうからな。ここは素直に言うことを聞くことにした。


「ユヅハ、あなたは二人に付いておきなさい。監視だけで良いわ。手助けは不要よ」

「分かりました」

「シャノ、タヌア、行くわよ」

「はいっ!」

「分かりました」


 そして、ユヅリハ、シャノ、タヌアの三人はその場でふわりと浮かび上がると、オブソル岩石砂漠の方に向かって飛んで行った。


「……一つ聞いて良いか?」

「何かしら?」

「あの空中浮遊は俺達には覚えられないのか?」

「無理よ。普通の人類種とは違うとは言え、私達精霊種と一緒にしないことね」

「まあそれはそうだよな」


 あれをプレイヤーが使えたらゲームバランス的に問題があるからな。わざわざ聞くまでもなかったか。


(……ん? 人類種?)


 それはそうと、俺は彼女のその言い方に違和感を覚えた。


「私は一切手助けしないわ。自力でユヅリハ様の元にまで辿り着きなさい」

「いや、その前に一つ聞きたいことが――」

「あなたはユヅリハ様を待たせていることを理解しているのかしら? 話なら辿り着けたら聞いてあげるわ」

「……分かった」


 この様子だと話を聞いてくれそうにないからな。ここは素直に言う通りにすることにした。


「リッカ、行くぞ」

「……うん」


 そして、俺達はそのままオブソル岩石砂漠に足を踏み入れたのだった。

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