episode57 ユヅリハ

 竜都ドラガリアに移動した俺達はそのままドラガリア荒野に出ていた。


「それで、ストライクウルフがどこにいるか分かるのか?」

「……どこか」

「……それは分からないと言うのだが?」


 このマップのどこかにいることは分かり切っているからな。

 それは分からないと言っているのと同義だ。


「と言うか、ドラガリア峡谷でなくとも出るのか」

「……うん。確認した」


 以前出会ったのはドラガリア峡谷だったが、どうやら、ドラガリア荒野であればどこでも出没するらしい。


「となると、面倒だがこの広いマップを探し回るしかないか」


 当てがない以上は仕方がないからな。このマップを歩いて探し回ることにした。


「あら、困っているようね」


 と、そんな話をしていると、上空から何者かが降下して来た。


「誰かと思ったらユヅハか」


 上空から降下して来たのはユヅハだった。


「何か用か?」

「特別何か用があるわけじゃないわ」

「そうか」

「それはそうと、あなた達はストライクウルフを探しているみたいね」

「ああ」


 ストライクウルフの討伐に挑戦することを決めたは良いが、まずは探す必要があるからな。

 ちょうどどう探そうかと考えていたところだ。


「それならちょうど良いわ。あなた達、跪きなさい」

「いや、どういうことだ?」


 脈絡もなくそんなことを言われても困るからな。せめて、理由ぐらいは説明して欲しいところだ。


「まあ良いじゃない。少し落ち着くと良いわ」


 だが、ここでその声と共にもやが晴れるように空間が歪んで、ドレス風の服を着た女性が現れた。


 彼女の歳は四十代だろうか。容姿はユヅハとかなり似ていて、彼女と同様に狐系の獣人のようで、紫色の瞳とロングヘアの金髪を持っている。


 だが、ユヅハとは違う点がいくつかあった。

 まず一つは身長で、ユヅハよりも少し身長が高く、より威圧感が増していた。

 モフモフとした大きな耳と尻尾はユヅハよりも大きく、尻尾に至っては九本もある。


 大きく広がった髪によって大きく見えるその存在と、こちらを見下ろして逆光の中で妖しく光る紫色の瞳、そこから伝わって来るのは圧倒的な存在感だった。

 それこそ、ラスボスであるかのような圧倒的な存在感で、このまま最終決戦になってもおかしくないほどだった。


「……彼女が大妖狐ユヅリハか」


 彼女が何者であるのかは情報を見るまでもなく分かった。

 ユヅリハ。それが彼女の名だった。


「今日はユヅリハ様も来ているわ。二人とも、跪きなさい」

「いや、それは分かったが、跪く必要は……」

「跪きなさい」

「ごふぅっ⁉」


 俺はユヅハに跪く必要性を聞こうとするが、素早く横に回った彼女にローキックで後方から膝を折られて、掴まれた頭部を地面に叩き付けられてしまった。


「これで良いわね」

「……これは土下座と言って、跪くとは言わないぞ?」


 俺は土下座の状態のまま顔を横に向けて、視線をユヅハに向けながらそう言う。


「むしろ、その方が良いじゃない」


 だが、ユヅハはむしろその方が似合っていると言わんばかりにそう言うと、俺を椅子にして座った。


「……俺は椅子ではないのだが?」

「あなたとユヅリハ様との差を考えると、このぐらいでちょうど良いわ」

「そうだとしても、座る必要はないよな?」


 それを主張するのは良いが、こうして抑える必要はないからな。それがこうして俺を椅子にして座って良い理由にはならない。

 と言うか、どんな理由だろうと、人に座って良い理由などありはしない。


「私が跪くよう言っても聞かなかったじゃない。これは当然の帰結よ」

「……そうか?」

「そうよ」

「…………」


 もう何を言っても聞きそうにないので、これ以上はこのことに言及しないことにした。


「そちらから退かないのであれば、自分で抜けさせてもらうぞ」


 このままでは何もできないからな。ここは自力で抜け出すことにした。


「よっと……」


 俺はユヅハの脚を掴んで、無理矢理押し退けて抜け出そうとする。

 だが、どれだけ力を込めても、びくともしなかった。


「あらあら……非力なのね。可愛らしいわ」


 その様子を見たユヅハはそう言って俺の頭を撫でて煽ってくる。


(良い意味でも悪い意味でも、NPCは想像以上に感情豊かだな)


