episode74 防具のデザインの依頼

 拠点を出た俺は寄り道をせずに真っ直ぐと『猫又商会』の経営する店を訪れていた。


「お、来たッスね」

「む、シェーダか」


 店に入ると、入口近くで作業をしていたシェーダに出迎えられた。


「今度は何の用ッスか?」

「防具のデザインを依頼しようと思ってな」


 用があるので訪れるとは言っておいたが、用件の詳細までは伝えていなかったからな。

 ここで用件が防具のデザインの依頼だったことを伝える。


「そうだったんッスね。とりあえず、奥で話さないッスか?」

「構わないぞ。案内してくれるか?」

「任せるッスよ。こっちッス」


 そして、そのまま俺は従業員用の扉の先に案内された。


「ここは……拠点か」


 扉の先にあったのは『猫又商会』のものだと思われる拠点だった。


(やはり、規模が違うな)


 拠点には複数の生産設備が並べられていて、拠点の拡張も既に行われているようだった。

 生産設備がずらっと並んでいるその光景は圧巻で、生産力の違いが直に伝わってくる。


 また、生産設備以外にも適度にインテリアが設置されていて、内装もきちんと整えられていた。

 設置物は機能面も考えて配置されているようで、整然としていて好印象を受ける。


「……そろそろ俺も拠点を整えた方が良いか?」


 機会は少ないとは言え、拠点に人を招くこともあるからな。

 少しは余裕が出てきたので、そろそろ拠点の内装を整えるのも良さそうだった。


「そうッスね。印象は大事ッスよ」

「そういうところで印象を下げてしまっては損ですからね。綺麗に整えておくことは大切ですよ」


 ここで作業を終えたネムカがそう言いながらこちらに歩み寄って来る。


「それもそうだな。多少は資金に余裕も出てきたし、一区切りついたら手を付けるか」

「……むしろ、今まで資金に余裕がなかったのですか?」

「借りていた店の開業資金の返済があったからな」

「そうでしたか。とりあえず、お掛けになってください」

「分かった」


 立ち話も何だからな。俺はそのまま近くにあった席に着く。


「それで、防具のデザインの依頼とのことですが、具体的に聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ。軽い装備を作ろうと思っていてな。そのために布地の面積を制限した装備品のデザインを考えて欲しい」

