episode30 初日終了
「……それで良かったの?」
アリカは立ち去ろうとする彼女に向けてそう尋ねる。
「あら、何か問題でも?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。瞬殺されるのを見ても面白くないって言ったのに、自分で倒して良かったのってことだよ」
戦闘が始まる前には面白くないという理由でわざわざ止めてきたのに、結局、彼女は自分で倒してしまっていた。
「決着が付いたから終わらせただけよ」
「……つまり、楽しめたからもう良いってこと?」
「まあそんなところかしらね」
「……ボク達はキミのおもちゃじゃないよ」
アリカは遊ばれるつもりはないと、少し不快感をあらわにする。
「って言うか、それしかすることがないの? 随分と暇なんだね」
そして、はっきりと敵対的な視線を向けると共に、挑発的な言葉を返した。
「長く生きていると暇なのよ。あなた達のような人間とは違ってね」
だが、彼女は敵対的な意思を向けられていることを分かった上で、一切気に留めることなく話を続ける。
「それに、暇なのはあなたも同じでしょう?」
「……ボクは暇だから監視してるわけじゃないんだけど?」
「知っているわ。どうせ竜都ドラガリアに寄ったときに、竜王に頼まれたのでしょう?」
「……からかわないでくれる?」
「ふふ……」
アリカはからかわれたことに対して文句を言うが、彼女は不敵な笑みを浮かべるだけで、そこから反省の色は見えない。
「そもそも、監視なんてしなくて良いじゃない。そんなに報酬が良かったのかしら?」
「別に報酬が欲しくて依頼を受けたわけじゃないよ」
「まああなたの性格的に考えてそうでしょうね」
「…………」
アリカはまたからかわれてしまうが、ここで言っても仕方がないと自分に言い聞かせて抑える。
「何をするかも分からないキミのことを放置できるとでも思ってるの?」
「あら、そう言われると、私が危険人物みたいじゃない。私はただ暇潰しをしているだけなのに、そう言われるのは心外ね」
「……ボクはキミのことを鑑みた上で言ってるんだけど? その暇潰しで街を襲撃されたりしたら困るんだよね」
もちろん、理由もなく監視をしているわけではない。
彼女が過去に行ったことを見て、その危険性を考慮した上で監視をしている。
「あら、私がそんなことをするとでも?」
「……自分の心に聞いてみたら?」
「……昔の話じゃない。そんなに気にすることかしら?」
過去は過去、今は今。昔とは違うと、その可能性を否定する。
「気にするよ。少なくとも、ボクと竜王様は気にしてるね」
「そうかしら? あなたはともかくとして、竜王はそこまで警戒していないはずよ」
「……竜王様が監視を頼んだのに?」
「ええ。念のために監視を置いただけでしょうし、街の管理者という立場上、仕方のないことよ」
竜王は竜都ドラガリアの管理を担当している以上、気分一つで街を滅ぼせるほどの強大な力を持つ彼女を放置するわけにはいかない。
なので、監視を置くのも当然のことで、それは彼女自身も理解していた。
「……随分と自信があるんだね。そんなに竜王様のことに詳しいの?」
「少なくとも、あなたよりは知っているわ」
「…………」
長い時間を生きている彼女と二十年そこらしか生きていない自分。
その差は歴然で、そう言われると何も言い返せなかった。
「あなたは私のことを知ったつもりになっているみたいだけど、あなたが知っているのは伝承であって、私のことじゃないわ。ただ外側から事実を見ただけだと分からないこともあるから、それで知った気にならないことね」
「…………」
伝承。そこでは確かに事実が語られている。
だが、そこで語られるのは客観的に見た事実だけで、登場人物が何を思い、何故そう動いたのか。そこでは何も語られない。
「封印の様子を見に来ただけで、こんな面白いものを見られるなんて思っていなかったわ。それじゃあ私はそろそろ行かせてもらうわね」
「……あの二人の観察でもするつもり?」
「そうね。まだ楽しませてくれそうだから、しばらく式神にでも様子を見させるわ」
「……それに付き合わされる側のことも少しは考えてくれない?」
アリカはそう言いながらため息を
「それに、増大した歪みによって世界は大きく動き始めるわ」
「……? どういうこと?」
それを聞いたアリカはその意味を理解できずに首を傾げる。
「まああなたにもいずれ分かるわ。それじゃあまたいずれ会いましょう」
そして、彼女はふわりと宙に浮かぶと、そのまま竜都ドラガリア方面に向かって飛んで行った。
「……全てを知った上で、それを語らずにただ成り行きを見守る。……神様にでもなったつもりなのかな?」
彼女は明らかに史実や伝承の裏に隠された真相を知っている。
だが、それを話すつもりは一切ないようだった。
「……まあ良いや。とりあえず、竜王様に報告しに行こうかな」
それはそうと、監視を任されている以上、動向を報告する必要があるので、アリカはそのまま竜王がいる竜都ドラガリアに向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「よっと……む、やっと出たか」
リッカと別れた俺は離れた場所で採掘を行っていたが、何とか目的の【竜脈鉱】を確保することができていた。
「案の定レア素材だったが、危なかったな」
何度もピッケルを降り下ろさないと採掘できないせいで、かなり耐久度を持っていかれるからな。
ピッケルを多めに持ってきていなければ、【竜脈鉱】を確保する前に採掘ができなくなるところだった。
「後はこれで帰るだけだが……む?」
そのままリッカに【竜脈鉱】を確保できたことを連絡しようとしたが、ここで視界の端に見覚えのある姿が映った。