 少し前から思っていたことだが、AIであるはずのNPCは思っていたよりも感情豊かだった。

 特にネームドのNPCはその傾向が強いように思える。


「ユヅリハ、何とかしてくれないか? 式神なのだろう?」

「ユヅリハ『様』よ」

「ごふっ⁉」


 ユヅハの主であるユヅリハに何とかするよう言うが、その言い方が気に入らなかったユヅハに抑え付けられてしまった。


「ユヅハ、そのぐらいにしておきなさい」


 だが、その様子を見ていたユヅリハが止めに入ってくれた。


「分かりました」


 主の言うことだからなのか、それを聞いてユヅハはあっさりと退いてくれた。


「全く……面倒な式神だな」


 ユヅハが退いたところで、ゆっくりと立ち上がる。


「あら、まだ足りないのかしら?」

「遠慮しておこう。それで、ユヅリハ……様は何をしに?」


 呼び捨てにしようとしたところでユヅハに睨まれたので、無理矢理ユヅリハに対して様付けする。


「面白そうだったから、様子を見に来ただけよ」

「……そうか」

「あなた達はストライクウルフを探しているみたいね」

「ああ」


 これから討伐に挑戦するところだからな。ストライクウルフはこれから探すところだ。


「私が探してあげるわ。少し待っていなさい」


 ユヅリハはそう言って目を閉じると、ふわりと空中に浮かび上がる。


「見付けたわ」


 そして、それから少ししたところで、目標を発見したらしく、目を開いて降下して来た。


「それじゃあこのまま連れて行ってあげるわ」

「む? 良いのか?」

「場所を教えても、歩きだと時間が掛かるでしょう? いくら暇でも、無駄な時間を過ごすつもりはないわ」


 どうやら、歩きだと時間が掛かるので、ユヅリハ自身が連れて行ってくれるらしい。


「そうか。では、頼めるか?」

「……待ちなさい」


 俺はそのままユヅリハに連れて行ってもらうよう頼むが、それにユヅハは待ったを掛けた。


「何だ?」

「あなたは言葉遣いも知らないのかしら?」


 どうやら、ユヅリハに対する言葉遣いが気に食わなかったらしく、そのことに対して文句を言ってきた。


「別にそういうわけではないが?」


 もちろん、言葉遣いを知らないわけではない。その必要性がないので、使っていないだけだ。


「つまり、ユヅリハ様への敬意が足りないということね」

「敬意も何も、初対面の相手に敬意を持てという方に無理があると思うが?」


 何か実績があったり、立場の高い者にならともかく、彼女はそうではないからな。敬意を持てと言う方に無理がある。

 ……まあ圧倒的なほどの存在感はあるし、それを強制できるだけの威光はあるとは思うが。


「……ユヅリハ様のお時間を取らせるわけにはいかないから、今は黙っておいてあげるわ」

「……金輪際こんりんざいお断りしたいのだが?」


 どう考えても面倒なことになる未来しか見えないからな。

 時期に関わらずに断らせてもらうことにする。


「話をしていないで、行くわよ」

「おわっ⁉」

「……っ⁉」


 と、ここでユヅリハがそんな話は後にしろと言わんばかりに話を切ると、俺とリッカはふわりと宙に浮かび上がった。


「落ちることはないから安心しなさい」

「ユヅリハ様に連れて行ってもらえることを光栄に思うと良いわ」

「…………」


 ユヅハが何か言っているが、面倒なのでスルーしておく。

 そして、俺達はそのまま空を飛んで、ストライクウルフがいる場所にまで連れて行かれたのだった。



  ◇  ◇  ◇



「……ここよ」


 それから数分ほど飛んで移動すると、ストライクウルフがいる場所に到着していた。


「そのようだな」

「とりあえず、邪魔な敵は消しておくわ」


 ユヅリハはそう言うと、頭上に巨大な魔法陣を展開する。


「消え去りなさい。『【霊宴】――アストラルイロージョン』」


 そして、その魔法陣から大量の魔法弾のような何かが飛ばされた。

 その魔法弾のような何かは、生命体であるかのように複雑な軌道を描いて飛んで行き、それぞれが狙って敵に着弾した。

 その攻撃によって、この周辺にいたストライクウルフ以外の敵が殲滅される。


「…………」

「あら、何を呆気に取られているのかしら?」

「……いや、ここまでだとは思っていなかっただけだ」


 かなりの実力者であることは分かっていたが、こんなに簡単にあれだけの数の敵を片付けるとは思っていなかったからな。

 どのぐらい強く設定されているのかは知らないが、警戒して監視されていたのも分かる気がする。


「ユヅリハ様の偉大さが分かってきたみたいね」

「……偉大と言うのか……?」


 ユヅハが何か言っているが、まともに取り合わずに適当に流しておく。


「準備時間はあげるわ。三十秒で良いわね?」

「ああ」

「……うん」

「それじゃあ行くわよ?」


 そして、ユヅリハはそう言って地上に半球状の結界を展開すると、そこに俺とリッカを転移させた。


「……さて、もうすぐ戦闘が始まるわけだが、そちらは行けるか?」

「……うん」

「ストライクウルフは……気付いていないようだな」


 この結界には認識阻害効果があるのか、ストライクウルフは俺達のことに気付いていないようだった。


「……私が行く。できるだけ後ろにいて」

「分かっている」


 俺がターゲットになると、攻撃に耐えられないからな。

 リッカがターゲットを取って、俺が後方から支援するという、いつものスタイルで行くことにする。


「……始まる」


 そして、リッカがそう言ったところで結界が消滅して、ストライクウルフとの戦いが始まった。

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