「なるほど。そういうことでしたか。それで、どの程度にすれば良いのですか?」

「面積的にはこのぐらいだな」


 ここで俺はちょうど良い大きさの皮を取り出して、布地面積を指定する。


「……かなり小さいですね」

「リッカからの注文がうるさくてな。目的の物を作るにはそれぐらいである必要があるということだ」

「……リッカ用の装備なのですか?」


 それを聞いたネムカは怪訝そうな顔をしながらそんなことを聞いてきた。


「そうだが、何か問題でもあるか?」

「……こんな布地面積の少ない服を着せるつもりなんッスか? 流石に引くッスよ?」


 ここでその様子を見ていたシェーダが蔑みを含んだ視線を向けながら、そんなことを言ってくる。


「……いや、そういう目的ではないぞ?」


 別にいかがわしい目的ではないからな。そこはきちんと弁明しておく。


「……どうするッスか?」

「……流石に大丈夫でしょう」

「……依頼を引き受けてくれるか?」

「その前にもう少し詳しく話を聞いてもよろしいでしょうか?」

「分かった」


 まあこれだけでは決められないだろうからな。ここから話を詰めていくことにした。


「軽い装備とは言いますが、具体的にどのぐらいの重量に抑えれば良いのですか?」

「二以下だな」


 『浮かび上がるようなふわふわ』の効果で下げられるのは二までだからな。重量を二以下に抑えることは必須条件だ。


「そんなに軽くする必要があるんッスか?」

「リッカは速度重視の戦闘スタイルだからな。防御力を切ってまで軽くする必要があるかと言われれば疑問だが、本人の意見を尊重するつもりだ」


 俺にはあまり効果があるようには思えないが、本人はそう思ってはいないようだからな。

 俺が口出しすべきようなことでもないので、彼女の意見に従うつもりだ。


「速度を上げるために防具を着けてなかったんッスか?」

「まあそういうことだな」


 そうでもなければ、防具を着けさせているからな。彼女自身が選択したことなので、俺が指示したことではない。


「敏捷特化の戦闘スタイルって有効なんッスかね? まあ確かに『変態紳士』も『和装獣姫』も敏捷を重視してたッスけど」

「どうなのだろうな。まあ一応言っておくと、俺も協力したとは言え、ストライクウルフの討伐ぐらいならできたぞ?」

「そうなんッスか?」

「ああ。見てみるか?」


 ここで俺は【ストライクウルフの毛皮】を取り出して、それを二人に見せる。


「……やっぱり、リッカって上位プレイヤーって言っても良いッスよね?」

「そうですね。やはり、動きを見ておいた方が良いかと」

「……もう片付けても良いか?」


 リッカのことについて話すのは良いが、今は依頼についての話をしているところだからな。

 その話は俺が帰った後にしてもらうことにする。


「はい。構いませんよ」


 俺はネムカにそう言われたところで、テーブルの上に置いていた【ストライクウルフの毛皮】を片付ける。


「確認しますが、作製依頼ではなく、デザインの考案だけでよろしいのですね?」

「ああ。作製はこちらで行う。そちらはデザインの考案をするだけで良い」


 こちらで作製した方が何かと都合が良いからな。こちらからの依頼はデザインの考案だけだ。


「デザインするのは胴装備だけでよろしいですか?」

「そうだな……折角だし、全身分依頼しても良いか?」


 胴装備だけでも良いかと思ったが、それだと半端なことになりそうだからな。

 折角の機会なので、ここは全身分のデザインを依頼することにした。


「分かりました」

「ところで、デザインはしたことがあるのか?」

「はい。『和装獣姫』様からも好評をいただいております」


 まあネムカ自身の装備品を見ればデザイン能力が高いことは明らかだからな。

 どうやら、デザインも含めた依頼を受けた経験もあるらしい。


「そうだったか」

「デザインについて希望はありますか?」

「そうだな……それは後で伝えるということで良いか?」


 デザインは本人に決めてもらった方が良いだろうからな。

 ここはログイン後に本人に伝えてもらうことにした。


「今はリッカはいないのですか?」

「デスペナを喰らってログアウト中だ」

「そうでしたか。何かあったのですか?」

「エンシェントゴーレム――プロトタイプとの戦闘でな。ビームで遮蔽物ごと撃ち抜かれて即死した」

「ああ、あれですか」


 それを聞いたネムカは納得した様子を見せる。


「知っているのか?」

「はい。障壁の解除時に使用してくる攻撃ですね。知っていますよ」

「…………」


(やはり、意図的に伏せている情報もあるようだな)


 ネットで調べても、そんな情報は見当たらなかったからな。

 やはり、ベータテストで得られた情報を公表していない者もいるらしい。


(まあ伏せる意味もあるか)


 エンシェントゴーレム――プロトタイプはレアモンスターで、遭遇者が少なく、元々情報が少ないだろうからな。

 情報を握っていることによるメリットは比較的大きいので、伏せる意味があることは理解できる。


「ところで、依頼料はどうすれば良い?」


 依頼の内容が決まったは良いが、まだ依頼料についての話をしていなかったからな。

 次はそのことについての話をすることにした。


「そうですね……ここは一つ交易路を開拓することにしましょうか」

「と言うと?」


 それだけでは何も分からないからな。ひとまず、詳しく聞いてみることにする。


「端的に言うと、特定のアイテムの交換をしていただきたいのです」

「……なるほどな。それで、『交易路の開拓』か。詳しい内容を聞かせてくれるか?」

「分かりました。そちらには【クロライト鉱石】を提供していただきたいと思っています。こちらは【シロライト鉱石】、【ミドライト鉱石】、【アオライト鉱石】のいずれかを提供しましょう」

「ふむ、その三種類か」


 【シロライト鉱石】は獣人専用エリア、【ミドライト鉱石】はエルフ専用エリア、【アオライト鉱石】は人間専用エリアで採れる鉱石だからな。

 竜人である俺とリッカには入手が難しいので、それはありがたい提案だ。


「だが、良いのか? こちらに有利な提案なように思えるが?」


 【クロライト鉱石】は竜人専用エリアでしか採れない素材だが、条件的には純粋にこちらに有利だからな。

 本当にそれで良いのかと確認を取る。


「はい。こちらとしても竜人エリアの素材は入手しづらいので、それで問題ありません」

「そうか」

「交易品は今後も増やして行こうと思っています。合意していただけますか?」


 ネムカはそう言ってこちらに右手を差し出す。


「ああ」


 断る理由も無いからな。俺はその手を取って握手して、その提案を受け入れた。


「ところで、それらの鉱石は今あるのか?」

「いえ、今はまだ」

「そうか。では、リッカがログインしたら連絡しよう」

「はい。お願いします」


 そして、無事に交渉を終えた俺は拠点に戻ってリッカがログインするのを待ったのだった。

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