episode32 竜王からの呼び出し

 光が晴れると、そこには見覚えのある景色が広がっていた。


「ここは……竜都ドラガリアか」


 通常であればログイン時は拠点から始まるはずなのだが、今回は街の中からゲームが始められていた。


「あ、いたいた。おーい!」


 と、ログインするとすぐに聞き覚えのある声が左方向から聞こえてきた。


「む?」


 声がした方向を振り向いてみると、アリカがこちらに駆け寄って来ていた。


「どうした?」

「竜王様からお話があるから、すぐに来てくれない?」

「竜王から?」


 呼ばれるような心当たりはないが、どうやら、竜王から直々に話があるらしい。


(イベントとはこのことか?)


 ログインすればすぐに分かると言っていたしな。

 用意しておいたイベントというのはこれの可能性が高い。


「分かった。すぐに行こう」

「それじゃあ案内するからついて来て」

「ああ」

「……うん」


 そして、俺達はそのままアリカに案内されて、竜王がいる城へと向かった。



  ◇  ◇  ◇



「着いたよ」


 アリカに案内されて辿り着いたのは、街の中心にある大きな城だった。


「ここが竜王の住む城か……」


 俺はそう言いながら城を見上げる。

 和風の街並みから察することはできたが、当然のように城も和風の建築になっていた。

 城は高さが三メートルほどの塀によって囲まれていて、俺達がいる場所の前には五メートル近い高さの大きな門がある。


「お待ちしておりました」


 と、城を眺めていたところで、門番に話し掛けられた。


「このまま案内してくれる?」

「分かりました。それでは、こちらへどうぞ」


 二人の門番が案内のために先頭に立つと、門が音を立ててゆっくりと開く。


「……行くか」

「……うん」


 とりあえず、話を聞いてみないことには用件も分からないからな。

 ここで引き返す理由もないので、そのまま案内されて竜王の元に向かったのだった。



  ◇  ◇  ◇



 城に入った俺達は城内を真っ直ぐと進んで、高さ五メートルほどの大きな両開きの扉の前に案内されていた。


「この先か? 城を抜けることになるが?」


 見た感じだと、この先は城の外のようだからな。

 大丈夫だとは思うが、念のために場所はこの先で合っているのかどうか確認を取る。


「はい。それでは、どうぞ」


 二人の案内は片側ずつ扉を押して開ける。


「それじゃあ行こっか」

「ああ」


 そして、扉が開いたところで、アリカを先頭にしてその先に向かった。


「ふむ、庭園か」


 扉を抜けた先にあったのは日本庭園だった。

 庭園は池泉回遊式庭園と呼ばれる、大きな池を中心に配した庭園で、各所に東屋が設置されている。


「……あそこにいるのがそうか?」


 だが、その奥の方にはこの場所には似付かわない影があった。


「……行くよ」

「ああ」


 このまま庭園を眺めたい気持ちはあるが、ここに来た目的は観光ではないからな。

 さっさと竜王の元に向かうことにした。


 俺達はそのままアリカを先頭にして歩いて、奥に向かう。


「……来たか」


 そして、俺達が手前にまで来たところで、この城の主はこちらを振り向いた。


(彼が竜王か)


