episode29 ストライクウルフ
「あれは……流石に加勢した方が良いかな?」
ストライクウルフと対峙しているリッカを見たアリカは、加勢した方が良いと判断して、武器に手を掛けて崖から飛び下りようとする。
「あら、何をしているのかしら?」
だが、崖から飛び下りようとしたそのとき、後方から
「……何? 今忙しいんだけど?」
「喋る暇もないのかしら? 随分と忙しいご身分なのね」
「……誰のせいだと思ってるの?」
アリカはその原因となっている張本人に向けてそう尋ねる。
「あなた達が勝手にしているだけじゃない。私は何もしていないし、何かするつもりもないわ」
しかし、当の本人はそれは自分のせいではないと、その責を返してきた。
「…………」
だが、アリカはそれに対して何も言い返すことができなかった。
何故なら、それが紛れもない事実だからだ。
「そんなに
「別に疑ってるわけじゃないよ」
「そのようね」
「……分かってたなら、からかわないでくれる?」
「ふふ……」
彼女はその様子を見て楽しんでいるのか、妖しい笑みを浮かべる。
「とにかく、ボクは忙しいからもう行くよ」
アリカは今は無駄話をしている場合ではないと言わんばかりに話を切ると、そのままリッカに加勢しようとする。
「あなたがストライクウルフを瞬殺するところを見ても面白くないわ」
だが、彼女にそれを止められてしまった。
「……面白いとかそういう問題じゃなくて、加勢しないとやられちゃうことは分かってるよね?」
「……確かに、普通はあのステータスでは勝てないでしょうね」
彼女はリッカの
「でも、負ける気は一切ないみたいよ?」
だが、それが全てではない。
彼女はリッカの確かな意思を感じ取っていた。
◇ ◇ ◇
「ガルッ!」
先に動いたのはストライクウルフの方だった。
一気に間合いを詰めると、そのままリッカに飛び掛かって爪を振り下ろす。
「……ふっ……」
だが、もちろんそんな単純な攻撃には当たりはしない。
リッカはそれをバックステップで躱す。
「ガルッ! グルッ!」
「……っ」
しかし、その程度で攻撃は終わらない。
ストライクウルフはそのまま連続で攻撃を仕掛けると、その鋭い爪が縦横無尽に乱舞する。
(……速い)
その速度はこれまでの敵とは比べ物にならないほどのもので、その強さが一線を画していることは明白だった。
(……でも、基本的な攻撃パターンはウルフと同じ)
だが、リッカはそれらの攻撃をいとも容易く全て回避していた。
もちろん、彼女にとっては初見の相手なので、その速度も相まって、通常であれば回避することは難しい。
しかし、最初の数発の攻撃で基本的な攻撃パターンがウルフと同じであることを見抜いていたので、簡単に避けることができていた。
当然、攻撃パターンは増えているし、それさえ分かっていれば避けられるというわけでもないが、リッカにとってはそれだけで十分だった。
「……これいらない」
ここでリッカは隙を見て装備していた防具を全て外す。
もちろん、その狙いは重量を減らして、より速く動けるようにすることだ。
それによって防御力は下がってしまうが、どうせ今のステータスでは攻撃に当たれば防具の有無に関係なく即死なので、防具はむしろない方が良い。
「……!」
と、ここでストライクウルフがこれまでにない行動を取ってきた。
ストライクウルフはバックステップで距離を取ると、頭を引いて前足を少しだけ浮かせる。
(――咆哮かブレス系攻撃の二択)
当然、初見なのでどんな攻撃が来るのかは分からないが、これまで数多くのゲームをプレイしてきた彼女は、その経験からモーションを見ただけで瞬時に次の攻撃を予測することができていた。
(バックステップからの横っ飛びが最適)
そして、そこから導き出された最適解はバックステップで距離を取って、攻撃が放たれると同時に横っ飛びをするというものだった。
まず、バックステップで距離を取るのは、咆哮だった場合に効果範囲外にまで最速で逃れるためなのと、ブレス攻撃だった場合に避けやすくするためだ。
咆哮の効果範囲は自身を中心とした円形範囲だと思われるので、そこから逃れるためには敵から真っ直ぐと離れるのが一番早い。
咆哮の効果は単純にダメージを与えるもの、スタン付与による拘束、何かしらのデバフ効果や状態異常の付与が考えられるが、どうあっても受けるわけにはいかない。
デバフ効果を付与されるのはともかくとして、ダメージであれば恐らく即死、スタンを付与されると拘束中に攻撃を受けて終わるので、絶対に咆哮を受けるわけにはいかなかった。
また、攻撃が放たれると同時に横っ飛びをするのはブレス攻撃を回避するためだ。
口からブレスを吐いたり、弾を飛ばしたりするタイプのものであれば見てから回避しても間に合うが、ビーム状の瞬時に到達するタイプのものだと見てからでは間に合わない。
なので、それを考えて攻撃が放たれるタイミングで横っ飛びをすることにしたのだ。
「ふっ……」
まずは予定通りにバックステップで距離を取る。
「――ここ」
そして、ストライクウルフの口が開かれるタイミングに合わせて横っ飛びをした。
「アオォォーーーン!」
そこから放たれたのは咆哮だった。
その高い声が峡谷に響き渡って、びりびりと空気が震える。
だが、リッカは効果範囲外にまで出ていたので、その影響を受けることはなかった。
「ガルッ!」
「っ!」
ここでストライクウルフは爪を輝かせると、一瞬で距離を詰めてリッカの目の前にまで移動した。
(移動系スキル――?)
