episode34 店での販売

「店の経営方針としては高級路線にするつもりだ」


 おおまかな店の経営方針は既に決まっていて、厳選された高価な物を販売して利益を高める、高級路線で行くつもりだ。


「じゃあ何で【基本HP回復ポーション】を格安で売ってるの?」


 ここでクオンが【基本HP回復ポーション】を格安で売っている理由を聞いてくる。


「それは知っていたのだな」


 【コッコアイアンのピッケル】をメインに販売はしていたが、他にも販売している商品はある。

 その一つが【基本HP回復ポーション】で、これに関しては格安で販売しているので、経営方針とは真逆の販売形態を取っていることになる。


「本当に大丈夫なの? あの値段だと、儲けがほとんど出ないよね? ちゃんと考えてる?」

「……俺が何も考えていないとでも?」


 もちろん、【基本HP回復ポーション】を格安で売っていたのにも理由はある。

 考えなしに売っていたわけではない。


「いや、シャムのことだから何か悪いことを考えてるとは思ってたけど、何を考えてるのかよく分からなかったから」

「何か悪いことって……クオンは俺のことを何だと思っているんだ?」

「うーん……ズル賢い友人?」

「……クオン、後で覚えておけ」

「ええっ⁉ 何で⁉」


 何でも何も、悪事を働いているかのような物言いをするからだ。


「ってか、結局何で格安で売ってたんだ? 俺達にも分かるように説明してくれねーか?」

「分かった。説明しよう」


 何だかんだで話が逸れてしまっていたので、そろそろ本題である説明をすることした。


「一言で言うと、格安で売っていたのは宣伝のためだ」

「宣伝?」

「ああ。この店はアクセスは悪くないが、場所が場所なだけに、店の存在を知らないと来てくれないだろうからな。どうしても宣伝の必要があった」


 この店がある場所は中央広場から近いとは言っても裏路地なので、店の存在を知らないと来てくれない可能性が高い。

 なので、何かしらの方法で宣伝して、この店の存在を知らしめる必要があった。


「でも、格安で売ったところで店の存在が知られてないわけだし、そもそも客が来なくないか?」

「別に客が来なくとも、店の存在を知らしめることはできる。そもそも、お前達は格安で売られていることをどう知った?」

「そりゃあ攻略サイトの掲示板で……ん?」

「そう。つまり、そういうことだ」


 そう、攻略サイトを見ていたのは情報収集の目的もあったが、他にも掲示板にこの店の存在を知らしめるような書き込みをする目的もあった。

 ちなみに、掲示板には【基本HP回復ポーション】を格安で売っている店を見付けたとの旨の書き込みをしておいた。


「やっぱり悪巧みしてたじゃん!」

「これのどこが悪巧みなんだ? これはただの宣伝だ」

「……原文そのまま読もうか? 『中央広場近くの裏路地に【基本HP回復ポーション】を一個三十ゼルで売ってる店があった件について。もちろん、買えるだけ買ってやりました。店主は相場知らなそう』。さらに、これに加えてあの画像はどう考えても悪意があるよね?」


 あの書き込みだけでも確認する者は確実に出てくるので、それだけでも十分だとは思ったが、信憑性を上げるためにそのコメントには画像も添付しておいた。

 だが、クオンはその画像が気に食わなかったらしい。


「画像に何か問題があったか?」

「【基本HP回復ポーション】が一個三十ゼルで売られてるところはしっかりと写ってるのに、個数制限のところが写ってないよね? これだと、実際は購入制限があるから十二個しか買えないのに、その人が大量に買ったように見えるじゃん!」

