episode28 ドラガリア峡谷

「ふぅ……やっと着いたな」


 それから敵を大回りで避けながら東に移動した俺達は、無事にドラガリア峡谷に辿り着くことができていた。


「これがドラガリア峡谷か……幅は百から二百メートル、深さは五十メートルといったところか?」


 場所によって幅は変わるが、大きいところでは二百メートル近く幅があるようだった。

 長さに関しては全貌を視認することができないので分からないが、少なくとも二キロメートル以上はある。


「さて、肝心な採掘ポイントは峡谷内にあるらしいが……どう下りる?」


 早速、峡谷内に下りて採掘をしたいところだが、この高さから飛び下りると落下ダメージで即死するので、他の方法を考える必要がありそうだった。


「おや、こんなところで人に会うなんてね。採掘でもしに来たのかな?」


 と、峡谷を覗き込んで下りる方法を考えていると、後方から何者かに話し掛けられた。


「む?」


 振り向くと、そこには二十代ぐらいだと思われる人間の女性が立っていた。

 その赤い髪は戦闘時に邪魔にならないようにするためなのか、肩のあたりまでの長さのショートヘアとして整えられていて、その琥珀色の澄んだ瞳は真っ直ぐと俺達のことを捉えている。

 また、刀身が長めの剣と動きやすさを重視した鱗製だと思われる薄手の防具を装備していて、見たところ、彼女は剣士のようだった。


(NPCか)


 ここで彼女の頭上に目を向けると、そこにはNPCであることを示す表示があった。


「おっと、まずは名乗らないとね。ボクはアリカだよ。キミ達は?」

「俺はシャム」

「……リッカ」


 彼女に言われたところで、それぞれで軽く自己紹介する。


「それで、こんなところに何をしに来たの? ここはキミ達が来るような場所じゃないよね?」

「……何故そんなことが言える?」

「どう見ても冒険を始めたばかりだよね? って言うか、どうやってここまで辿り着いたの?」


 こちらからは何も見せていないのに、何故か俺達がまだ始めたばかりなのを見抜かれていた。


(ステータスが見えているのか?)


 プレイヤー同士の場合は許可がなければステータスを確認することはできないが、どうやら、彼女の場合はそうではないらしい。


「敵とは戦わないようにしただけだ。リザードマンは一体倒したがな」

「……本当に?」

「信じられないのなら、見せてやろうか?」


 ここで俺はリザードマンのドロップ品である【リザードマンの皮】を取り出して、それをアリカに見せる。


「……本当みたいだね。もしかして、かなりの逸材?」

「かもしれないな」

「それで、こんなところに何をしに来たの?」


 確認が済んだところで、アリカは改めてここに来た目的を聞いてくる。


「エルリーチェに頼まれてな。【竜脈鉱】を採りに来た」

「そうだったんだ」

「そちらは何をしていたんだ? 人間がここにいるということは、何か特別な事情がありそうだが?」


 ここは竜人の専用エリアだからな。本来は人間がいるような場所ではない。

 だが、その理由も事情を聞けば分かるかもしれないので、ひとまず、そのことを聞いてみることにする。


「……事情がありそうだって分かってながらそれを聞くの? 普通は聞かないよね?」

「む……」


 そう言われると返す言葉もない。


「……まあ良いや。ちょっと面倒なのがいてね。特別許可証を持ってるボクが監視することになったってだけだよ」

「面倒な奴?」

「まあそこはそんなに気にしなくて良いよ。キミ達には関係のない人……人って言っても良いのかな? まあそこはどうでも良いや。とにかく、キミ達が気にすることじゃないよ」


 監視対象となっている人物のことを聞き出そうとするが、適当にはぐらかされてしまう。


(聞き出せそうにないな)


