episode62 シャノ

「とりあえず、結界を張っておくわ。その中で戦いなさい」


 戦闘が始まる前にユヅハは直径百メートルほどの大きさの半球状の結界を展開する。


「分かりました、ユヅハ様!」

「…………」

「…………」


 リッカとシャノはそれぞれで武器を構えたまま対峙する。


「あんたから動く気がないのなら、あたしから行くよ!」


 先に仕掛けたのはシャノだった。

 彼女は地面を蹴って一気に距離を詰めると、そのまま攻撃を仕掛ける。


(速いな)


 その速度はかなりのもので、二十メートル近くあった距離をほんの一秒で詰めていた。


「――『居合斬り』」


 だが、その程度ならリッカであれば十分に見切ることが可能だった。

 リッカはタイミングを合わせて『居合斬り』を放って、それを迎撃する。


「遅いよ!」

「――っ!」


 しかし、その攻撃は手甲で弾かれてしまっていた。


(『パリィ』か)


 手甲は『パリィ』という攻撃を受け流して無効化するスキルを使用可能なので、シャノはそれを使ってリッカの攻撃を弾いていた。


(中々厄介そうだな)


 『パリィ』は『見切り』とは違って相手を怯ませる効果はないが、それでも攻撃を無効化できる強力なスキルであることに変わりはない。

 『見切り』と同様に判定はシビアなので、いつか失敗して攻撃が通るかもしれないが、NPCであるシャノを相手にそれは期待できなさそうだった。


「はっ――」

「効かないよ!」


(うまく距離を保っているな)


 当然のことではあるが、手甲よりも刀の方がリーチが長い。

 なので、リッカはそのリーチを活かして、一方的に攻撃できる距離を保ちながら攻撃を仕掛けていた。


「そこだよ!」

「っ――!」


 だが、リッカは納刀の隙を突いて接近されて、そのまま攻撃を叩き込まれてしまっていた。

 リッカはその攻撃によって吹き飛ばされて、結界に叩き付けられる。


(居合の構えは速度に補正が掛かるとは言え、流石に手甲相手では不利か?)


 いくら居合の構えが速度特化型の構えだとは言っても、納刀のタイミングで隙ができるからな。

 同じ速度特化の戦闘スタイルでも、隙の小さい手甲相手には不利に思えた。


「と言うか、ダメージがあまり入っていなくないか?」


 それはそうと、リッカは攻撃を受けたはずだが、HPはあまり減っていなかった。


「シャノが本気を出したら一瞬で終わるでしょう?」

「……つまり、手加減しているということか?」

「そんなところよ」


 どの程度のステータスなのかは分からないが、シャノのステータスだとリッカは一撃で倒されるだろうからな。それも当然か。


「……聞くが、敏捷も抑えているのか?」


 ここで俺はユヅハに一つ質問をする。

 質問というのは、敏捷も抑えているのかどうかということだった。


 もちろん、シャノと会ったのは今回が初めてなので、比較することはできないが、何となくそんな感じがしたからな。

 少し聞いてみることにしたのだ。


「あら、よく分かったわね」


 聞いてみると、思った通りに彼女は敏捷も抑えているようだった。


「まあそんな感じはしたからな」

「あなた達の速度では私達の速度には付いて来れないわ。だから、それに合わせてあげたのよ。感謝しなさい」

「そうか」


 まともに取り合うと面倒なので、俺はそれを適当に流して観戦に戻る。


(戦況は……相変わらずか)


 観戦に戻ったが、戦況は相変わらず不利なままだった。


(やはり、無理があるか)


 手加減しているとは言え、ステータス差が圧倒的すぎるからな。

 やはり、彼女と戦うのは無理があったらしい。


「リッカ、そろそろ止めたらどうだ?」

「……もう少しだけ」


 俺はそろそろ止めるよう言うが、リッカはもう少しだけ続けると言ってそれを断った。


「……もう手加減しなくて良い」


 と、ここでリッカはシャノに手加減は不要だと言い放った。


「良いの? あんたの実力だと話にならないと思うよ?」

「……うん」


 シャノは実力差がありすぎて勝負にならないと忠告するが、リッカはそれでも問題ないと言って構えを取る。


「……分かったよ。じゃあ速度だけ解放するよ? 『神速闊歩』」

「っ――!」


 シャノがそう言った直後、彼女の姿が消えてリッカが吹き飛んでいた。


(速い――)


 その速度は目で捉えることが不可能なほどの速度で、瞬間移動したのではないかとすら思うほどの速度だった。


「まだ行くよ! 『金華繚乱』!」


 さらに、追撃と言わんばかりにスキルを使うと、その姿が消えて、気付くとリッカの上側にいた。


(まさか、あの一瞬であれだけ攻撃したのか?)


