episode20 見切り

 シャムが試行錯誤してアイテムの作製をしていた頃、彼と別れたリッカは一人で南セントラル平原に向かっていた。


「……いた」


 モンスターを発見したリッカはゆっくりとそこに近付く。

 そこにいたのは、ウルフという狼のモンスターだった。いるのは一体だけで、周囲に他の敵はいない。


「……ちょうど良い」


 リッカはある目的があってここに来ているが、最初の目的を果たすには敵を一体だけにする必要があったので、初めから単騎なのは都合が良かった。


「……グル? ガルッ!」


 と、リッカがある程度近付いたところで、ウルフは彼女の存在に気が付いた。

 ウルフはそのままリッカに向かって一直線に駆けていく。


「…………」


 それを見たリッカは腰に装備している刀に手を据えて、居合斬りの構えを取った。


「ガルッ!」

「……そこ」


 そして、ウルフが飛び掛かって爪で引っ掻き攻撃を仕掛けるが、リッカはそれに居合斬りによる攻撃をぶつけることで相殺した。


 このゲームでは攻撃同士がぶつかり合うと、相殺が発生する。

 相殺が発生すると、威力が低かった方の攻撃が打ち消されるので、威力の高かった方の攻撃が一方的に通るということになる。


 ただ、一方的に通るとは言っても、相殺された分だけ威力が減衰するので、百パーセントの威力で通るわけではない。

 もちろん、今回のように双方の攻撃が同程度の威力であれば、完全相殺となって双方の攻撃が打ち消されるが。


「……もう少し遅く。引き付ける」


 だが、リッカの目的は攻撃が相殺されることの確認ではない。彼女には他の目的がある。


「…………」


 リッカはすぐに納刀して構え直して、次の攻撃に備える。


「ガルッ!」

「……そこ」


 ウルフは先程と同じように飛び掛かって引っ掻き攻撃を仕掛けて来るが、それに対してリッカはタイミングを合わせて抜刀して、居合斬りによる一撃を放った。


「アオン⁉」


 すると、ウルフの攻撃が一方的に打ち消されて、ウルフに対して大きなダメージを与えた。


(……これが『見切り』)


 何故、先程は完全相殺だった攻撃で一方的に相手の攻撃を打ち消せたのかというと、『見切り』という居合の構え専用のパッシブスキルが発動したからだ。


 『見切り』の効果は抜刀攻撃を特定のタイミングで当てることで、相手の攻撃を威力に関係なく一方的に打ち消すことができるというものだ。

 この効果が発動すると、相殺による威力の減衰も発生しないので、こちらが一方的に攻撃を通すことができる。


「……やっぱり、この構えが一番良い」


 刀には構えというものがあり、初期状態であれば中段、上段、居合の三つの構えが使用可能だ。

 構えによって様々な補正が掛かる他、各構えでしか使用できない専用スキルも存在している。


 リッカが使っている居合の構えは攻撃特化型の構えで、納刀しているので武器ガードが行えない代わりに、物理攻撃力と行動速度が上昇する効果がある。

 彼女のプレイスタイルは回避前提で防御を切った敏捷特化型のスタイルで、その高い敏捷を活かした手数による火力重視のスタイルなので、それにぴったりと当てはまる構えだと言える。


 だが、ネット上では居合の構えの評価はあまり良くはない。

 その原因は安定感のある他の構えとは違って、防御面での弱さが目立つことだ。

 特に防御力の補正がないにも関わらず、武器ガードができないという点はかなりの減点ポイントになっている。


 ただ、防御面が弱い代わりに『見切り』があるので、そこまで大きな問題はないように思えるが、その『見切り』にも大きな問題がある。

 問題というのは『見切り』の発動自体が難しいという点だ。


 『見切り』の発動条件は二つで、一つは攻撃の芯をある程度捉えること、もう一つは特定のタイミングで攻撃を当てることだ。

 前者に関しては比較的難易度は高くないが、問題は後者の方だ。


 この特定のタイミングというのがかなりシビアで、受付時間が一瞬しかないので、狙って決めることは難しいとまで言われている。

 そのため、実質的に『見切り』はないものとして扱われているので、ネットでの評価が低くなっている。


 ちなみに、他の構えがどんな感じのものなのかと言うと、中段の構えは刀を正面に向けて構える防御型の構えで、この構えでは物理防御力と魔法防御力が上昇する。

 火力は低めだが、最も安定感のある構えなので、攻略サイトでの評価も悪くはない。


 上段の構えは刀を頭のあたりで横に構えるバランス型の構えだが、物理攻撃力、物理防御力、魔法防御力が少し上昇する代わりに行動速度が低下する。

 行動速度が低下するデメリットはあるものの、使いやすいスキルが揃っていて扱いやすく、火力も悪くないので一番評価が高い。


「アオーーーン!」


 と、ここで先程の攻撃で瀕死になっていたウルフが遠吠えを上げた。


「グルルル……」

「ガルル……」


 すると、それに呼応して新たに二体のウルフがどこからともなく現れた。


「…………」


 リッカは納刀して刀に手を据えて構えて、いつでも動ける状態にして敵の動きを待つ。


「…………」

「…………」

「……ガルッ!」


 そのまま互いに睨み合う状態が続いたが、痺れを切らしたウルフ達は三体同時に接近して攻撃を仕掛けた。


「……遅い」

「アオン⁉」


 リッカは新たに現れた二体のウルフの攻撃を躱して、そのまま瀕死のウルフに攻撃して倒す。


「ガルッ!」

「ガルルッ!」

「…………」


 残った二体のウルフはリッカに飛び掛かって攻撃を仕掛けるが、彼女はそれをひたすら躱し続けて、確実に反撃されない隙を突いて攻撃を叩き込んでいく。


「……そこ」

「アオン……」


 そして、さらに一体を仕留めて、ウルフは残りは一体となった。


「ガルッ!」

「……『居合斬り』」

「アオン⁉」


 最後に残ったウルフは飛び掛かって攻撃を仕掛けるが、リッカはそれをタイミングを合わせて『居合斬り』で迎撃する。

 すると、『見切り』が発動して、ウルフの攻撃は一方的に打ち消された。


「……終わり」


 そして、そのまま攻撃で怯んだ隙を突いて、返しの一撃でウルフにとどめを刺した。


「……六十fps換算で二、三フレぐらい?」


 リッカは今回の戦闘で検証した結果、『見切り』の受付時間は〇・〇三秒から〇・〇五秒程度であると見ていた。


「……やっぱり、VRは違う」


 コントローラーを使ってキャラクターを操作するテレビゲームであれば、〇・〇三秒猶予があれば余裕だが、実際に体を動かすVRゲームではそうもいかなかった。


「……ん……?」


 ここで通知が来ていたのが気になってメニュー画面を開いてみると、シャムからのメッセージが届いていた。

 早速、内容を確認してみると、そこには装備ができたので戻って来いといった旨のことが書かれていた。


「……もう少し……でも、後にする」


 もう少し練習しておきたいところだったが、今すぐにしなければならないようなことでもないので、練習はまたの機会にすることにした。

 そして、リッカはすぐに戻るといった旨のメッセージを送ってから街に戻ったのだった。

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