 その人物のことが気になるところだが、この様子だと話してくれそうにないので、聞き出すのは諦めることにした。


「そうか」

「キミ達は【竜脈鉱】を採りに来たんだよね? そろそろ行かなくて良いの?」

「こちらとしても行きたいところだが、下りる方法がまだ考えられていなくてな」


 どう下りようかと考えていたところで話し掛けられたわけだからな。

 まだ方法が考えられていないので、採掘しに行くことができない。


「下りたいのなら、崖を伝って下りて行くしかないよ」

「安全に下りられる場所はないのか?」

「そういうのを作っても、モンスターに壊されちゃうからね。残念ながらないよ」

「そうか……」


 残念ながら安全に下りられる場所はないようなので、転落のリスクはあるが、崖を伝って下りるしかなさそうだった。


「情報提供感謝する。リッカ、行くぞ」

「……うん」


 そして、色々と話してくれたアリカに一言礼を言ってから、慎重に崖を伝って峡谷に下りたのだった。



  ◇  ◇  ◇



「ふぅ……何とか下りられたな」


 崖を下る経験はしたことがなかったが、かなり慎重に下りて行ったので、何とか転落せずに峡谷に下りることができた。


「早速、採掘を始めるか」

「……うん」


 近くに敵がいないことは崖を下りる前に確認したからな。

 敵が来る前にさっさと採掘を済ませてしまうことにした。


「では、早速……む?」


 俺は目の前にあった採掘ポイントに向けてピッケルを振り下ろすが、何故かそこからは何も出てこなかった。

 通常であればこれで採掘できるはずなのだが、カキンと弾かれる音がしただけで、採掘はできていない。


(もしや、ピッケルの性能が不足しているのか?)


 ここで考えられたのは、採掘ポイントに応じた性能のピッケルでなければ採掘できないという可能性だった。


(いや、まだ確定したわけではないし、もう少し試してみるか)


 とは言え、まだそうだと確定したわけではないので、採掘を続行することにした。

 俺はそのまま採掘ポイントに向けて何度かピッケルを振り下ろす。


「む、採れたな」


 すると、五回目の採掘でアイテムを手に入れることができた。


(耐久度はきっちりと減っているな)


 一つのアイテムを手に入れるまでに五回採掘をする羽目になったが、耐久度もその回数分だけ減ってしまっていた。


(本格的に素材を集めるときには、もっと性能の良いピッケルを使った方が良さそうだな)


 今使っているピッケルだと採掘に時間が掛かるし、何本も持ち込む必要があって、無駄にリュックの枠を圧迫するからな。

 今回は【竜脈鉱】さえ手に入れば良いのでこれでも何とかなるが、ここで素材集めをする際にはそうはいかないので、次にここに来るのはより高性能なピッケルを作ってからになりそうだった。


(複数本持ってきているとは言え、リュックが一杯になるほど採掘はできそうにないな)


 ピッケルは複数本持ってきているが、採掘量が五分の一になってしまっているからな。

 できればリュックが一杯になるぐらいにまで採掘しておきたかったが、残念ながらそこまではできそうにない。


「……む? どうした?」


 と、ここでリッカは何か知らたいことがあるらしく、俺の服を掴んで引っ張ってきていた。

 ひとまず、何用なのかを聞いてみる。


「……あれ」


 用件を尋ねると、リッカはただ一言それだけ言って北方向を指差した。


「……モンスターがいるな」


 彼女が指差した先には一体の狼型のモンスターがいた。

 南セントラル平原にいたウルフというモンスターよりも遥かに大きく、この距離からだと正確には分からないが、体長は三メートル以上はありそうだった。


「ストライクウルフか……とりあえず、離れるか?」

「……もう遅い」


 戦闘は避けたいので、すぐにその場を離れようとしたが、その前に向こうに気付かれてしまった。


「……行って」


 リッカはそう言ってメニュー画面を開くと、目にも留まらぬ速さで画面を操作して、ピッケルをこちらに渡してくる。


「…………」


 メニュー画面が開かれてからピッケルを渡すまでの時間は一秒にも満たないほどで、指の動きを捉えることができないほどの速度だった。

 予想だにしないあまりの速度につい唖然としてしまう。


「……分かった」


 だが、呆然としている暇はない。その一言で意図を汲み取った俺は即座に行動に移った。


「そちらは任せたぞ」


 作戦はリッカに時間を稼いでもらっている間に俺が敵を撒いて採掘をするというものだった。

 ストライクウルフを協力して倒すという選択肢もあったが、どう見てもリザードマンより強そうだし、倒せるかどうかも分からないからな。

 俺が囮になっても瞬殺されて時間稼ぎすらできない可能性が高いので、ここはリッカに囮になってもらうことにした。


「ガルル……」

「…………」


 ストライクウルフとリッカは十メートルほどの間を空けて対峙する。


「……もう行くか」


 俺にできることはないし、いつまで持つかも分からないからな。

 ここはもうさっさと行ってしまうことにした。


 そして、この場をリッカに任せたところで、俺はここから離れるように移動を始めたのだった。

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