episode35 店の経営方針

 街を出て南セントラル平原に出た俺達はセントラル坑道に向けて移動していた。


「それで、何で【基本HP回復ポーション】の購入制限を十二個にしたの?」


 移動を始めたところで、クオンが先程の話の続きを始める。


「それがベストな個数だと判断したからだ」

「ベストな個数?」

「ああ。少ないと買いに来てもらえないし、多いと売り切れやすくなるからな」


 【基本HP回復ポーション】は利益を得るために売っている物ではなく、宣伝のために売っている物なので、宣伝効果がなければ意味がない。


 だが、購入制限が厳しいと【基本HP回復ポーション】を買うためにこの店に来ようとは思わないし、逆に購入制限が緩いと、【基本HP回復ポーション】が売り切れやすくなるからな。

 どうしても、ちょうど良い個数に調整する必要があった。


「なるほどね」

「では、十二個ならどうだ?」

「そうだね……それならギリ来ても良いって思えるかな」

「まあそういうことだ」


 なので、十二個というギリギリ来ても良いと思えるような絶妙な個数に設定したのだ。


「それにしても、結構絶妙なラインを攻めたね」

「市場調査はちゃんとしたし、その上で検討して決めた個数だからな」


 もちろん、この十二個という個数は適当に決めたわけではない。

 市場調査を行った上で、客が来てくれる最低数を見極めて設定した個数だ。


 まず、市場調査をして分かったことは、多くの売り場で【基本HP回復ポーション】には購入制限が掛けられているということだった。

 購入制限がないと一人のプレイヤーに買い占められてしまう可能性もあるが、購入制限を掛けることによってそれを防ぐことができるからな。

 ほとんどの売り場で購入制限が掛けられていた。


 もちろん、その目的は多くのプレイヤーに買ってもらうことだ。

 その方が宣伝になるし、売り切れの状態になりにくくなるからな。


 売り切れの状態に何か問題があるのかと思うかもしれないが、宣伝という点においては不利に働いてしまう。

 売り切れていることが多いということは、それだけ売れているということなので、人気店であるという見方もできる。

 だが、在庫を確保することができない、生産力の低い店だと見られてしまう可能性もあるからな。

 先程言ったように、宣伝という点においては不利に働いてしまう可能性がある。


 さらに、実際に店に足を運ぶ客の視点から考えるとどうだろうか。

 当然のことではあるが、客は目的があって店を訪れる。

 例えば、【基本HP回復ポーション】の購入を目的として店を訪れたとしよう。

 もし、店を訪れて【基本HP回復ポーション】が売り切れだったとしたら、それは完全に無駄足となってしまう。


 もちろん、客はできるだけ無駄足になることは避けたいと考えるので、生産力が低く売り切れになっていることが多い店に行きたいかと言われれば、答えは否だ。

 アクセスが良く、ついでに覗いて行けるような場所にある店ならともかく、アクセスが悪い上にいつも売り切れているような店に行きたいとは思わないだろう。


(まあそこまで考える必要はないかもしれないがな)


 これだけ語っておいて何だが、【基本HP回復ポーション】はどこも品薄の状態が続いていて、そのような印象を持つプレイヤーはほとんどいないと思われるので、実際のところはそこまで考える必要はなかったりする。


 また、売り上げを気にするのであれば、購入制限はない方が良いように思えるかもしれないが、【基本HP回復ポーション】に関して言えばその必要はない。

 何故なら、【基本HP回復ポーション】は現状唯一と言っても良いHP回復アイテムなので需要が高く、供給が圧倒的に不足している状態だからだ。


 まあ戦闘メインのプレイヤー全員が必要としているにも関わらず、生産メインのプレイヤーよりも戦闘メインのプレイヤーの方が多いので、その状態になるのも必然と言えばそうなのだが。


