episode44 ユヅハ

「…………」

「…………」


 リッカとユヅハは互いに睨み合って、相手の出方を窺う。


「はっ……」


 その沈黙を破ったのはリッカだった。

 素早くユヅハに接近して、そのまま抜刀攻撃を仕掛ける。


「当たらないわよ」

「――『抜刀連撃』」


 ユヅハは後方に跳んでそれを避けるが、リッカは抜刀攻撃から派生する連続攻撃で追撃を仕掛ける。


「……君は止めなくて良いのかい?」


 ここでその様子を見ていたミルファがそんなことを聞いてくる。


「止めれば聞くように見えるか?」

「……ユヅハには決して勝てないよ。あのステータスじゃ話にならないことは君も分かっているよね?」

「まあそれはな」


 まだ始めて二日目だし、彼女は相当な実力を持っているようだからな。

 勝てないことは初めから分かっている。


「だが、一太刀浴びせることぐらいはできると思わないか?」

「……確かに、ユヅハは手を抜いている。必中の攻撃を放てば終わるし、その気になればいつでも倒せるからね」


 先程からユヅハは一度も攻撃していないからな。

 誰の目から見ても、彼女が手を抜いていることは明らかだった。


「でも、圧倒的なステータス差は覆らないし、何よりが少なすぎる」

「……選択肢?」

「うん。リッカは【居合の構え】を中心に構築していて、メインの攻撃は抜刀攻撃とそこから派生する攻撃だけ。それで彼女に通用するとは思えないね」

「…………」


 彼の言うように、リッカは【居合の構え】を中心にアビリティを構築しているようだからな。

 【居合の構え】で覚えるのは抜刀攻撃とそこから派生する攻撃になるので、それが主力になる。


 だが、そうなると攻撃は少々単調になるからな。

 それでユヅハに通用するかと言われれば、怪しいところだ。


「まあそこは信じるしかないな」


 とは言え、俺にできることはないからな。このまま見守るしかない。


「……まあ良いや。負けても蘇生ぐらいはしてあげるよ」


 それを聞いたミルファはそれだけ言うと観戦に戻る。


(俺も観戦に戻るか)


 ここで話をしていても仕方がないからな。俺も観戦に戻ることにした。


「はっ……」

「……そんなものかしら?」


 リッカは攻撃を続けているが、ユヅハの動きを捉えられないでいた。


(やはり、素の速度が違いすぎるな)


 リッカとユヅハでは素の速度に大きな違いがあるからな。

 正面からやり合ってはいるが、状況は何も変わっていなかった。


「スタミナを切らせられればチャンスが訪れると思ったのかしら? 残念だけど、私の方がスタミナは多いし、あなたの方が疲れているみたいね」

「…………」


 このゲームにはスタミナという概念が存在している。

 スタミナは攻撃や回避、ダッシュなどの際に消費して、スタミナが不足しているとその行動を取ることができなくなる。

 なので、スタミナのことを考えずに動いていると、回避ができなくなる場合があるので、注意が必要だ。


 また、スタミナの消費量は攻撃であれば重い武器種であるほど増えて、回避の際は重量に応じて増えるようになっている。

 スタミナはスタミナを消費する行動を取っていなければ自然回復するので、それを考えながらうまく管理しなければならない。


「まあ良いわ。所詮はその程度。終わりにさせてもらうわ」


 ユヅハはこれ以上見る必要はないと、後方に複数の魔法陣を展開する。


「……まだ終わりじゃない」


 だが、リッカはまだ諦めていないらしく、攻撃を見極めようと距離を取った。


「まだ諦めていないのね。まあ良いわ。消し飛びなさい」


 そして、ユヅハがそう言うと、魔法陣から球状の炎が放たれた。

 放たれた火球は真っ直ぐと飛んで行って、リッカに迫る。


「――そこ」


 リッカは前に飛び出して火球の隙間を抜けると、そのままユヅハに接近した。


「あら、少しはやるのね。でも、無駄よ」


 ユヅハは両手の手の平に紫色のオーラのようなものを集めると、地上三メートルほどの高さにまで浮かび上がって、そこから黒い炎を放った。


「っ――」


 それを見たリッカはすぐに素早く下がって、炎が届かないぐらいにまで距離を取る。


(あのタイプの攻撃は『見切り』では弾けないし、一旦様子見といったところか)


 『見切り』の発動条件の一つに攻撃の芯をある程度捉えるというものがあるからな。

 あのタイプの攻撃には攻撃の芯になるような部分がないので、『見切り』では弾くことができないようになっている。

 なので、リッカには避ける以外の選択肢がなかった。


(どうするつもりだ?)