 そこにいたのは体長が八メートルほどの漆黒の体皮をしたドラゴンだった。

 二足で立ってこちらを見下ろして、真紅の瞳がリッカを捉えると、その瞳が月光を反射して妖しく光る。


「……さて、其方そなたが大妖狐に目を付けられたという者か?」

「……大妖狐?」


 竜王はリッカにそう尋ねるが、彼女は何のことなのか分からないと言わんばかりに首をかしげる。


「……其方そなたに加勢した者のことだ」


 竜王はこちらが状況を理解していないことを察して、そう付け加える。


「横からで悪いのだが、状況を説明してくれないか?」


 こちらはいまいち状況が分かっていないからな。

 まずはそれを説明してもらうことにする。


「ちょっと! そんな言葉遣いじゃ竜王様に失礼だよ!」


 しかし、ここでアリカに言葉遣いが悪いと注意されてしまった。


い。そのまま話せ」


 だが、竜王は別にそのままで構わないと、それを止める。


「……アリカ、聞くが説明はしていないのか?」

「はい。特には」

「……では、端的に説明しよう。大妖狐がそちらのリッカに興味を持ったようでな。配下の式神に監視をさせるつもりらしい」

「そうだったか」


 どうやら、大妖狐と呼ばれている者が式神を使ってリッカを監視するつもりらしい。


「監視とは言うが、大妖狐とやらは何かを仕掛けてくるつもりなのか?」

「いや、奴のことだ。ただ面白がって観察しているだけだろう」

「つまり、危険はないということか」

「まあそういうことではあるな」


 観察するだけならば、こちらに直接的な影響はなさそうだからな。

 話を聞いた感じだと、差し迫った危険はなさそうだった。


「だが、奴が直接動くことも考えられる。奴が直接動いても事態に変化はないだろうが、注意だけはしておいてくれ」

「分かった。ところで、大妖狐とやらは一体何者なんだ?」


 それはそうと、俺達は大妖狐のことを全く知らないからな。

 そのことについて聞いてみることにする。


「……大妖狐のことについて何も知らないのか?」


 だが、それを聞いた竜王はそんなことも知らないのかと言わんばかりの態度を見せた。


「ああ」


 このゲームを始めたのは昨日……いや、ゲーム内の時間で言うと三日前だからな。

 大妖狐どころか、この世界のことすらほとんど知らない。


「……其方そなたらが大妖狐の言っていた『歪み』の一つか」

「……? 何の話だ?」

「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」

「……分かった」


 この様子だと、聞いても答えてくれなさそうだからな。

 「歪み」とやらのことは置いておいて、話を続けることにする。


「話を戻そう。世界のことを知らないのであれば、これから知っていけば良い」

「そう言ってくれると助かる。それで、大妖狐は何者なんだ?」


 ここで俺は改めて大妖狐のことについて尋ねる。


「そうすぐに答えを求めようとするな。それでは何も成長せん。自分で世界を見て回って、答えを探すがい」


 だが、初めから答えを聞こうとするなと、回答を拒否されてしまった。


「む、そうか……」

「そう落ち込むな。其方そなたはまだ若く、時間はある。自分の目で確かめるだけの時間はあるであろう?」

「……それもそうだな」


 まだ冒険は始まったばかりだからな。そんなに焦ることはないか。


「とりあえず、大妖狐に気を付けておけば良いということか?」

「ああ。とは言え、奴が動く可能性は低い。精霊種の中では最強クラスの力を持っているが、そこまで警戒する必要はないぞ」

「……むしろ、それを聞いて不安になったのだが?」


 警戒する必要がないと言われても、最強クラスと言われると警戒せざるを得ない。

 もはや、安心させようとしているのか、不安にさせようとしているか分からない状態だ。


(まあストライクウルフを瞬殺するぐらいだし、俺達にどうにかできる相手でないことは初めから分かっていたことか)


 そうは言うものの、敵わない相手であることは最初から分かっていたからな。

 認識を変えるほどのことでもなかったか。


(精霊種のことについても聞いてみたいが……まあ今は良いか)


 このゲームにおける精霊の立ち位置も聞いてみたいところだが、この様子だと聞いても答えてはくれないだろうからな。

 それもいずれ分かることだと思われるので、今は聞かないでおくことにする。


「まあ何かあれば知らせるがい」

「分かった。では、セントラルに戻るか」

「……うん」


 ソール達を待たせているからな。

 用は済んだので、さっさと始都セントラルに戻ることにした。


「城の外まではボクが案内するね」

「ああ、頼んだ」


 そして、その後はアリカの案内で城を出て、そのまま始都セントラルに戻ったのだった。

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