「……ストライクウルフとの戦闘はどうしたんだ?」
そこにいたのはリッカだった。
彼女はストライクウルフと戦っていたはずだが、ひとまず、どうなったのかを聞いてみる。
「……終わった」
どうやら、撒いてきたわけではなく、倒したらしい。
「よく倒せたな。見た感じだと、かなり強そうだったが」
「……中ボスクラス。それと、倒したの私じゃない」
「……? どういうことだ?」
いまいち要領が得られないので、もう少し詳しく聞いてみる。
「……加勢された」
「誰に?」
「……知らない。魔法弾飛んで来た」
「つまり、姿を確認できなかったということか」
どうやら、何者かが遠隔攻撃で加勢したらしく、その姿は確認できなかったらしい。
「……うん。でも、一撃だったし、NPCなのは確定」
「……一撃?」
「……うん。状態異常とデバフは入れてたけど」
「確かに、それならNPCと見て間違いなさそうだな」
加勢した人物は状態異常やデバフを入れていたとは言え、一撃でストライクウルフを倒せるほどの火力を出せるようだからな。
現段階でプレイヤーがそれほどの火力を出すことは不可能なので、そうなるとNPCなのは確実だった。
「……アリカか?」
NPCと聞いて真っ先に思い浮かんだのはアリカだった。
彼女であれば、加勢してくれてもおかしくはないからな。
ストライクウルフを一撃で倒せるほどの実力があるのかは分からないが、可能性としては考えられた。
「……どう見ても剣士」
「まあそうだよな」
そう思ったが、アリカはどう見ても剣士で、魔法を使うタイプには思えないからな。
魔法を使っていたことを考えると、彼女ではないように思える。
「姿も現していないようだし、アリカではないか」
それに、あの性格から考えて、アリカであれば心配しながら姿を現しているだろうからな。
そういった点からも、加勢した人物が彼女であることは否定できそうだった。
「そう言えば、アリカは気になることを言っていたな……」
ここでアリカの言っていたことを思い返してみると、彼女は少し気になることを言っていた。
そう、それはアリカがここに来た目的についてだ。
彼女は面倒な者がいるので、それの監視をしていると言っていた。
「……可能性はある」
リッカは俺の言いたかったことを汲み取って、その上で賛同する。
「……まあ考えるだけ無駄か」
正体を探ろうにも、情報が少なすぎるからな。
現状では考えたところで答えは出ないので、加勢者についてのことを考えるのはここまでにしておくことにした。
「今回手に入れたアイテムの確認は街に戻ってからで良いな?」
「……うん」
ここだと敵に襲われる可能性があって、安心できないからな。
今すぐに確認する必要もないので、とりあえず、街に戻ることにした。
「と言うか、もう良い時間だな……。街に戻って装備品の整備が済んだら、ログアウトするか」
「……うん」
そして、その後はそのまま真っ直ぐと街に戻って、装備品の整備を済ませてからログアウトして、初日のプレイを終えたのだった。
◇ ◇ ◇
その頃、大きなトラブルもなく無事に初日を終えられた運営メンバーは胸をなで下ろしていた。
「重大なバグの報告もなし、と。初日を無事に終えられたのは大きいですね」
「ベータテストからも調整を重ねた甲斐がありましたね」
オンラインゲームは初日から不具合やメンテ祭りというのもよくある話だが、ベータテストのデータも活用して、しっかりと調整を重ねた結果、問題なく初日を終えることができていた。
「……ん?」
と、ちょうどそんな話をしていたところで、管理AIからの報告が届いていた。
ひとまず、開いて内容を確認してみる。
「えっ⁉」
だが、その内容は予想だにしないものだった。
「どうした?」
「これを見てください」
「どれどれ……ストライクウルフが討伐された……⁉」
その内容はストライクウルフが討伐されたことを報告するものだった。
ストライクウルフはもっと後に訪れることを想定したエリアの中ボスクラスのモンスターで、本来この段階で倒せるようなモンスターではない。
なので、初日に討伐されるのは完全に想定外だった。
「えっ⁉」
「本当ですか⁉」
それを聞いて、他のメンバーも一斉に集まってくる。
「映像データはあるか?」
「はい。管理AIが記録しています」
「では、映像データとダメージレポートを出してくれ」
「分かりました」
指示を受けて、すぐに管理AIが記録していた映像データと、与えられたダメージが詳細に記録されているダメージレポートを表示する。
「……そういうことか」
だが、何が起こったのかはダメージレポートを見れば一目瞭然だった。
「ネームドのNPC……それも、彼女か」
「確かに、彼女であれば一撃で倒せますが……もうプレイヤーと干渉し始めたのですか。どうしますか?」
「プレイヤーとの干渉については想定よりも早くなっただけなので問題ない。問題はストライクウルフの素材だな」
プレイヤーとの干渉については問題ないが、問題はストライクウルフの素材だった。
ストライクウルフの素材を使えば、本来この段階で作ることができない性能の装備品を作製できてしまうので、ゲームバランス的に問題がある。
「どうしますか?」
「……とりあえず、
そして、彼はそれだけ言い残すと、夜葉Pに報告しに部屋を出て行った。
「……まさかの最後に問題発生かぁ……」
「忙しくなりそうですね……」
結局、『Origins Tale Online』のサービスはリリース初日から特定のプレイヤーが想定外の事態を起こして、その対応をすることになるという波乱の幕開けとなった。
――だが、これが始まりに過ぎないことをこのときはまだ誰も知る由はなかった。
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