「ふむ、そうだな」

「そうだなって……やっぱり、わざとじゃん! これは詐欺だよ! 陰謀だよ!」

「クオン、落ち着け」


 クオンは大騒ぎしていて、このままだと収拾がつかなくなりそうなので、ここで一旦落ち着かせることにする。


「こんなの落ち着いてられないよ! こうなったら、あたしの動画チャンネルで真実を公表して、九十万人のチャンネル登録者を突撃させて炎上攻撃を仕掛けるしか……」

「止めろ! いいから落ち着け!」

「はぐっ⁉」


 このままだとクオンの暴走は止まりそうにないので、俺は彼女の喉元に手刀を叩き込んで、無理矢理その話を切った。

 さらに、落ち着かせるために彼女の頭を優しく撫でる。


「……落ち着いたか?」

「……うん」


 今ので冷静になったらしく、クオンはようやく落ち着いてくれた。


「昔からそうだが、そうやってすぐに暴走するのは悪い癖だぞ」


 クオンとは小学の頃からの付き合いだが、その性格は相変わらずだった。


「はーい……って、いつまで撫でてるの?」

「む? 嫌だったか?」

「別にそういうわけじゃないけど、時と場所は考えてよね」


 そう言うと、クオンは気恥ずかしそうにしながらこちらから目線を外した。


「分かった」


 機嫌を損ねてしまったのかと思ったが、どうやら、そういうわけではなさそうなので、とりあえずは一安心だ。


「ところで、本当に儲けがなくても大丈夫なの? 始まったばかりでお金に余裕がないんだし、今は宣伝にお金を使ってる場合じゃないよね?」

「いや、資金に余裕がないからこそ、今やる意味がある」

「って言うと?」

「始まったばかりで資金に余裕がないのは他のプレイヤーも同じだ。そして、そんな時期だからこそ、少しでも安く買おうとして安い店を探す。違うか?」


 始まったばかりなので資金に余裕はないが、それは俺達だけでなく他のプレイヤーも同じだ。

 そうなると、少しでも節約しようと安い店を探すプレイヤーや、今後のことを考えて良い店を探すプレイヤーも多いはずなので、必然的に宣伝の効果は大きくなる。


「なるほどね。つまり、このタイミングでの宣伝は効果が大きいってことだね」

「ああ。しかも、【基本HP回復ポーション】を宣伝材料にすることで安く宣伝できるし、宣伝には絶好の機会だな」

「安く宣伝できるって……どういうこと?」

「【基本HP回復ポーション】はそもそもの値段が安く、稼ぐつもりで売っても利益は少ないからな。その分の利益を切っても損益は少ないということだ」


 【基本HP回復ポーション】は元の値段が安く、売っても利益が少ないので、他のアイテムで同じことをするよりも損益が少なくて済む。


「しかも、【基本HP回復ポーション】の需要は時間が経てばなくなるからな。やるなら、上位のポーションが出ていない今しかない」


 また、時間が経つと上位のポーションが出回って、【基本HP回復ポーション】には需要がなくなっているだろうからな。

 そうなると、今回のように【基本HP回復ポーション】を売り物にした宣伝では効果が期待できなくなるので、この宣伝方法が使えるのは今しかない。


「加えて、【基本HP回復ポーション】であれば簡単に作れて手間も掛からないので、量産もしやすいな」


 さらに、【基本HP回復ポーション】は簡単に作ることができて、量産しやすいという利点もある。


「どうだ? これほど宣伝に適した条件が揃っているのに、それを利用しない手はないと思わないか?」

「確かに、言われてみればそうだね」

「相変わらず、色々と考えてんなー」

「ふむ、長期的な目で見て考えているということか」


 ここまで説明したところで、全員納得してくれたようだ。


「ところで、何で購入制限を十二個にしたの?」


 ここでクオンがこの個数に設定した理由を聞いてくる。


「……話が長くなりそうだな。外に出て、歩きながら話をしないか?」


 話はまだ続きそうだからな。時間が勿体ないので、移動しながら話をすることを提案してみる。


「それが良さそうだな」

「それで良いぞ」

「良いと思うよ」


 すると、三人は俺の提案に乗ってくれた。


「それじゃあ外に行こうぜ」

「ああ」


 そして、方針が決まったところで、そのままソールに連れられて街を出たのだった。

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