episode4 リッカ

「……雪風ゆきかぜ六華りっかという名前に心当たりはないか?」


 まずは二人にそんな質問を投げ掛ける。

 実は彼女は中学の頃の同級生で、本名は雪風六華だ。

 二人は覚えていないだろうが、一応、心当たりがないかどうかを聞いてみる。


「雪風六華……もしかして、不登校だったあの子?」

「ああ。よく覚えていたな」


 そう、わざわざ「一応」と言ったのは、ほとんど学校に来ていなかったからだ。

 学校では両手の指で数えられるぐらいの回数しか会ったことがない。


「それで、何でその子がシャムの連れなの? ほとんど会ったことなかったよね?」


 ここでクオンがそんな質問を投げ掛けて来る。

 確かに、俺も中学時代には彼女とはほとんど会ったことがないし、当然、交流もなかった。

 なので、そんな疑問が出てくるのも当然と言えるだろう。


「そうだな……まず、俺は高校になってから一人暮らしを始めたのは知っているな?」

「もちろん、知ってるよ」


 俺は中学までは実家暮らしだったが、高校になってからは一人暮らしをするためにマンションに引っ越していた。

 そのことは友人である彼女達には伝えてあるので、もちろん彼女もそれは知っている。


「実は彼女も同時期に俺と同じマンションで一人暮らしを始めていてな。それで交流があった」


 彼女も同じように高校になってから一人暮らしを始めていたのだが、それが偶然にも俺と同じマンションだったのだ。


「そうだったんだ。でも、何で交流してたの?」

「と言うと?」

「いや、シャムって基本的に必要以上に他人とは関わらないでしょ? シャムならわざわざ関わったりしないと思って」

「……中学時代からの付き合いなだけはあるな」


 中学時代からの友人なだけあって、俺のことをよく分かっているな。


「確かに、クオンの言う通りに俺は必要以上に他人と関わることはない。最初は彼女が同じマンションにいることも知らなかったしな」

「じゃあ何で知ることになったの?」

「一人暮らしを始めてから一か月ほどしたときに、マンションのオーナーから『同じ学校だったんだし、何とかできないか』と言われてな。それで彼女の部屋に連れて行かれて、彼女のことを知った」


 そう、マンションのオーナーがそこに俺を連れて行ったのは、同じ中学校で彼女のことを知っているはずの俺であれば、それを何とかできる可能性があると考えたからだ。


「えっと……話が見えてこないんだけど?」


 確かに、この説明だと何が何だかさっぱりだろう。

 だが、それは最後まで話せば分かることなので、このまま説明を続けることにする。


「まあそのときは俺も何のことだか分からなかったが、部屋に案内されてその理由はすぐに分かったな」

「何だったの?」

「部屋に入るとかなり散らかっていてな。一言で言うと生活能力がなかった」


 案内された彼女の部屋は足の踏み場がないほどに散らかっていて、脱いだ服がそこら中に放置されていたり、カップ麺の空の容器が積み上げられていたりと、生活能力がないことが誰の目から見ても明らかな状態になっていた。