これまでこれほどの速度で動いてきたことはなかったので、何かしらのスキルを使って移動したものだと思われた。
(自己バフも掛かってる)
ここでストライクウルフの状態を確認すると、筋力上昇と敏捷上昇の二つのバフが掛かっていた。
察するに、先程の咆哮に自身へのバフ効果の付与が含まれていたものだと思われた。
「ガルッ!」
リッカの目の前にまで移動したストライクウルフは、そのまま彼女に向けて爪を振り下ろす。
「――そこ」
それに対してリッカはタイミングを合わせて前に飛び出すと、ストライクウルフの腹の下に滑り込んだ。
「――『居合斬り』」
死角に入り込んだリッカはそのままスキルによる攻撃を叩き込む。
(……硬い)
だが、やはりステータスの差が大きいのか、ほとんどダメージが入っていなかった。
(やっぱり、中ボスクラス)
また、これまでの敵とは一線を画すほどの戦闘能力と高いステータスを持っているので、このモンスターは中ボスクラスのモンスターだと思われた。
「ガルッ!」
ストライクウルフはバックステップで距離を取って仕切り直すと、飛び掛かって爪を振り下ろす。
「……そろそろ行く。『居合斬り』」
リッカはこれまでと同じように避けるのかと思いきや、今度は避けずに抜刀攻撃で迎撃した。
「アオン⁉」
適切なタイミングに放たれた抜刀攻撃によって『見切り』が発動して、ストライクウルフの攻撃は一方的に打ち消される。
さらに、近接攻撃だったので、攻撃が弾かれたことで怯んで隙ができた。
「はっ……」
リッカは敵が怯んでいる隙に素早く刀を振り上げて、そのまま袈裟斬りを放つ。
そして、怯みによる硬直が解ける前に素早く距離を取った。
「ガルッ!」
「ふっ……」
「アオン⁉」
距離を取られたストライクウルフは再度飛び掛かって攻撃を仕掛けるが、結果は同じだった。
リッカの放った抜刀攻撃によって『見切り』が発動して、攻撃が弾かれて反撃を受ける。
「……もう決まり」
その後の展開は一方的なものだった。
ストライクウルフは持て得る限りの手段で攻撃を仕掛けるが、全て回避されるか『見切り』で弾かれるかして防がれてしまう。
そして、リッカは隙を突いて攻撃を加えて、着実にHPを削っていた。
攻撃力が不足しているので、ほとんどダメージは入っていないが、ダメージが一切通らないわけではないので、決着までは時間の問題だと思われた。
だが、決着のときは想定よりも遥かに早く訪れた。
【【コッコアイアンの刀】の耐久度が0になりました】
「っ……!」
そんなメッセージが記されたウィンドウが表示されると同時に、刀にピシッと罅が入る。
少しでもダメージが通るのであれば、いずれはHPを削り切って倒すことができる。
確かに、理論上はそうかもしれない。
だが、それはあくまでも武器の耐久度を考慮しなかった場合の話だ。
実際のところは武器には耐久度が設定されているので、耐久度がなくなるまでにHPを削り切れる程度の攻撃力が要求される。
(これだけやって一割も削れてない……)
ここでストライクウルフのHPを確認してみると、HPは一割すら削れていなかった。
武器の耐久度を使い切るほど攻撃しても一割すら削れない。
それほどまでにステータス差は圧倒的だった。
「ガルル……」
ストライクウルフは勝利を確信したのか、ゆっくりと歩いてリッカに近付く。
「……また来る」
またいつか挑戦するのに
リッカはその決意を言葉にして、敗北を受け入れる。
「ガルッ⁉」
だがそのとき、突然ストライクウルフの周囲に九つの人魂のような火の玉が現れた。
それらの火の玉はぐるぐるとストライクウルフの周りを回って、三周ほどしたところで回りながら接近を始める。
そして、それらの火の玉が着弾すると、数えることすら面倒になるほどの大量の状態異常とデバフ効果が付与された。
「あなたの負けよ」
直後、ストライクウルフの足元に魔法陣が展開される。
すると、魔法陣からバチバチと小さな黒い雷のようなものが発生して、その直後に爆発するように黒い光が放たれた。
「アオ……ン……」
そして、その攻撃に直撃したストライクウルフは一撃でHPが0になって倒れた。
「っ!」
リッカはすぐに魔法弾が飛んで来た崖の上を確認する。
だが、魔法弾を放った人物は既に去った後のようで、そこに残されていたのは荒野に吹く風の音だけだった。
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