 そして、そんな需要と供給のバランスが取れていない状態なので、【基本HP回復ポーション】であれば購入制限を掛けても問題なく全て売れるという状態になっている。


 次にその上で値段と購入制限の個数をどうするべきかだが、売り上げを優先するのであれば値段は高めにして、購入制限をなしか多めに設定するのが最適だ。

 先程も述べたように非常に需要が高いので、今ならNPCの店よりも少し安い程度の値段でも問題なく売れる。


 そして、俺のように宣伝が目的の場合は、利益度外視で破格の安値に設定するのが良い。

 ここで重要なのは他の店とは比べ物にならないほどの飛び抜けた安値で売ることだ。

 少し安いといった程度では埋もれてしまって注目されないので、意味がない。


 ちなみに、今の状況で一番すべきでないことは中途半端に安い値段で売ることだ。

 注目されない上に売り上げも減るので、何も良いことがない。

 まあ本人としては周りと競っているつもりなのだろうが、これだけ供給が不足している現状では競わずとも売れるので、競う意味は皆無と言っても良い。


「そうなんだ」

「まあ本当は十五から二十個がベストな個数だとは思ったが、俺の店は【基本HP回復ポーション】の最安値の店だからな。それも考慮して十二個にした」


 市場調査の結果、十五から二十個がベストな個数だと結論付けたが、俺の店が最安値なことも同時に確認できたからな。

 それも考慮して、十二個まで減らしても行けると踏んで、その個数に設定した。


「それは良いんだけどさ、どうやって利益を出すつもりなの? 店を経営する以上、利益は出す必要があるよね?」

「利益は装備品の販売で上げるつもりだ」


 消費アイテムは単価が低いからな。単価が高い装備品で利益は上げるつもりだ。


「消費アイテムの販売で利益を上げるつもりはないの?」

「もちろん、消費アイテムの販売でも利益を上げるようにはするが、基本的にそちらは安めの値段で売るつもりだ」


 流石に利益度外視で販売するのは【基本HP回復ポーション】だけにするつもりだからな。

 消費アイテムの販売でも利益が出るような値段で販売する予定だ。


「つまり、消費アイテムで客寄せして、装備品で売り上げを伸ばすってことだね」

「まあそういうことだ。消費アイテムの販売をメインに利益を伸ばそうと思ったら、薄利多売にならざるを得ないからな。そうせざるを得ない」

「薄利多売の方針だとダメなの?」

「それだと、生産メインのプレイヤーが集まった生産系ギルドの店には太刀打ちできないからな。人数が少ない以上、高級路線で行くしかない」


 薄利多売の経営方針だと、人数の多い生産系ギルドには勝てないからな。単独で生産している俺は高級路線で行かざるを得ない。

 そして、そうなると消費アイテムは単価が低いので、必然的に単価が高い装備品をメインに売り上げを伸ばすことになる。


「なるほどね。相変わらずシャムは計算高いと言うか何と言うか……」

「褒めても何も出ないぞ?」

「別に褒めてるつもりはないんだけど?」


 そう言われて得意になるが、ばっさりと切り捨てられてしまった。


「…………」

「……あれ? 落ち込んでる?」

「いや、そんなことはないぞ。それはそうと、何故セントラル坑道に向かっているんだ?」


 あまり何も考えずにソールについて行っていて、その目的を聞いていなかったからな。

 話は一区切りついたので、ここで理由を聞いておくことにする。


「消化しておこうと思っただけだぞ」

「そうか」


 どうやら、未クリアのダンジョンを消化しておきたかったというだけで、このダンジョンを選んだ深い理由はないらしい。


(まあちょうど良いか)


 セントラル坑道は南セントラル平原にあるダンジョンで、採掘ポイントが多いことが特徴のダンジョンだからな。

 エルリーチェから頼まれている【原初の石】も採れるので、ちょうど良い。


「確か、難易度は低いんだよね?」

「まあな。イストールに辿り着けるぐらいの戦力があれば余裕だぞ」

「それなら問題なさそうだな」


 イストールであれば、俺とリッカだけでも辿り着いているからな。

 戦力的にはかなり余裕があるので、攻略は簡単に済みそうだった。


「だね。それじゃあ行こっか」

「ああ」


 ソールとアッシュはあまり時間に余裕がないからな。

 店についての話が済んだところで、俺達は駆け足でセントラル坑道に向かったのだった。

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