 尤も、ゲームをする場所とパソコンを置いてある机の上だけは片付いていたが。


「それで、どうしたの?」

「結局、俺が片付けをすることになった」


 俺が何かしてやるような義理はなかったのだが、放置するわけにはいかなかったからな。

 仕方なく俺が片付けることとなった。


「そうなんだ。でも、その後はどうしたの? 聞いてる感じだと、放っておいたらまた元の状態に逆戻りだよね?」


 クオンの言う通りに時間が経てば元通りなので、それだけでは根本的な解決にはならなかった。


「ああ。なので、週に一度彼女の部屋に行って掃除をすることになった」


 なので、その後は週に一回俺がリッカの部屋に行って掃除をすることになったのだ。


「毎週って……結構大変じゃない?」

「まあな」

「今も続けてるの?」

「いや、今は一緒に住んでいるからな。そんなことはないぞ」

「そうなんだ。……って、ええっ⁉」


 クオンは一度納得したかのように返答したが、冷静にそれを理解したところで、驚き声を上げた。


「一緒に住んでるってどういうこと⁉ 初耳なんだけど! 衝撃なんだけど⁉」

「とりあえず、落ち着け!」


 このままだと話にならなそうなので、ひとまず、落ち着くよう促す。


「……ふぅ……。それで、何で一緒に住んでるの?」


 そして、クオンは落ち着いたところで、冷静にそう質問してきた。


「引っ越ししてから半年ほどした頃に、面倒だから一緒の部屋に住みたいと言われてな。それで一緒に住むことになった」

「……あっさり許可しすぎじゃない?」

「まあ家賃は半分になるし、何よりわざわざ彼女の部屋に行って掃除する必要がなくなるからな。悪い奴ではないし、同居を許可することにしたということだ」


 お金には余裕があって、家賃に関してはさほど重要ではなかったので、同居をすることにしたメインの理由は後者の方だ。

 毎週、彼女の部屋に行って掃除をするのはかなり面倒で、それなりに負担になっていたからな。


 それに、ほとんど物がない倉庫部屋という名の部屋が余っていて、スペース的にも問題なかったしな。

 特に問題はないと判断して、その提案を承諾することにしたのだ。


「と言うことは、二年半も一緒に住んでるってこと?」

「まあそういうことになるな」

「……ソール、このこと知ってた?」

「いや、今初めて聞いた」


 まあこのことに関しては特に何も言っていなかったからな。知らなくて当然だ。


「とりあえず、彼女は俺と共に活動する予定だ。仲良くしてやってくれ」

「オッケー。分かったよ」

「任せとけ! ところで、二人で活動するってことは、ギルドを作るのか?」

「いや、そのつもりはない。他のプレイヤーと活動するつもりはないし、二人だけならギルドを作る必要もないだろう?」


 俺達は二人だけで活動するつもりなので、他のプレイヤーと活動するつもりはない。

 なので、ギルドを作る必要性を感じない。


「いや、ギルドを作るメリットはあるぞ」

「そうか? 具体的にどんなメリットがあるんだ?」

「ギルドを作ると、ギルド専用の拠点や倉庫を使えるようになるぞ」

「専用の拠点や倉庫?」

「ああ。その拠点の施設や倉庫はギルドメンバーが共有して使うことができるし、生産メインでやるなら、かなりのメリットだぞ」


 確かに、共有できる倉庫があればアイテムの受け渡しが必要なくなるので、かなり便利ではあるな。


「確かに、それは悪くないな。それで、ギルドはどうしたら作れるんだ?」

「【ギルド証】ってアイテムがあれば作れるぞ。NPCの店で一つ十万ゼルで売ってるから、それを買って手続きすれば作れる」

「十万か……」


 できれば【ギルド証】を買ってギルドを作りたいところだが、初期の所持金は一万ゼルなので、全然足りない。


「金なら貸そうか?」

「それはありがたいが、金はあるのか? 十万だぞ?」

「あるぞ」

「……何故そんなに金があるんだ?」


 先程も述べた通り、初期の所持金は一万ゼルなので、そんなにお金は持っていないはずだ。

 サービスが開始されたばかりで、まだ稼げてもいないはずだしな。


「ベータ組は百万ゼルを上限として所持金を引き継ぐことができるからな。今は百一万あるぞ」

「なるほどな」


 ベータ組の特典で初めからお金を持っていたということか。


「他にベータ組の引き継ぎ要素はあるのか?」

「いや、これが唯一の引き継ぎ要素で、他の要素は全てリセットだな」

「そうか。では、早速だが金を貸してもらって良いか?」

「それは良いけど、その前にフレンド登録しようぜ。じゃないと、自由にアイテムや金の受け渡しができないからな」


 そう言えば、完全にそのことを忘れていたな。

 フレンド登録することもこうして集まった目的の一つなのに、もう少しで忘れるところだった。


「それもそうだな。リッカも二人を登録するか?」

「…………」


 リッカにそう尋ねると、彼女は無言のまま小さく頷いた。


「一応言っとくと、フレンドの申請や承認はメニュー画面のフレンドの項目からできるぞ」

「分かった」


 そして、それぞれでフレンド申請をして、俺達四人は互いにフレンドになった。


「全員フレンド登録は終わったな。それじゃあ早速、渡しとくぞ」


 フレンド登録が終わったところで、ソールがお金を渡してくる。


「二十万あるぞ?」


 【ギルド証】の金額は十万ゼルのはずだが、ソールはその倍の金額の二十万ゼルを渡してきていた。


「ああ。他にも色々と金が掛かるだろうからな。とりあえず、多めに渡しといたぞ」


 どうやら、多く渡されたのはミスなどではなく、意図的なもののようだった。

 まあ余ったら返せば良いだけだからな。多めにもらっておいて損はないか。


「そうか」

「ねえねえ、あたしにも貸してよ」


 ここでクオンがソールにお金の貸し出しを求める。


「クオンもギルドを作るのか?」

「そのつもりはないけど、資金はあった方が良いでしょ?」


 どうやら、クオンは特に目的はなく、単に資金を増やしておきたいだけのようだ。


「クオンは戦闘メインでやるつもりなんだろ?」

「そうだよ」

「なら、序盤はそんなに金に困ることはないと思うぞ?」

「そうなの?」

「まあそれも含めて後で説明する。それじゃあ商業区に行こうぜ。そこで色々と説明するぞ」

「分かったよ。二人も行こ」

「ああ。リッカも行くぞ」

「…………」


 俺の呼び掛けに対してリッカは無言のまま小さく頷く。

 そして、話が終わったところで、全員で商業区へと向かった。

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