 見ると、リッカのいた場所を通過するように何本もの光の筋が残されていた。

 始点から終点まで一筆書きで光の筋が残されているので、どうやら、見えないほどの速度で連続攻撃をしていたらしい。


「ぐっ……」


 その速度を前にリッカも対応することができていなかった。

 攻撃力は抑えているので、リッカのHPは僅かに残っているが、もう打つ手はないような状態だった。


「これで終わりだよ! 『メテオダイブ』!」


 ここでシャノは自由落下するリッカに向けてトドメの一撃を放った。

 スキルを発動すると、炎を纏って隕石のように落下しながらリッカに迫る。


「――そこ」

「無駄だよ!」


 リッカはそれを迎撃するように抜刀攻撃を放つが、それでは防ぐことができずに、攻撃に直撃してしまった。


「ぐ……」


 その攻撃によってリッカのHPはゼロになって、そのまま力なく落下する。


「今回も中々だったわ」


 そして、地面に叩き付けられるかと思われたが、それはいつの間にか結界を解除して、彼女の落下地点に移動していたユヅハが受け止めた。


「『秘術――リヴァイヴコード』」


 リッカを受け止めたユヅハはそのまま彼女を蘇生する。


「ん……」

「タイミングはおおよそ合っていたけど、『メテオダイブ』は防御、打ち消し、受け流し不可のスキルよ? 知らなかったのかしら?」


 リッカは『見切り』を発動させて打ち消そうとしていたようだが、『メテオダイブ』は打ち消せない攻撃だったらしい。

 ひとまず、『メテオダイブ』の情報が手に入ったので、確認してみる。



━━━━━━━━━━


【メテオダイブ】

 エアステップ系のスキルを使用可能な状態で、かつ空中にいるときにのみ使用可能。

 高速で降下して、火属性の物理ダメージを与える。

 このスキルは防御、打ち消し、受け流しされない。


━━━━━━━━━━



「……うん」

「まあそれは良いわ。とりあえず、あなたには速度特化の戦闘スタイルに役立つスキルを教えるのが良さそうね」

「……教える?」


 さり気なく言ったその言葉を俺は聞き逃さなかった。

 少々気になるので、その部分について詳しく聞いてみる。


「ええ。教えようと思えば、スキルを教えることもできるわ」

「そうか。…………」

「……あなたに教えるつもりはないわよ?」


 ユヅハは俺の考えを見透かしてか、俺がそれを口にする前に釘を刺す。


「いや――」

「あなたは大したことないじゃない」


 交渉を試みようとしたが、有無を言わせないと言わんばかりに言葉を遮られてしまった。


「まあ何か認めてあげられるようなことをしたら考えてあげるわ」

「認められるようなことか……一応、ストライクウルフは討伐したぞ?」

「その程度で認められるとでも?」

「だよな」


 ダメ元で言ってみたが、やはりその程度では認められないらしい。


「まあ今度何かを教えてあげるわ。それはそうと、リッカは防具やアクセサリーを着けたらどうかしら?」


 ここでユヅハはリッカに防具やアクセサリーを装備することを提案する。


「……重い」


 だが、リッカは重量があることを理由にそれを断った。


「この辺りには必中攻撃を使うモンスターはいないけど、今後はそういうわけにはいかないわよ?」

「…………」


 それを聞いたリッカは何も言い返すことができずに、黙り込んでしまう。

 ユヅハの言うことは尤もだからな。そろそろ防具のことも考えたいところだった。


「軽い装備に重量を減らす付与効果でも付ければ良いじゃない。シャムは何をしているのかしら?」

「いや、俺もあえて作っていないというわけではないぞ? 作れないだけだ」


 重量を下げる付与効果が存在していることは知っているが、それが付与されたアイテムを持っていないからな。

 今の段階ではそういった物は作ることができない。


「確かに、【クラウドストーン】は手に入らないかもしれないけど、【コッコの羽】は手に入るでしょう?」

「それはそうだが……ああ、そういうことか」


 【コッコの羽】では重量を下げられないだろうと思ったが、ここである話を思い出した。


 ある話というのは、エルリーチェから聞いた付与効果化可能な固有効果のことだった。

 装備品に付与される効果の中には、付与効果化することが可能な固有の効果が存在しているらしいからな。

 ユヅハの話から察するに、【コッコの羽】を使った装備品の中に重量を下げる付与効果化可能な固有効果があるものだと思われた。


「まあ色々と試してみよう。さて、今日はスキルを教えてもらって助かった。礼を言おう」

「ええ、感謝すると良いわ」

「ではリッカ、そろそろ行くぞ」

「……うん」


 そして、ユヅハの方の用件を済ませた俺達は、そのまま闘都コロッセオスに戻ったのだった。

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