第13話 山縣有朋の接吻

 新橋の妓楼に佳麗な容姿と接待良さで評判の名妓がいた。


 妓楼だからといって、そう簡単には触れるのを許してはくれない。


 特にこの新橋の名妓のような売れっ子だと、猥談などしようものならすぐに逃げ出してしまい、接吻すら誰にも許したことがないと評判だった。


「あれは手ごわいぞ。なかなか唇を許すことはないだろう」


 新橋の妓楼で酒を呑んでいた面々がそう話すのを聞き、山縣有朋は話に入った。


「もし、僕が名妓と接吻したらどうする?」

「いいね、賭けるか?」


 どうせ口下手の山縣が名妓の口など奪えないだろうと、他の者たちはニヤニヤしながら様子を見る。


 山縣は名妓に声をかけ、懐中から何か取り出した。


「手を使わないで、これを僕から取れたら君にあげよう」


 懐中から山縣が取り出したのは、一円銀貨だった。

 本物の銀で出来た硬貨である。


 山縣はこの一円銀貨を唇に挟んだ。

 

 手を使えないとなると、まさか足を使うわけにもいかないので、他に手段はない。


 名妓は口を使って山縣から一円銀貨を取った。

 その時に、軽く山縣の唇に名妓の唇が触れた。

 

 山縣は名妓の唇に初めて触れることに成功したのである。


「どうだ、僕に及ぶものは無かろう」

 

 山縣は居並ぶ者たちに得意げにそう言ったのだった。


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 作者注:明治42年の本に載っていた逸話の中の一つです。


 

  


 

 

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