episode43 大妖狐の式神

 極力戦闘を避けながら移動した俺達は行程の半分に到達していた。


「これで半分か……少々厳しそうだな」


 マップを見た感じだと、この辺りで半分のようだが、この調子だと厳しそうだった。

 敵は倒せるので、一見すると問題ないように見えるが、問題は【リザードマンの爪の刀】の耐久度だ。


 【リザードマンの爪の刀】は二本用意しておいたが、現時点で一本は破損寸前、もう一本は耐久度を半分以上消費してしまっていた。

 なので、このままだと途中で二本とも破損して、戦闘ができなくなってしまう。


 【修理魔石】で耐久度の回復は行えるが、このアイテムでは大して回復しないし、手元に数もないからな。

 闘都コロッセオスに到着する前に二本とも破損するのは明らかだった。


「どうする? 諦めるか?」

「……行けるところまで行く」

「分かった」


 まあ引き返すにしても、途中で武器が破損することに変わりはないからな。

 このまま行けるところまで行くことにした。


「極力戦闘を避けてこれか……まあこんなものか」


 本来であれば、もっときっちり装備を整えてから来る場所だし、戦闘しているのは実質一人だからな。

 そう考えると、より優秀な装備品が必要になるので、こうなるのも当然だったと言える。


「さて……またスケルトンのパーティがいるが、どうする?」


 ここで前方を見てみると、そこには避けられそうにはない位置にスケルトンの一団がいた。


「……待って。誰かいる」


 だが、その近くには一人分の人影があった。

 その影の形から察するに、そこにいるは人のようだが、この距離では詳しいことは分からない。


「詳細は……確認できないか」


 いつものように詳細を確認しようとするが、距離があるので確認はできなかった。


「どうする? 味方とは限らないが、接触してみるか?」

「……うん。価値はある」

「では、行くか」


 敵の可能性もあるが、そのリスクに見合うだけのリターンはあるだろうからな。

 ここは近くにいる敵を倒して、接触してみることにした。


 俺達は方針が決まったところで、気付かれないようにスケルトンの一団に近付く。


「リッカ、頼んだぞ」

「……うん」


 今回はスケルトンアーチャーがいないからな。この戦闘はリッカに任せることにした。

 俺は近くにあった岩の陰に隠れて、戦闘の様子を見守る。


(問題はなさそうだな)


 相手の方が数が多いのに加えて格上なので、通常であれば苦戦するはずだが、リッカにとってはそうではなかった。

 四対一にも関わらず、全ての攻撃を躱して、一方的に蹂躙していく。


「……そんな装備でよくやるね」


 と、ここでその様子を見ていた近くにいた例の人物がそこに近付いた。


「……!」


 それを見たスケルトン達はそちらに攻撃対象を移し換える。


「……僕は戦闘要員じゃないんだけどな」


 男がそう言って右手を挙げると、彼の後方の空間に大量の歪みのようなものが生じる。


「切り刻め。『バレッジブレード』」


 すると、その歪みから三日月型の灰色の刃が飛び出して、スケルトン達を斬り裂いた。

 その攻撃によって、スケルトン達はあっという間に全滅する。


「……そこにいる君も出てきたらどうだい?」


 敵の全滅を確認した男は俺の方を向くと、岩陰から出てくるよう促してきた。


「…………」


 俺はそっと岩陰から出て、男の元に歩み寄る。


「……そんな装備と実力でよくこんな場所に来ようと思ったね。何をしにこんな場所に来たんだい?」


 そして、俺が男の前に立ったところで、彼はそんなことを言ってきた。

 辛辣な言い分だが、事実なだけに何も言い返せない。


(彼がミルファか)