 あの黒炎に被弾せずに接近することは難しいだろうからな。

 適当に炎を撒き散らされるだけで、接近は困難なものになるので、リッカに打つ手はないように見えた。


「どれだけ接近戦が得意でも、接近できなければ意味はないわね」

「…………」

「まあ目を見張るものはあるのでしょうけど、実力差がありすぎて話にならないわね」

「――『クイックステップ』」


 ここでリッカは『クイックステップ』という、地面を蹴って素早く飛び出すスキルを使ってユヅハに接近する。


「諦めが悪いわね。このまま焼き尽くされなさい」


 ユヅハは先程と同じように紫色のオーラのようなものを集めると、黒い炎を放ってそれを迎撃しようとした。


「――そこ」


 だが、リッカは先程とは違って、その炎を躱しながらユヅハに接近していた。


(炎の軌道を完全に見切っている……?)


 リッカは炎の軌道を完全に見切っているようで、炎に触れることなく駆け抜けていた。


「少しはやるのね」

「当然――!」


 リッカは先程の攻撃を観察して、その攻撃の特性を完全に見抜いていた。

 この炎は複雑な軌道を描いているように見えるが、放たれた地点から真っ直ぐと飛んで行っているものが連なっているだけだ。

 なので、炎の出始めの部分を見ることで、その軌道を予測することが可能だった。


「だけど、これでどうかしら?」


 だが、それを見たユヅハは黒炎を放つのを止めて、自身の周囲に大量の魔法陣を展開した。


(これは……流石に無理そうだな)


 魔法陣は五十個近く展開されている上に、それぞれがバラバラの方向を向いているので、そこから放たれる全ての攻撃の軌道を読むことはほぼ不可能だ。

 なので、このままだとそこから放たれる攻撃を受けて、倒されることは確実だった。


「――そこ」


 だが、リッカは臆することなくそこに飛び込んで攻撃を仕掛けた。


自棄やけになって適当に突っ込んで来ても、意味はないわね」


 そこに魔法陣から一斉に放たれた火球が彼女に迫る。


「――斬る」


 ここでリッカは目の前にある火球に向けて抜刀攻撃を放つと、『見切り』が発動して火球が打ち消された。


「っ――⁉」


 すると、その火球を打ち消したことによって、ユヅハまでの道が綺麗に開けていた。


「これで――」

「――『緋炎・瞬獄』」


 しかし、リッカがユヅハのすぐ前にまで迫ったそのとき、突然、彼女の目の前で爆発が発生した。


「っ……」


 その爆発によって、リッカは吹き飛ばされて、力なく落下する。


「まあこんなところ……っ⁉」


 これで終わり、ユヅハがそう言おうとしたそのとき、彼女の肩のあたりに何かが当たった。

 確認してみると、それは【リザードマンの爪の刀】だった。


(爆破される直前に投げたようだな)


 倒れているリッカは手に武器を持っていないので、『緋炎・瞬獄』で爆破される前に投擲したようだった。


「……やるわね」


 しかし、それによってユヅハはダメージを受けてしまっていた。

 彼女が受けたダメージは1、たったそれだけだ。


 だが、問題は受けたダメージ量ではない。重要なのは攻撃が届いたという事実だった。


「……気に入ったわ」


 戦闘が終わったところで、ユヅハはそう言ってリッカの前に着地する。


「『秘術――リヴァイヴコード』」


 そして、そのままスキルを使ってリッカを蘇生した。


「ん……」


 蘇生されたリッカはむくりと起き上がる。


「中々やるわね。気に入ったわ」


 ユヅハはそう言いながら着地した際に拾っておいた【リザードマンの爪の刀】を渡す。


「……うん」


 リッカは差し出された【リザードマンの爪の刀】を受け取ると、それをそのまま鞘に戻した。


「闘都コロッセオスまで案内してあげたいところだけど、私は用事があるからそろそろ戻らせてもらうわね。案内はそこにいるミルファに頼むと良いわ」


 そして、ユヅハはそれだけ言い残すと、ふわりと浮かび上がって、どこかに飛び去って行った。


「驚きだね。あのユヅハからそんな言葉を引き出すなんてね」


 そのやり取りを見たミルファはそう言って驚いた様子を見せる。


「とりあえず、このまま闘都コロッセオスまで案内してあげるよ。ここだとゆっくりできないからね」

「ああ、頼んだ」


 色々リッカに聞いてみたいこともあるが、モンスターがいるフィールドマップでは安心して話ができないからな。

 話は闘都コロッセオスに着いてからにすることにした。


 そして、ユヅハとの戦闘を終えた俺達はミルファの案内で闘都コロッセオスに向かったのだった。

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