 ここで彼の詳細を確認してみると、表示されたウィンドウにはミルファという名前が記載されていた。

 どうやら、彼がエルリーチェに言われていた副所長のミルファらしい。


 ここで俺は改めて彼の容姿を確認する。

 見た目の年齢は十三歳前後だろうか。種族はエルフで、掛けている眼鏡も相まって、どことなく知的に見える。

 また、白からわずかにくすんだライトグレーの髪は風でかすかに揺れていて、その緑色の瞳は静かにこちらを見据えていた。


「エルリーチェに素材を届けるよう頼まれていてな」

「……そう言えば、そんなことを言っていたね」

「ああ。これがそうだ」


 ここで俺はエルリーチェに渡すよう頼まれていた素材を取り出して手渡す。


「ふむ……確かに受け取ったよ」

「それで、何の調査をしているんだ?」

「君達に話すほどのことでもないよ。……それはそうと、出てきたらどうだい?」


 ここでミルファは脈絡もなくそう言うと、誰もいない方向に振り向いた。


「あら、気付いていたのね」


 すると、もやが晴れるように空間が歪んで、着物風の服を着た女性が現れた。


 彼女の歳は三十代だろうか。狐系の獣人のようで、モフモフした大きな耳と尻尾が特徴的だ。

 その妖しく光る紫色の瞳には俺達の姿が映っていて、じっとこちらを見つめている。


 また、そのロングヘアの金髪は一部がふわふわとして浮いていて、それが大きく広がることで姿が大きく見えるせいか、少し威圧感があった。


「……何者だ?」

「彼女は大妖狐ユヅリハの式神、ユヅハだよ」


 その質問にはミルファが答えた。

 どうやら、彼女が竜王から聞いていた大妖狐の式神らしい。


「あら、呼び捨てにするだなんて、ユヅリハ様への敬意が足りないわね。私の得意な妖術で呪殺するわよ?」

「…………」


 そう言われたミルファは黙って彼女を睨み返す。


「……何用だ?」


 このまま睨み合っていても仕方がないので、ひとまず、ユヅハに用件を聞いてみる。


「特別これといった用事はないわ。ユヅリハ様の指示に従っているだけよ」

「そうか。……ミルファはどうするんだ?」

「今日の調査は大方済んだし、僕はもう帰らせてもらうよ。面倒だからね」


 ミルファはユヅハが面倒なのか、そのまま帰ろうとする。


「俺達も同行して良いか?」

「……面倒なのが付いて来るので、できれば来て欲しくはないね」

「そう言わずに、何とか頼めないか?」


 ここで置いて行かれると、武器の耐久度的にどうしようもなくなるからな。

 ここは何とか一緒に連れて行ってもらいたいところだ。


「……仕方がないね。このままついて来なよ」

「感謝する」


 だが、軽く頼み込むと、あっさりと同行を許可してくれた。


「……私は厄介者扱いかしら? 酷いわね」


 しかし、その様子を見ていたユヅハは自分の扱いが気に障ったのか、文句を言ってきた。


「まあそんなに怒らないでくれ――」

「――少し黙ってくれるかしら?」

「ぐっ……」


 俺はそんなユヅハをなだめようとするが、彼女に首を掴まれて押し倒されてしまった。


(速い……)


 その速度は目で動きを正確に捉えることが困難なほどの速度で、避けることはできなかった。


(敏捷も上げまくればこうなるのか?)


 見たところ、スキルは使っておらず、純粋に敏捷値が高いだけのようだからな。

 今のところは敏捷を重点的に上げているリッカの動きに大きな変化は見られないが、最終的にはこうなるのだろうかと考えてしまう。


(まあパッシブスキルの可能性もあるし、今考えても意味はないか)


 とは言え、何かしらのパッシブスキルの効果の可能性もあるし、まだ始まったばかりのこの段階で最終的にどうなるかを考えても仕方がないからな。

 思考を切り上げて、今は目の前のことに対処することにした。


「私に指図するつもりかしら?」

「……そんなつもりはない」

「監視対象はリッカだけだから、あなたは始末してしまっても良いのよ?」

「それは……困ったな」


 このままやられると、イストールに逆戻りだからな。

 リッカだけ闘都コロッセオスに到達しても意味がないので、それは困る。


「私としてはどうしても良いけど――」

「――放して」

「っ!」


 だが、ここでリッカが放った一撃を避けようと、ユヅハは素早く後方に飛び退いた。


「……私と戦うつもりなのかしら?」

「…………」


 リッカはユヅハのその問いかけに対して、居合の構えを取ることで答える。


「止めておいた方が良いよ」


 だが、それをミルファが止めに入った。


「彼女はユヅリハの三人の式神の中でも一番強い。僕でも相手できないよ」


 どうやら、ユヅハは相当な実力があるらしく、ミルファでも相手することはできないらしい。


(と言うか、式神は三人いるのか)


 さり気なく式神が三人であることを言っていたが、今はそんなことを気にしている場合ではないので、それは置いておくことにする。


「……分かったわ」


 ここでユヅハはそう言うと、紫色の妖しいオーラを纏った。


「ユヅリハ様が興味を持つほどのあなたの実力、見せてもらうわ」

「……うん」


 リッカもやる気満々で、刀に手を据えて出方を窺う。


(こうなった以上は仕方がないか)


 もう止められそうにないからな。ここは静かに行く末を見守ることにした。

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